「日立の頑張りはよく分かった。ただ、これで営業利益率はどこまで上げられるのか」
英語による鋭いコメントが、日立製作所の最高意思決定機関である取締役会の空気を一変させた。その声の主は、社外取締役のジョージ・バックリーだった。
この日は、日立社長、中西宏明(当時。現会長兼CEO)の肝いりプロジェクトの成果を取締役に向けて発表する晴れの舞台だった。それは、約950社ある日立グループで、全社横断で導入してきたコスト構造改革、スマート・トランスフォーメーション・プロジェクト(スマトラ)だ。
2011年後半から取り組んだ結果、まとまった改善成果が出てきたこともあり、取締役会でお披露目することになったのだ。
ところが、世界有数のコングロマリット企業である米3Mの前CEO、バックリーはスマトラ単独の成果よりも、それによる利益率の改善効果にこだわった。利益率2桁が当然のグローバル企業に対して、日立の5%前後という値は低過ぎるからだ。追い打ちをかけるように発言は続く。
「この方法では利益率2桁は達成できない。それよりも製品単価を上げるべきだ」
同じく社外取締役で、資源メジャーの英アングロ・アメリカン前CEO、シンシア・キャロルも同調。「値上げできないビジネスは整理すべき」という辛辣な意見に、取締役会は一時、紛糾した。
それでも、取締役会の活性化は日立が望んだ姿である。過半数を社外取締役とし、世界トップ企業のマネジメント経験者が持つ知見を反映させてきた。営業利益率20%以上をたたき出している3Mのバックリーの提言もまた、経験に基づいたものだった。
2桁をめぐる議論の中、取締役と執行役を兼任する唯一の人物としてその場にいた中西は、言葉を発せず、身じろぐこともできないでいた。「2桁利益率がグローバル企業の前提条件」と、かねて公言する中西にとって、2人の社外取締役の意見は、腹に落ちる話だったのではないか。
ただし、執行役として実行を約束できるかは別問題だ。値上げできない製品や事業を全て切り捨てようとすれば、「たちまち多くの工場で反乱が起きる」(日立幹部)。というのも、「半分以上の工場で値上げなどできないから」(同)だ。
中西の沈黙には、理想とするグローバル企業と日立が置かれた現実との間の葛藤があったに違いない。それでも、中西は日立のトップとして4年間、時に激しく時に地道に、日立を理想へ近づけようと改革にひた走ってきたのだ(敬称略)。
奪われるならば取りにいく
M&Aの流儀が変わった
強力なリーダーシップで日立の改革を主導した中西CEOは、以下のように語っている。
──日立の復活というテーマで特集を企画しました。
中西 復活というのは違うな。昔に戻ることでは、次の成長はないから。現状はリカバリー(回復)。昔稼いだくらいには、稼げるようになった。風邪は治った。
──米ゼネラル・エレクトリック(GE)など、「世界の巨人」の営業利益率は2桁です。日立が2桁となる世界は見えていますか。
中西 利益率2桁は最低限の基準だと思いますね。利益率をけん引する役割として、社会イノベーション事業本部をつくった。じゃあ、彼らがそれぐらいのパフォーマンスを挙げられているかといえば、そうはなっていない。できていないんだったら、「ばか野郎!」と言うのではなくて、「じゃあどうやってやるのか考えて」と言っている。今はそんなプロセスですね。
──GEと独シーメンスによる仏アルストム争奪戦は、業界の勢力図を塗り替えるインパクトを持ったビッグディールでした。
中西 奪われるくらいならば、取りにいく──。重電業界におけるM&Aの流儀が変わった。純粋に、技術や顧客を買うだけのM&Aが通用しなくなった。プレーヤーの数が限定された寡占化市場の中で、自分のポジションを明確化するためにM&Aをやる時代になった。
──もう一度、三菱重工業との経営統合という話が浮上することはないのですか。
この問いに対する、注目の回答は特集をご覧ください。一方のパートナーである宮永俊一・三菱重工社長にも同じ質問をしています。
日立・東芝・三菱重工
重電3社4首脳のインタビューに成功!
「週刊ダイヤモンド」7月12日号では「復活日立 〜重電メガ再編を生き残れるか〜」を特集しました。
2009年3月期に製造業史上最悪の7873億円の最終赤字に転落した日立は、当時、「沈む巨艦」「企業凋落の4段階目(企業消滅の手前)と言われたものです。