準備不足が6割以上
事業承継が危ない

 「田舎の父の会社の将来が心配です。どうすればよいでしょうか」

 中小企業のM&A(事業売却)の支援を手がける東京都事業引継ぎ支援センターに最近、こんな相談が目立ち始めたという。支援センターが霞が関にあるという土地柄か、相談に来るのは近くの大手企業に勤務するエリートサラリーマンである。

 ただ、自身がリスクを取って中小企業の後継者になるつもりはない。後継者が不在にもかかわらず、候補者を探そうとしていない父の会社が心配だというのだ。

 中小企業を次世代の経営者に引き継ぐ事業承継。最近になって特に注目されるようになった理由の一つは「経営者の高齢化」である。

 帝国データバンクによると、過去5年間で交代した中小企業の経営者のうち約3割が70歳以上。年齢層別でも、65~70歳が23.8%で最多を占める。高度成長期に起業した団塊世代の経営者の大量引退が始まりつつあるのだ。

 経営者が交代する時期を迎えているにもかかわらず、「後継者にうまくバトンタッチする準備ができていないことが、いまの最大の問題だ」と語るのは、帝国データバンク情報部の藤森徹部長。

 同社が6月に実施した調査では、なんと3割の中小企業が、事業承継の「計画はない」と回答した。「計画はあるが、まだ進めていない」という回答も含めると、実に6割以上の中小企業が、まったく準備をしていない状態なのだ(図1-1参照)。

会社の業績面からいっても世代交代が早いに越したことはない。 承継時の後継者の年齢が40歳未満の場合、6割近くが承継後に業績が「よくなった」としている。これに対し、60歳以上で承継した場合、その比率は4割を切るまでに落ち込む(図0-2)。

 創業者にとって会社はわが子に等しい存在。だが、子の成長を願うならば、可能な限り早く子離れならぬ“会社離れ”することが必要なのだ。

年間7万社が
後継者不在で廃業
35万人の職が消失

 事業承継の準備が進まない背景について、東京都事業引継ぎ支援センターの安藝修プロジェクトマネージャーは「頭と時間とカネを使っても、事業承継の準備は直近の会社の業績にはプラスにならない。だから、年単位の時間をかけて準備する必要があるにもかかわらず、取り組みが後回しになってしまう」と説明する。

 だが、会社も生き物。世代交代を後回しにしていると、手遅れになってしまう。

 中小企業基盤整備機構支援機関サポート課の小峯利彦課長代理によると、後継者不在を理由とした廃業は年間約7万社。その結果、毎年20万~35万人分の雇用が失われているという。小峯課長代理は「事業承継に失敗して廃業すると、従業員の仕事がなくなるという意識を高めてほしい」と訴える。