米国、中国、欧州、シンガポール、香港、台湾、マレーシア……。世界中の富裕層マネーが日本に押し寄せている。欧米の超富裕一族は日本株に、アジアの富豪は東京の不動産に強い関心を寄せている。日本人は長すぎたデフレのせいで気付けていないだけなのかもしれない。実はこの島国にこそ宝の山が眠っているということを。

 2013年12月初旬、早朝の寒い中、東京・新宿のホテルサンルートプラザ新宿から、ダウンジャケットを着込んだ2人連れの外国人が東京の街に繰り出してきた。

 カジュアルな服装の中にも、どこか上品な雰囲気を漂わせる彼らは、クリスマスの装飾でにぎわう街を楽しみに来た、ただの観光客ではない。日本を投資先と見定め、日本株と不動産をリサーチしに来た、香港でも超のつく富裕層だ。

 1人は会社社長。米国東海岸の名門大学で会計とファイナンスの学士を取得しているエリート。もう1人は日本人なら誰もが知る製品をつくっている別の会社の経営者一族である。2人が日本に来るのはこれが初めてではない。初めてどころか、なんと2〜3カ月に1度のペースで足しげく通う〝常連〟なのだという。

 1回の来日で3日程度滞在するのが常だが、意外というべきか、「ホテルには寝に帰るだけだから」と、いわゆるラグジュアリーホテルには泊まらない。もちろん、2人とも本業の傍らで個人の資産管理会社(通常100億円規模の資産を持つ富裕層しか設立しない)を持ち、財産を管理しているくらいの金持ちだから、ザ・リッツ・カールトンでも帝国ホテルでも苦もなく泊まれる。が、愛用しているのは1泊1万円台、それも新宿のホテルだ。もはや、「日本のホテルはどこも清潔だし、それで十分だ」との思いに至るほど日本に精通しているのである。

 むしろ、彼らにはホテルでの居心地より大切にしていることがある。日本の生の情報にどれだけタイムリーに接せられるか、ということだ。金持ちの道楽よろしく、観光がてら、日本の景気動向をちょっとうかがいに来ている、などと思ったら大間違いである。

 今回も、まずは何より関心を寄せている日本株の最新情報を仕入れるため、富裕層特有の人脈を駆使して大手投資銀行のストラテジストや上場ファンドのマネジャー数人を行脚した。それだけではない。運用している個別株の経営陣にまで話を聞きに行っている。

 さらに、ここ1年ほどの間に投資先の候補として積極的に考えるようになった不動産も見て回った。具体的には、東京都心の住宅、オフィス、ホテルの4〜5物件だ。外国でも名の通った六本木や渋谷は言わずもがな。それ以外にも、高利回りを狙い、国内外の投資家の「人気地域」からはずれる上野の物件にまであえて足を延ばすという抜かりのなさである。

 放射能の恐怖もぬぐい去れないため、時間があればゆくゆくは福岡などの地方都市の物件も見てみたいと、日本の不動産への興味は尽きないようである。不動産投資は慣れていないため、慎重に慎重を重ね、最初から高額物件に手を出そうとは考えていないという。しかしそうはいっても予算は数億円。さすがは富裕層である。

株高と不動産の底打ちで
日本は投資家人気が1位に躍進


 日本株と不動産の両方に投資したいという2人の投資行動は、ある意味で、世界の富裕層の動きを先取りしたものといえる。今まさに、日本に投資しようと、世界の富裕層マネーが押し寄せているからだ。

 対象となっているのは主に二つの市場。一つは欧米の超富豪一族に資産の管理・運用を任されているファミリーオフィスが狙う日本株の世界。そしてもう一つは、アジア各国の資産家が強い関心を示し、高額物件を物色している東京の不動産の世界だ。

 昨年、日本の株式市場は世界的に見ても群を抜く上昇を見せた。日経平均株価は1年間で57%上がり、12月30日の大納会まで9日連続で上昇して、終値は1万6291円31銭。6年2カ月ぶりの高値をつけた。安倍晋三首相は「来年もアベノミクスは買いです」と投資家たちを煽った。日経平均の57%という上昇率は1972年以来の伸びだという。当時に時計の針を戻してみると、田中角栄首相が「日本列島改造論」を打ち出し、不動産市場を牽引していた──。

 今の日本でも不動産市況が底を打ち、東京五輪の決定で回復スピードを加速させつつある。不動産や企業への投資・アドバイザリー業務を行うクロスパス・アドバイザーズの黒田恵吾社長は、「日本の不動産は空室率が下がってきており、賃料も場所によって上がり始めた。アベノミクスで不動産市況がさらによくなり、売買価格の上昇や一定のインフレが実現すれば、キャピタルゲイン(値上がり益)も得られるようになるため、高いリターンが狙える」と評価する。また東証REIT指数が年間上昇率で36%を記録し、過去最高となった。

 二つの市場が急速に上昇した裏には、アベノミクスが巧みに世論の期待感を膨らませたことがある。日本の富裕層の心理もガラリと変わった。ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメントが昨年10月に実施した、3000万円以上の運用資産を保有する日本の準富裕層投資家1000人を対象にした調査結果は、12年から一変していた。

 「今後1年間で最も経済が成長すると考える国・地域」は、12年がブラジルだったが、13年は日本がいきなり前年下位からトップに躍り出た。「今後保有したい金融商品」でも、前年比10㌽上昇して、71・6%の回答があった日本株がトップとなった。REIT(不動産投資信託)など不動産の比率も大きく上昇した。世界の富裕層マネーが日本株、不動産へと流れる構図を証明したともいえる。