医療の公定価格である診療報酬が4月に見直された。今回の改定で、国は重症患者向け病院(急性期病院)の大リストラを打ち出した。医療提供体制の大改革が進むことで、医師・看護師の人材ニーズはどう変化するのか。”民族大移動”時代が始まる医師・看護師のリアルにとことん迫った。

 4月下旬、全国57病院を直営する地域医療機能推進機構(JCHO)の本部会議室。尾身茂理事長を筆頭に居並ぶ本部幹部勢に、グループ病院の横浜中央病院幹部たちが向き合っていた。

「6月から地域包括ケア病棟を開設します」。横浜中央の大道久院長はそう宣言すると、計画の全容を明かしていった。

 神奈川県横浜市にある横浜中央は306の病床(ベッド)を持つ急性期病院だ。急性期病院は緊急性が高かったり重症の患者に手術など高度な医療を行い、看護師をどれだけ配置しているかで、さらに分類される。横浜中央は患者7人に対して看護師を1人配置し「7対1病床」と呼ばれる、最も手厚い体制を備えるランクに属している。

 ただ、その病床利用率(稼働率)は低い。一般に稼働率8割以上が健全経営の目安だが、同病院は6割レベル。近隣に7対1病床の病院が複数あり、地域において7対1病床が供給過剰な状態に陥っている。

 起死回生策として繰り出したのが、7対1病床を一部リストラして「地域包括ケア病棟」なるものを導入するという計画だった。

 7対1病床は、質の高い医療を提供できる体制であるため、他のタイプに比べて人件費や医療機器など設備のコストが高い。その分、入院基本料は最も高額な1日1万5660円に設定されている。

 診療報酬(医療サービスに対する公定価格)は医療機関の収入に直結するもので、多くの病院がより高い収入を得ようと診療報酬の高い7対1病床を目指してきた。そのために医師だけでなく看護師の争奪戦が過熱し、看護師不足をもたらした。

 結果、7対1病床よりも1段階下回る10対1病床は右肩下がりで減少し、7対1病床は右肩上がりで増加。今や7対1病床が溢れ返り、病床全体の4割を占めている。

 7対1病床に高い診療報酬を設定した2006年当初は、国は4万床程度になると見込んでいた。ところが見る見る増加し、放置しておいたら想定をはるかに超える36万床にまで達してしまった。

 7対1病床の増加はそのまま医療費に跳ね返る。病院は収入を増やすために稼働率を上げたいから、7対1病床レベルの体制が必要のない軽症患者も受け入れる。10対1病床と7対1病床で同じ治療を行っても、7対1の方が医療費は高い。

 つまり7対1病床の急増により、余計な医療費が膨らんでいった。7対1病床に関する政策は明らかな失敗だった。

 国はついに、この4月に改定した診療報酬改定で7対1病床に大ナタを振るった。

重症患者向け病院で政策ミス
供給過剰で4分の1削減へ

 診療報酬は2年に1度の改定で価格の見直しが行われる。14年度改定で7対1病床の資格条件を厳格化し、2年間で7対1病床数の4分の1に当たる9万床分を削減する大リストラに打って出たのである。

 とはいえ、他のタイプを含めた病床の総数は大きく減らせない。超高齢社会の日本では今後、高齢者数が増えていく。当然、患者数も死亡者数も増加の一途だ。

 そこで団塊世代が75歳以上になる25年をゴールとして、医療構造を大転換する改革を掲げた。コストのかさむ7対1病床を減らした分、急性期を脱した患者、在宅で急変した患者などを受け入れる病院を増やそうというものだ。在宅で医療を受けられる体制を強化する方針も盛り込まれた。

 この改革の中で、急性期後の受け皿となり、在宅の緊急患者も受け入れる地域包括ケア病棟が創設された。横浜中央が開設を決めた、それである。

「7対1のベッドがしっかり埋まっている病院でわざわざ地域包括ケアに切り替えようなんていう経営者はいない。地域にニーズがあるのはもちろんだが、うちは今あるベッドを使い切れないから再編するんだ」と大道院長。経営的な困難を抱える中で同病院は国の政策通りにかじを切った。

「今回の診療報酬改定は急性期病院にとって全負けだ」と大手民間病院の幹部は言う。それでも、7対1病床を捨てて地域包括ケア病棟に移行すると表明した病院は目下のところ、ほとんどない。多くの病院が7対1病床の維持を希望している。

 国の政策誘導には常にアメとムチが用意される。ハードルを乗り越えて7対1病床で生き残った暁には、より手厚い診療報酬が用意される。だから外されたはしごから飛び降りるのではなく、上に掛けられたはしごを上りたがるのだ。

 7対1病床の基準の厳格化などへ対応するために与えられた猶予期間は9月末までの半年間(一部は1年間)だ。それまでに全国の病院は、経営決断と運営の再構築を迫られるが、「いずれにしても減収を覚悟している」という病院が多い。