記事一覧:連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』111件
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第五章 激震 [第71回]
2017年4月8日号一一日、Jファームを追い出されたと思ったら、そのまま本社帰還命令が出た。家族が磐前県内にいるのを理由に突っぱねたのだが、配慮するのでひとまず本社に上がってこいの一辺倒で従わざるを得なかった。言われるままに東京に向かい、その日の夜に丸の内の暁光新聞東京本社に顔を出すと、志摩が待っていた。
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第五章 激震 [第70回]
2017年4月1日号湯河からの電話を終えても、芝野はすぐに鷲津に連絡を入れなかった。気後れしたからではない。鷲津が首都電力を狙っているのは、薄々気づいていた。今、この件を彼に問い質したところで、何も解決しないだろう。このところ、鷲津がまるで市場の守護神であるかのように持て囃すメディアが増えていた。巨大権力を有する大投資家や企業に立ち向かい、相応の成果を上げたことが評価されている。
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第五章 激震 [第69回]
2017年3月25日号若田に教えられて住所は分かっていたが、濱尾の自宅を訪れるのは、初めてだった。高い塀に囲まれた豪邸は、個人の邸宅というより要塞のようだ。幅一〇メートルはありそうな鋼鉄製のスライド式門扉の横にあるインターフォンを押すと、すぐに女性の声で応答があった。
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第五章 激震 [第68回]
2017年3月18日号秀樹はまた、あの夢を見ていた──。闇の中、轟音と共に免震重要棟が激しく上下左右に揺さぶられた。そして、いきなり屋根が吹き飛ぶ。見上げた空はオレンジ色に染まり、熱風が秀樹に襲いかかってきた。汗だくになって目覚めると、携帯電話が鳴っていた。
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第四章 解体か創造か [第67回]
2017年3月11日号鷲津は、台東区今戸の桜橋桟橋にいた。保有する屋形船にこれから乗り込んで、隅田川をゆっくりと竹芝まで下り、サムとリンと夕食を楽しむのだ。屋形船は密談や接待に重宝する。最初に手に入れたのは、一九九〇年代の終わり頃だった。船場の豪商だった祖父も、屋形船を持っていた。鷲津にも幼い頃に大阪で船遊びを楽しんだ記憶がある。
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第四章 解体か創造か [第66回]
2017年3月4日号「突然、失礼します! 首都電力の郷浦秀樹と申します! 芝野さんに質問がございます」そう叫んで立ち上がった青年の顔をよく見ようと、芝野は目を細めた。まだ、子どものような若者だ。それにしても首都電も大胆なことをする。大勢の記者の前で質問させるとは。彼が、このあと、メディアの餌食になるのも織り込み済みなんだろうか。
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第四章 解体か創造か [第65回]
2017年2月25日号昼食を終え自席に戻ると、秀樹は首都電力会長室長の丸鍋に呼ばれた。濱尾が呼んでいるらしい。記者会見で、容赦なく突き上げられたにもかかわらず、濱尾には疲労の色が見られない。会長室付となって日は浅いが、濱尾のタフさと精神力の強さには、目を見張るばかりだ。松永安左エ門とタイプは違うが、人の上に立つリーダーとしての威厳というかオーラを持つ人物として、秀樹は濱尾に尊敬の念を抱き始めていた。
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第四章 解体か創造か [第64回]
2017年2月18日号原発事故の最前線で取材をしている記者にとって北村の記事は、衝撃的だったと同時に、顰蹙ものだった。「どうやってオフサイトセンター取材の許可をもらったんですか」という質問は穏便な方だ。「あんなスタンドプレイが許されると思うのか」と怒りをぶつけてきた記者も数人いた。さらには、緩やかに形成されていたJファーム記者クラブの幹事社から「当分の間、記者クラブへの出入り禁止」を宣告された。
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第四章 解体か創造か [第63回]
2017年2月11日号“そもそも我が社が潰れたら、誰が首都圏に電力を供給するんです”湯河は永田町の内閣府庁舎内のイチアイ対で、首都電力の記者会見映像を見ていた。歌川が記者に紛れて会見場で撮影してきたものだ。そしてこの濱尾の発言に強い怒りを覚えた。「何これ! どういう思考回路をしていれば、こんな傲慢な発言が出来るわけ!」佐久間とは普段からソリが合わないと感じていたが、この怒りは、湯河と同じだ。
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第四章 解体か創造か [第62回]
2017年2月4日号記者会見場のステージに上がった濱尾は、まるで臣下を睥睨するかのように会場を見渡してから席に着いた。舞台袖から様子を見ていた秀樹は、なぜ会長があれほど堂々と出来るのか、不思議でならなかった。首都電力東京本社の大会議室には、一〇〇人を超える報道陣が集まっている。濱尾が姿を現した瞬間には、ストロボの光が稲妻よりも凄まじく濱尾に浴びせられた。しかし、濱尾はまばたきもせずに超然としている。そして、マイクを手にすると、落ち着いた口調で話し始めた。
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第四章 解体か創造か [第61回]
2017年1月28日号腕時計のアラームで目を覚ますと、北村は寝袋の中で、指先を動かして血行を促した。フルフェイスの防寒用マスクと毛糸の帽子を被っていたが、夜明け前の寒さは尋常ではない。春まだ遠い磐前県内で暖房もなく冷たい床に転がっているのだ。体の芯まで凍てつく寒さは、火の気なしでは耐えられるものではない。ゆっくりと時間をかけて全身をほぐし、寝袋から這い出た。そして、寝袋を丁寧に丸めると靴下を二重にはいて駐車場に向かった。
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第四章 解体か創造か [第60回]
2017年1月21日号同じ空間にいるだけでも、周囲に緊張が走る人物──。首都電力の会長、濱尾はそういうタイプだと、湯河は改めて思った。原子力事故対策及び調査担当大臣の宮永に、濱尾本人が連絡してきて、この日の会談となった。しかも、会談場所は、首都電の本社ではない。濱尾自身が霞が関の内閣府まで出向いてきたのだ。いまだに原発事故が収束しないのが申し訳ないからというような、殊勝な理由とは思えない。下心があってのことだろう。
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第四章 解体か創造か [第59回]
2017年1月14日号「先程湯河君から電話があって、来週には事故調を立ち上げたいと言ってきましたよ」芝野が現れるなり、鷲津に言った。イチアイ(1I)(首都電力磐前第一原子力発電所)事故調査委員会との連絡窓口として借りた浜松町の雑居ビルの一室で、会う約束をしていたのだ。「どういうことです」想定内ではあったが、鷲津としては理由が知りたい。「首都電の濱尾さんが、事故調を立ち上げると言い出したらしい。その上、官邸や与党内部からの雑音も、色々と増えているようだ」
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第四章 解体か創造か [第58回]
2016年12月31日号四月一日付で、内閣府に異動となった湯河は、週明けの月曜日に初登庁した。向かう部署は、「首都電力磐前第一原子力発電所事故の収束及び原子力発電所事故の再発を防止するため企画立案及び行政各部の所管する事務の調整対策室」、通称「イチアイ対」の名で発足したばかりの組織だった。イチアイ対は、四月一日付で行政担当特別顧問から、内閣府特命担当大臣(原子力事故対策及び調査担当)となった宮永の直轄組織で、湯河は室長に就任した。
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第四章 解体か創造か [第57回]
2016年12月24日号早めに陣取って正解だった。北村は、一部の記者が会見場に入れず抗議の声を上げているのを聞きながら、カメラとICレコーダーの準備をしていた。イチアイ(1I)(首都電力磐前第一原子力発電所)事故対策の前線基地であるJファームのプレスルームでは、毎日午前一〇時と午後五時に定例の記者会見がある。通常は、Jファームに泊まり込んで取材を続けている三〇人ほどの記者やカメラマンが出席する程度の会見なのに、今朝は殺気だっている。イチアイの串村所長が、事故後初めて記者会見に臨むからだ。
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第四章 解体か創造か [第56回]
2016年12月17日号“人生もやまのぼりだし、事業もやまのぼりだ。大きな長い目で見ると、国家、民族も皆、山をのぼったり、おりたりだねえ。今の日本は、のぼったり、おりたり、ならまだいいが、高い頂上から谷底に転げ落ちたところだ。大ケガも仕方ない。まだ命があったのがめっけものよ。だからもう一度なんとか、この谷底から這い上がらぬ限り助からない。それも自力でだ、気力でだ、頑張りでだ──” 『電力の鬼 松永安左エ門自伝』を読んでいるうちに、秀樹は胸が熱くなった。
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第三章 破綻前夜 [第55回]
2016年12月10日号ある人物と会食した上での回答で良いと鷲津が言うので、芝野は鷲津と共に、溜池山王にある山王パークタワーに来た。会食会場は、聘珍樓(へいちんろう)だという。忘れられない想い出が色々ある店だった。買収合戦の関係者と対決したことも、内々の密談に使ったこともあった。それが今夜は、仇敵のような間柄の男とパートナーとして席に着こうとしている。
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第三章 破綻前夜 [第54回]
2016年12月3日号今日は早めに引き上げようと湯河が腰を上げた時、デスクの電話が鳴った。行政担当特別顧問の宮永の秘書からで、今すぐ、宮永の執務室に来て欲しいという。鋭い目つきの人権弁護士上がりの宮永が、一体何の用だろう。だが、民政党の実力者の呼び出しを無視するわけにはいかない。総理執務室から内廊下を歩いてすぐの所に、宮永の執務室はある。一度も訪れたことはないが、毎日大勢の官僚や政治家が、彼の部屋に呼びつけられているという噂は聞いた。
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第三章 破綻前夜[第53回]
2016年11月26日号東京の街は、どこもくすんでいた。数日ぶりだったにもかかわらず、芝野は、震災の暗い影がより広がっているのを感じた。節電のせいだ。駅の構内は照明の大半を消している。春の日差しがあるとはいえ、施設全体に光は行き届かず、グレーの霞が漂っているように見える。ネオンや電光表示も止まっていて、街から色彩が消えてしまった。どこに行ってもエスカレーターは止まっていて、街が機能不全に陥った印象だ。
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連載小説 ハゲタカ5 『シンドローム』
第三章 破綻前夜[第52回]
2016年11月19日号約束の時刻どおりに鷲津は、紀尾井町のホテルニューオータニの一室のドアをノックした。ドアを開けたのは、宮永当人だった。皺の深い顔の中で、小さな目だけが唯一自己主張している。「はじめまして、サムライ・キャピタルの鷲津政彦でございます」「わざわざどうも。腹を割って話をしたいと思いましてな」部屋にいるのは、宮永一人だけだった。こちらも一人である。