英語はビジネスマンの必修科目
突き進む楽天“英語化”の狙い
「残り5カ月でTOEIC800点を取れなければ、会社を辞めてもらう」
2012年1月末、楽天の社長室に呼び出された約10人の役員たちは三木谷浩史会長兼社長から、英語でそう言い渡された。
楽天が社内で英語を公用語化すると決めたのは10年2月のこと。英語公用語化を完全施行する時期を12年4月と決め(その後、東日本大震災の影響で12年7月に延期)、それまでの2年間は準備期間とした。
だが、英語の勉強を課される一方で、業務が軽減されることはない。そのため、準備期間中の英語力アップの取り組みはまちまちで、中には本業の合間程度にしか勉強しない役員もいた。
執行役員である濱野斗百礼氏はそんな1人だった。同氏のTOEICスコアは10年時点で420点。12年1月末でも590点と、目標の800点からは大きく懸け離れていた。だが、「目標未達なら首」と宣告されたことで、もはやなりふりを構ってはいられなくなった。
平日午前中は英語学校に通い、わずかでも隙間時間があればすべて英語学習に充てた。「1日平均で5~10時間は勉強した。人生の中でこれほど勉強したことはなかった」と濱野氏は振り返る。
火事場のばか力というべきか、尻に火のついた冒頭の役員たちは皆、期限内にTOEIC800点を超えることができた。
役職ごとに目標点数
3年で230点上昇
英語化で苦しんだのは役員だけではない。
グローバル人事部に所属する小泉朱里さんが、2人目の子どもの産休から職場復帰したのは11年4月。久しぶりの職場は、会議から社内メールまですべて英語。産休前とは状況が一変していた。
小泉さんのTOEICのスコアは550点で、会社が求めたスコアは700点。だが「目の前のTOEICというハードルすら越えられないようなら、母親と仕事の両立なんてできない。もしも800点を取れなければ会社を辞めよう」と、背水の陣を敷いた。
毎朝4時に起床して洗濯しながら1時間勉強し、さらに往復3時間の通勤時間は「電車内でストップウオッチを手に問題集を解いた」。こうして1年半後には目標だった800点を超えた。
「会社が背中を押してくれたから、ここまでできた」と、小泉さんは寝食を忘れて英語勉強に没頭した期間を振り返る。
楽天がこれほど急速に英語強化にかじを切った狙いは三つある。
一つ目はグループ企業における情報の共有だ。楽天は海外M&Aなどによりグローバル展開を急加速しており、世界27カ国・地域でビジネスを行っている。全社員に占める外国人の比率は約10%に上る。
会議などで通訳を介していれば時間とカネのロスになるし、インターネット業界では最新のニュースやテクノロジー情報の多くが英語で発信されるため、スピード感を持ってライバルと競っていくには英語の理解が必須といえる。
二つ目は、さらなる海外展開に向けた国内人材のグローバル化だ。すでに海外勤務者の比率はグループの約3割を占めており、今後、英語を話す機会は全社員に訪れる可能性がある。いざ英語が必要な業務に携わってから勉強したのでは間に合わない。
三つ目は優秀な人材の確保だ。世界の強豪に打ち勝つには優秀な人材の確保が欠かせない。だが、日本語を条件とすれば人材市場は限られてしまう。実際、外国人社員は増え続けており、新卒採用者の約3割、エンジニアの7割がすでに外国人である。
社内英語公用語化に際して、TOEICのスコアを昇格要件とした。
部長相当の上級管理職となるためには780点が必要であり、派遣とアルバイトを除く全社員に630点以上を課している。
英語化の進捗は徹底的に数値管理されている。全社員は、目標スコアとの差によって、ゴールドゾーン(目標スコアを超え、かつ800点を超えている)、グリーンゾーン(目標スコア以上)、オレンジゾーン(目標スコアを1~99点下回っている)、イエローゾーン(目標スコアを100~199点下回っている)、レッドゾーン(目標スコアを200点以上下回っている)の5グループに分けられる。
社員の英語力は年々上昇している。11年3月において、目標スコアに満たないオレンジゾーン以下の社員は全体の71%もいたが、13年10月時点ではわずか14%に減少した。
その結果、全社員の平均スコアは10年10月の526・2点から13年10月には761・1点と、3年間で約230点アップしている(楽天単体)。
なお、新入社員の平均スコアについては、12年4月入社時にすでに800点を上回っている。
こうした中、楽天は次なる目標として、全社員が16年12月までにTOEICで800点を上回ることと定めた。今後、役職ごとの目標点数は800点に向かって年々上昇していくことになる。