不祥事で揺れる製薬業界
頼れるクスリはどれなのか
「あなたが今飲んでいる高血圧症薬、宣伝費と販促費の塊だよ。やめちゃえば?」。50歳男性患者は主治医ではない専門医の言葉に困惑した。
最近、ニュース番組で自分が飲んでいるクスリがでかでかと映し出されている。「不正論文」「誇大広告」なる言葉が連呼され、製薬会社に家宅捜索まで入った。このクスリ、はたして飲み続けていいんだろうか──。
「国内製薬業界の信頼失墜ぶりは、かつての米国のよう」。製薬大手関係者は青ざめた表情で息をのむ。
日本において製薬業界はこれまで、薬害事件などを除けば、ネガティブなイメージはあまりなかった。むしろ給料が高く、将来性があり、人の命を救う産業としての正のイメージが強い。就職先としても人気の業界だ。
米国は正反対。イメージはすこぶる悪い。日本のように国民皆保険制度ではないという背景もあるが、ハリウッド映画ではしばしば悪役として登場し、たばこ会社、石油会社と並んで、不正に利益をむさぼる〝悪の産業〟としてイメージが定着している。
1990年代後半から2000年代初頭にかけて、メガファーマ(巨大製薬会社)は米国で自社製品に有利なデータを得るための大規模臨床研究を実施したり、研究や教育の名目で医者に多額の資金を提供した。都合の悪い臨床試験のデータを隠蔽したり、政治家への露骨なロビー活動も展開した。それらがメディアの報道で次々と暴かれた。
そして今、日本でも製薬業界の不祥事が次々と明るみに出た。
最たるものは、スイスのメガファーマの日本法人、ノバルティス ファーマが販売する高血圧症治療薬「ディオバン」に関する医師主導の大規模臨床研究で、データの不正操作が発覚した問題だ。
ディオバンが血圧を下げるだけでなく、脳卒中予防などにも効果があるかどうかを5大学が試験した際に、ノバルティスの社員(当時。現在は退社)が会社とは別の肩書で関与していた。
今年の3月には、国内最大手の武田薬品工業が高血圧症薬「ブロプレス」について、効き目を誇大宣伝していた疑惑が浮上した。
そもそもディオバンやブロプレスは、血圧を下げる効果自体は、1世代前のクスリであるアムロジピンに劣っている。それでもたくさん売れたのは、「降圧を超えた効果」などと煽るフレーズで、臓器保護作用など降圧以外の副次的な効果を盛んにアピールしてきたからだ。
製薬業界団体である日本製薬工業協会は、自主ガイドラインを策定し、12年度分から医療機関に提供した金額の情報開示を始めた。会員会社の総額は5000億円規模に上った。会社別に見ると、武田薬品が1位、ノバルティスが4位。医療機関・医者と製薬会社の間で巨額の資金が流れる癒着の構図をうかがわせるものだった。
「やめちゃえば?」と言われた冒頭の男性患者は医者へ真意を尋ねた。「古いクスリのアムロジピンと、ディオバンを併用している患者にディオバンをやめさせても、きちんと血圧をコントロールできている事例をいくつも経験したから」だという。
では今まで自分はなぜ2剤も飲み続けていたのか──。男性患者は、いま一度、本当に頼れる高血圧症薬は何かと尋ねた。「血圧を下げるクスリだ。つまり古いほうのクスリ」。医者はそう答えた。
不正論文の発覚以降、「とにかく血圧を下げることが重要」という基本に立ち返った医者は多い。
クスリには、処方箋が必要な医療用医薬品と一般用医薬品があるが、製薬業界の主力は医療用医薬品であり、新規有効成分が入った新薬が中心だ。こうした新薬は治験と呼ばれる臨床試験を経て開発される。確率が著しく低いことを、しばしば「万が一」と表現するが、新薬が承認されるまでの成功率は、なんと約3万分の1だ。
例えば、開発が比較的容易な抗生物質はとっくに探し尽くされている。患者数が多くて製薬会社にとってはうまみのあった高血圧症薬や高脂血症薬なども出尽くした感がある。