『週刊ダイヤモンド』8月29日号の巻頭特集は「狙われるニッポン 飲・食・農乱奪戦」。ビール業界で拾った“特ダネ”を突破口にして、食の世界で起きているリアルなグローバル競争に迫ります。

 梅雨入り間もない6月中旬。しんしんと雨が降りしきる中、東京都の広尾にあるビルの一室を訪れた。ビール業界の一部でささやかれていたあるうわさの真偽を、この目で確かめるためだ。

 その情報はインターネット上にさえ掲載されていない。住所が記された1枚の紙だけを頼りに、歩を進めた。そして、その場所にたどり着いた瞬間、うわさは“確信”に変わった。

「ビール界の巨人、アンハイザー・ブッシュ・インベブ(ABインベブ)が日本に上陸した」──。

 建物の入り口には、確かにABインベブの象徴となっているタカのロゴが掲げられ、ビル内には「Anheuser-Busch InBev Japan」と社名が記されたプレートがあった。

 階段を上り、恐る恐る日本支社の扉をたたいた。だが、平日の昼間だというのに、室内は薄暗く、人影は見当たらない。じとっとした湿度の高さが不気味さを誘った。幾度となくオフィスへ足を運んだが、結局ABインベブの人間への面会はかなわなかった。

 このオフィスが、単なる出先機関でないことは明らかだ。ABインベブは、東京に支社を設立しただけではない。アジア統括ディレクターが東京に居を構え、わざわざ、アジア統括拠点をシンガポールから日本へと移しているのだ。

 近年、グローバルカンパニーのアジア統括拠点は、成長著しいASEANの真ん中に位置するシンガポールに置くのが常道だ。にもかかわらず、成熟した日本へやって来たところに、彼らの日本市場への執着が見て取れる。

 一体、彼らは何をしに日本に来たのか──。

 ABインベブ上陸の意図について、国内ビールメーカー幹部たちにぶつけたところ、皆一様に不安そうな表情を浮かべた。

 それも無理からぬ話だ。日本は世界でもまれに見る閉鎖的な市場であり、これまで外資参入の恐怖に晒されてこなかったからだ。

 世界で大型再編が繰り広げられる中、日本では50年以上も前からアサヒビール、キリンビール、サントリー、サッポロビールの大手4社体制が続いてきた。「日本は世界7位の大きな市場ではあるが、再編が進まずプレーヤーが多過ぎる。参入してももうからない」(外資系ビールメーカー幹部)とされてきたのである。

 加えて、ビール、発泡酒、第三のビールに分類をする複雑な酒税法も存在し、「ビールしか商品を持たない外資にとって参入障壁が高かった」(国内ビールメーカー幹部)。気が付けば日本のビール市場は世界再編から取り残されていた。

 しかし、ついにABインベブは日本に上陸した――。