記事一覧:連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』111件
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第三章 破綻前夜[第51回]
2016年11月12日号前夜遅くに東京に戻ってきた鷲津は、西新宿のホテル、パークハイアット東京にチェックインした。長時間、路面状態の悪い道路を移動して疲労困憊だった。その上、被災地の悲惨な現状を見た影響もあって、今朝はベッドから這い出すのが辛かったが、一〇時からの朝食ミーティングは外せなかった。
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第三章 破綻前夜[第50回]
2016年11月5日号マンションのベランダで植木に水をやりながら芝野は、胸の内のざわつきをもてあましていた。ベトナムでの原発プラント交渉締結の喜びも束の間、東北地方で起きた大地震と津波によって発生した原発事故で、プラント建設は再び暗礁に乗り上げてしまった。ベトナム政府は、事故の詳細と原因、そして収束の目処を一刻も早く報告するようにとうるさく言うが、ハノイにいてはまともな情報収集もできない。仕方なく一時帰国したものの、東京の混乱は尋常ではなかった。頼りにしていた湯河とは会うことすら叶わず、一昨日自宅のある東大阪に戻ってきた。
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第三章 破綻前夜[第49回]
2016年10月29日号「鷲津さん、ご無沙汰しています」磐前県下最大の避難所である磐城市のスポーツセンターで、鷲津が記者やリポーターからの囲み取材を受けていると、一人の男が親しげに近づいてきた。「暁光新聞の北村です」「これは、驚いた。ニューヨークではなかったんですか」「あそこは経済音痴には無縁の街ですからね。早々にお払い箱ですよ。それで一昨年から磐前県の花岡町にある通信局にいます」ニューヨークで会った時は、ストレス満載でいかにも不健康な印象だったのに、目の前の男は、その頃より若返って見える。
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第三章 破綻前夜[第48回]
2016年10月22日号瓦礫が山のように積み上がっている。ここにかつて何があったのかを想像することは難しい。火事の跡やヘドロ、さまざまなものが混ざった異臭はあまりにも凄まじく、気分が悪くなる。季節の変わり目の風は、容赦ない強さで砂塵と埃をまき散らしている。アンソニーがうるさく言うので、鷲津はヘルメットにゴーグル、マスクの完全装備だ。それでも、砂塵は痛みを感じるほど顔を強く打つ。
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第三章 破綻前夜[第47回]
2016年10月15日号鷲津を乗せたハイヤーは、ホテルニューオータニ大阪の車寄せに入った。一七階のスイートルーム・フロアで、前島が待っていた。鷲津は装着していた隠しマイクとイヤフォンを外して前島に渡した。廊下に人影はなかったが、二人とも一言も発しない。部屋に入ると、リンとサムが「お疲れ様でした」と声をかけてきた。
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第三章 破綻前夜[第46回]
2016年10月8日号今日はゆっくり休むようにと課長に言われていたのに、いても立ってもいられなくて、秀樹はホテルから会社に向かった。首都電力本社は、JR田町駅近くにある一〇階建てのビルだ。現在のビルが建設されたのは一九六三年で、当時は東京五輪を前に、東京中で建物のお色直しが進んでいた頃だった。
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第三章 破綻前夜[第45回]
2016年10月1日号みずきホールディングス(HD)社長である桂景太郎(かつら・けいたろう)との会談は、偶然が重なりさっそく実現した。──たまたま大阪に来とるし、興味もあるので今日の午後三時に、大阪本社まで来て欲しいと言うとった。くれぐれも失礼のないようにな。昨夜遅くまで痛飲したにもかかわらず、電話の向こうの飯島は元気そうだ。すぐにリンと作戦を練り、大阪に向かった。複数の都市銀行が一つになったこともあって、みずきHDは大阪にも本社を有していた。大阪城の真正面にある古めかしい大理石の七階建てのビルは、いまだに21世紀を迎えていないかのような風情を感じさせた。
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第三章 破綻前夜[第44回]
2016年9月24日号激しく夜泣きする娘の恵(めぐみ)を抱き上げると、北村はスポーツセンターの廊下に出た。だが、廊下にも大勢の被災者が横になっている。戸外へ向かった。ダウンコートで娘をくるんでいるから大丈夫だろう。西の空に月が沈もうとしている。今夜も星がきれいだ。この二年余り、東北の沿岸部を走り回り、自然の美しさを知った。漁船から見上げた星空などは、感動のあまり泣けてくるほどだった。
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第三章 破綻前夜[第43回]
2016年9月17日号「お月さんが、きれいに見えまっせ。表で飲みはったら、どうですか」ぽん太の誘いで、三人は庭に出た。三月ではあるが、今夜は肌寒い。鷲津がリンに寒くないかと尋ねると、ぽん太がすかさず、「椅子の上に、膝掛けがおますよって使(つこ)て下さい」と声をかけてきた。「汀亭」の庭は借景の趣向が自慢だ。
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第三章 破綻前夜[第42回]
2016年9月10日号「濱尾さんの趣味は、なんですか」簡単には諦めないリンが、無言でワインを飲む飯島に詰め寄った。「趣味かあ。囲碁やったかな。それと、毛針を飛ばして魚を捕る釣りも好きやと聞いてる」「フライフィッシングですか」「それや、それ。確か、日光の湯川によう通ってはるらしい」湯川の名前が出て、ある人物の顔が浮かんだ。リンも同様のようで冷笑を浮かべて鷲津を見ている。
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第三章 破綻前夜[第41回]
2016年9月3日号「濱尾っちゅう男は、上流階級出身で東大出のエリートのくせに、厄介な連中と関わることにも物怖じしない。世間では、財界総理などと呼んでるが、わしに言わせれば、あれこそまさしく閻魔大王や。しかもこの閻魔さん、見てくれはめっちゃ上品ときているから質(タチ)が悪いねん」飯島は、いきなり言いたい放題だ。
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第三章 破綻前夜[第40回]
2016年8月27日号プライベートジェットを駐機していたので、予定通りに屋久島を飛び立った。それから二時間余りでリアジェット75は、大阪の伊丹空港に到着した。手配しておいたハイヤーの運転手が到着口で鷲津とリンを出迎え、そのまま京都に向かう。飯島には、昨夜のうちに電話連絡をしていた。「俺はもう隠居の身や。仕事の話は聞かへんぞ」と釘を刺されたが、鷲津は「良い絵が手に入ったんですよ」と、飯島が最近凝っている浮世絵にかこつけた。
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第三章 破綻前夜[第39回]
2016年8月13日号室内には淀んだ空気が漂っていた。薄暗いのは節電のせいだが、こんなに淀んでいるのは、そこにいる人間が放つ重苦しいムードが原因だった。「湯河さんをお連れしました」森上は部屋の奥に陣取っている人物に声をかけた。首都電力会長の濱尾重臣だ。胸を張ってこちらを見つめている。その態度には、日本を滅亡させかねない大事故を起こした企業のトップとしての神妙さなど微塵もない。財界のドンにとっては、原子力発電所の事故すらさしたる問題ではないのだろうか。
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第三章 破綻前夜[第38回]
2016年8月6日号鷲津の無茶な提案が飛び出しても、前島はすぐには答えずステーキを口に運んでいる。「違法ではないですが、難しくはあります」「最大の障害はなんだ?」「政府の後押しで首都電が回している奉加帳の対象は、首都電と取引のある銀行に限られています」つまり、部外者の参入を認めていないわけだな。「だが、拒絶もしていない」「と、思います」「政彦、サムライ・キャピタルが緊急融資に名乗り出たら、メディアが即行で鷲津、首都電買収かって騒ぐわよ」リンの懸念など承知の上だ。
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第三章 破綻前夜[第37回]
2016年7月30日号奥日光・中禅寺湖の夕日に誘われて松平貴子は、中禅寺湖ミカドホテルの支配人室から湖畔に向かった。大地震発生時には、東京の六本木ヒルズで大きな揺れに遭遇した。その混乱の中でなんとか日光に戻ってきたのは、一三日の夜だった。
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第三章 破綻前夜[第36回]
2016年7月23日号原子炉建屋が白煙を上げて爆発する様子が、大モニターに映し出された。さらに、別の建屋が爆発して破壊される瞬間も映し出された。実際には、連続して起きたわけではなく、二つの爆発には、二日の時間差がある。「既に、事故の発生から五日も経とうとしている。なのに、日本政府からも、あなた方からも、事故の詳細や原因、さらには収束の目処についても一切の情報がない」ベトナム政府の原子力開発担当補佐官となったチェットは、怒りを隠そうともしない。
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第三章 破綻前夜[第35回]
2016年7月16日号朝食を済ませると、鷲津は日課の散歩にでかけた。サム・キャンベルが屋久島に自宅を構えたのに合わせて、鷲津も屋久島に別荘を所有した。これまでは年に数日滞在する程度の利用だったが、今回ばかりは長期滞在となりそうだ。本土と異なる南国の風に当たり、体まで青く染まりそうな海を眺めていると、同じ日本の地で悲惨な震災と甚大な原子力発電所事故が起きていることすら忘れてしまいそうだった。
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第二章 運命の日[第34回]
2016年7月9日号バッテリーが接続できたことで、一部の計器が復旧したという報告が各管理棟から相次ぎ、免震重要棟内にも活気が戻ってきた。串村所長の不穏な話で動揺していた秀樹も、ようやく落ち着きを取り戻した。「三号機の中央制御室で一部の計器に通電」「一号機、バッテリーが復旧して、格納容器内の圧力計が作動!」串村から渡されたICレコーダーに状況をしっかり記録するため、秀樹は耳にした情報をすべて復唱していた。
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第二章 運命の日[第33回]
2016年7月2日号官邸地下の危機管理センターでは、原子力安全委員会の藤倉達之助(ふじくら・たつのすけ)委員長の事故分析と解説が続いていた。原子力の専門家ではあるが、実務的な経験がなく、原発事故への対応について詳しいとは思えない。にもかかわらず、役職としては政府の事故対応に適切なアドバイスをする立場にある。
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第二章 運命の日[第32回]
2016年6月25日号電源車による電力供給は不可能という事態が明らかになって、免震重要棟内の所員の我慢が限界を超えた。誰もが苛立ち、浮き足立っている。