梅雨入り間もない6月中旬。しんしんと雨が降りしきる中、東京都の広尾にあるビルの一室を訪れた。ビール業界の一部でささやかれていたあるうわさの真偽を、この目で確かめるためだ。
その情報はインターネット上にさえ掲載されていない。住所が記された1枚の紙だけを頼りに、歩を進めた。そして、その場所にたどり着いた瞬間、うわさは“確信”に変わった。
「ビール界の巨人、アンハイザー・ブッシュ・インベブ(ABインベブ)が日本に上陸した」──。
建物の入り口には、確かにABインベブの象徴となっているタカのロゴが掲げられ、ビル内には「Anheuser-Busch InBev Japan」と社名が記されたプレートがあった。
階段を上り、恐る恐る日本支社の扉をたたいた。だが、平日の昼間だというのに、室内は薄暗く、人影は見当たらない。じとっとした湿度の高さが不気味さを誘った。幾度となくオフィスへ足を運んだが、結局ABインベブの人間への面会はかなわなかった。
このオフィスが、単なる出先機関でないことは明らかだ。ABインベブは、東京に支社を設立しただけではない。アジア統括ディレクターが東京に居を構え、わざわざ、アジア統括拠点をシンガポールから日本へと移しているのだ。
近年、グローバルカンパニーのアジア統括拠点は、成長著しいASEANの真ん中に位置するシンガポールに置くのが常道だ。にもかかわらず、成熟した日本へやって来たところに、彼らの日本市場への執着が見て取れる。
一体、彼らは何をしに日本に来たのか──。
ABインベブ上陸の意図について、国内ビールメーカー幹部たちにぶつけたところ、皆一様に不安そうな表情を浮かべた。
それも無理からぬ話だ。日本は世界でもまれに見る閉鎖的な市場であり、これまで外資参入の恐怖に晒されてこなかったからだ。
世界で大型再編が繰り広げられる中、日本では50年以上も前からアサヒビール、キリンビール、サントリー、サッポロビールの大手4社体制が続いてきた。「日本は世界7位の大きな市場ではあるが、再編が進まずプレーヤーが多過ぎる。参入してももうからない」(外資系ビールメーカー幹部)とされてきたのである。
加えて、ビール、発泡酒、第三のビールに分類をする複雑な酒税法も存在し、「ビールしか商品を持たない外資にとって参入障壁が高かった」(国内ビールメーカー幹部)。気が付けば日本のビール市場は世界再編から取り残されていた。
しかし、ついにABインベブは日本に上陸した――。
世界最大のビールメーカーが日本上陸!
「ABインベブ」の正体
今週の週刊ダイヤモンド2024年11月23日号[990円]
自動車・サプライヤー非常事態
トヨタ自動車が空前の利益をたたき出す一方、サプライヤーは生産コストを価格に転嫁できず、苦境にある。部品メーカーが完成車メーカーに依存し支配される現状は、技術革新で出遅れる原因にもなっており、このままでは自動車業界が地盤沈下しかねない。サプライヤーの幹部ら251人から回答を得たアンケートの結果を基に、同業界の病根に切り込む。
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