自分の住み替え問題と同時発生
老親が入れる賃貸物件がない!
埼玉県草加市に住む岩井陽平(56歳:仮名)さんは昨年4月、役職定年を機に大手IT企業を退職した。システムエンジニアとしてプロジェクトマネジャーの経験があったおかげで、ベンチャー企業に再就職することができた。年収は減ったが、元の会社にいても役職定年になれば3割近く減っていたはずなので同じことだ。
自分の転職と同時期に、長男が就職して家を出た。長男の誕生に合わせて購入した3LDKの一戸建てには当初から子供部屋があったが、今は物置になっている。
「23年前に買ったときは一生もののつもりで選んだのですが、“老後”という2文字が散らつき始めた今、ここを終の住み家にするかと問われると、迷いが生じます」と岩井さんは言う。
再就職先への通勤時間は以前より長くなってしまったし、半年前くらいから、都心のマンションへの転居を妻と真剣に検討し始めたという。
一方、静岡県の実家で1人暮らしをしている母(87歳)の異変に気付いたのも同じ頃だ。物忘れが増え、電話をしても同じ話を繰り返すことが多い。足腰が弱ってあまり外出もしないようだった。
5年前に父を亡くしてからも、母は「気ままに暮らしたいから」と同居を拒んでいた。せめて実家を処分して、自分の近所への転居を勧めても「こっちに友達もいるし、そのつもりはない」と言い張っていたが、2カ月前に電話で話した際に「それもいいかな」とつぶやいたという。本人も内心、生活に不安を覚えているようだった。
母の気が変わらないうちにと、岩井さんは早速、都内で賃貸マンションを探した。ところが、良さそうな物件を見つけて不動産業者に連絡しても、母の年齢を伝えると「その年齢だと審査を通らない」と即座に答えが返ってくる。契約者は自分で、近くに住むつもりだと話してもらちが明かない。
30件くらい当たって砕けた頃、ようやく個人オーナーの賃貸アパートからOKが出た。休日に内見をしたのだが、古くて狭いそのアパートで1人暮らしをしている母を想像できなかったという。
仮にもっと良い物件が見つかったとしても、高齢の1人暮らしには早々に限界が来る。母の場合、もはや賃貸物件より、老人ホーム探しの段階なのではないか……。
岩井さんは今、夫婦の終の住み家となるマンション探しと並行して、母親の老人ホーム探しを始めている。
住まい選びの失敗で
老後生活を台無しにしないために
人生の後半戦に入った50代になると、「終の住み家」探しが大きなテーマとして頭をもたげてくる。
老後をどこでどう過ごすかは、これまで培った人生観によって千差万別だ。
第二の人生はどんな家で過ごしたいか。自身のライフスタイルや家族構成の変化などに応じて、「住み替え」「リフォーム」「建て替え」といった選択肢から模索が始まる。
賃貸派の人は、生涯賃貸を貫くか貯蓄や退職金を元に購入するかの選択を迫られる。だが現在、高齢者が賃貸物件を借りるのは困難を極めるため、重大な分かれ道だ。
子供に資産を残したいなどの理由で持ち家にこだわるなら、都心や駅近のマンションが候補に挙がるかもしれない。
子供が独立した中高年夫婦二人なら2LDKで十分。狭くなった分、購入費用を抑えられる上、電気代や光熱費といった生活コストも減らせる。一戸建てに比べて建物や庭の管理を自らする必要はなく、部屋の中の生活動線がほぼフラットで、老後も過ごしやすい。ただし昨今は、マンション価格がバブル期並みに高騰しているので、しっかり資金計画を立てる必要がある。
今の自宅の土地を生かして、二世帯もしくは3世代住宅に建て替える選択もあろう。二世帯住宅は一定の要件を満たして「小規模宅地等の特例」に該当すれば、節税対策にもなる。子供に家を資産として残したいのであれば、相続税対策もしっかりしておこう。
コストを抑えたいなら、今の家をリフォームする手もある。工事の内容次第で国や自治体の補助、減税、融資の制度を利用できる。
また、冒頭の例のように、50代は親の介護問題も同時に訪れる年頃。自分だけでなく、親が安心・安全に過ごせる終の住み家も探す必要がある。シニア向けマンションやサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)など、高齢者向け施設は多種多様だ。
認知症や介護を必要とする入居者だけでなく、自立した高齢者を受け入れる老人ホームも増えている。資金に余裕があるなら、親ではなく自分の終の住み家として選択するのもありかもしれない。
いずれにしても先立つものはカネ。住まい選びの失敗で老後生活を台無しにしないよう、明確なビジョンと共に余裕のある計画を立てておこう。
人生の総決算をどこでどう過ごすか
シニアの住み替えは長寿国・日本の新常識
『週刊ダイヤモンド』8月3日号の特集は「自分と親の終の住み家」です。
国土交通省によると、初めて住宅を取得する“1次取得者”は、注文住宅、分譲マンション、中古戸建て、中古マンションなど全ての住宅形態において30代が最も多いのですが、2次取得者となると50歳以上が大半を占めます。
平均年齢を見ても、注文住宅は59.9歳、分譲マンションは58.1歳と、60歳前後が「住み替え適齢期」になっている様子がうかがえます。
現役時代に住宅を購入して一国一城の主となるものの、そこが“終の住み家”になることはなく、シニアになってもう一度住み替えをする──。それが、長寿国・日本の新常識となっているのです。
しかし、人生後半戦の大きな買い物だからこそ失敗は許されません。特集では、「終の住み家」選びで必要な視点と、住まいのことで老後資金をいたずらに減らさないためのノウハウなどを、多様に盛り込みました。
また、高齢者が賃貸住宅を借りられず“漂流老人”化している問題についても、その原因と解決策に迫っています。
そして、自分のことと同時に降り掛かってくる、年老いた親の「終の住み家」問題。高齢者向けマンションや老人ホームなど、高齢者向け施設にもいろいろありますが、それぞれの特徴とかかる費用をまとめました。さらに、独自指標による「介護付き老人ホームランキングベスト1000」を作成。親を入れたい、自分が入りたいホームを見つけられるはずです。
人生の総決算をどこでどう過ごすか。ぜひ、この機会に親子で考えてみてください。