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2500年に及ぶ人類の知恵の集積ともいえる学問が「哲学」です。一方で、とかくビジネスの役には立たないと思われがち。ところが、近年、欧米のビジネス界はもちろん、大手の日本企業でも「哲学コンサルティング」を導入する動きが広がっています。その理由は、イノベーションの創出や、AIを始めとするテクノロジーの進歩で新たに生じた難問に対峙するうえで、哲学が長年培ってきた思考スキルと問いへの答えが、とても役立つからです。『週刊ダイヤモンド』6月8日号の第1特集「使える哲学」は、先の見えない今だからこそ、ビジネスマンが身につけるべき「哲学の力」をお送りします。

あの投資家や経営者も「哲学」を学んでいた

「晢学」と聞いて、どんなイメージを思い浮かべるだろうか。

 おそらく、「役に立たない」「小難しい」「堅苦しい」といったあたりのはず。少なくとも哲学が「稼ぐ」という俗世間から最も縁遠いイメージを持つ学問であることは間違いない。

 しかし、それは誤りである。フランスの哲学者、デカルトの有名な言葉をもじれば、「われ思う、故にわれ“稼ぐ”」をもたらす学問とも言えるのだ。

「大哲学者になる夢を持っていた」と世界三大投資家の一人、ジョージ・ソロスが『ソロスの講義録』で明かしたように、ソロスは科学哲学の大家、故カール・ポパーに師事。哲学博士号を取得している。

 若き日のソロスは、トレーダーの仕事は生活のためで、自由時間を哲学研究に充てた。その中で考案した数々の哲学概念が、彼を世界的富豪にする原動力になったことは有名な話だ。

 同じく米国の伝説的な投資家、ビル・ミラーは昨年、母校の一つである米ジョンズ・ホプキンズ大学の哲学科に、日本円で80億円を超えるお金を寄付した。その理由は、自身に成功をもたらした「哲学で培われた分析力と心の在り方」への恩返しにある。

 有名投資家だけではなく、コンピューターサイエンスなど理数系の巣窟である米シリコンバレーにも、哲学を学んだ起業家は想像以上に多い(表参照)。

 代表格はペイパルの創業者、ピーター・ティールだろう。彼は著名な哲学者、故ルネ・ジラールに師事し、哲学の学位を取得した。『ピーター・ティール』(講談社)によれば、ジラールの理論の中核である「模倣理論と競争」が、ティールの「逆張り戦略」に大きな影響を与えたとされる。

 ティールの学生時代からの盟友にも、哲学で結び付いた2人の経営者がいる。リンクトイン創業者のリード・ホフマンと、ティールが共同創設したユニコーン企業、パランティア・テクノロジーズのCEO、アレックス・カープだ。

 ソロスと同じく哲学教授になるのが夢だったホフマンは、英オックスフォード大学で哲学修士を、また、カープはドイツを代表する哲学者、ハーバーマスの下で博士号を取得した。カープの場合、専門外の複雑な問題でもその本質を突き、かみ砕いて議論できる能力が買われたといわれている。

 さらにスラック創業者のスチュワート・バターフィールドや、米大統領候補指名争いでトランプと舌戦を繰り広げた、ヒューレット・パッカード元CEOのカーリー・フィオリーナも、過去のインタビューで哲学の有用性を説く。

 例えば、哲学と歴史の学位を持ち、1999年に女性初の米国企業上位20社のCEOとなったフィオリーナは当時、経営に不可欠な要素として、情報収集のための質問力と、自分が何を知りたいのかを把握することを挙げた。その上で、物事を正しく理解し、論理的に考える哲学の手法が非常に役に立ったと述べている。

グーグルやアップルの社内に哲学者

 一方、企業も哲学を放っておかない。例えばグーグルやアップルは最近、著名哲学者を「イン・ハウス・フィロソファー(顧問哲学者)」やフルタイムで雇用して話題を呼んだ。哲学は、われわれの想像以上に“稼げる”学問なのだ。

 そこには、データの裏付けもある。米国の専攻別の学位取得者の年収調査で、哲学は、新卒時からミドルキャリアまでの年収中央値の伸び率が103.5%と50専攻中、数学と並んでトップである(平均は69.2%)。絶対額でも人文系1位で、平均の約7万4700ドルを上回る(図版参照)。

 そもそも、米国において、哲学には優秀な学生が集まっている。ビジネススクール入学の適性試験GMATで、哲学専攻の学生の成績は文系トップ。ちなみにロースクールの適性試験であるLSATも同じ結果だ。つまり、文系最強のエリートが集う専攻の一つが、哲学といえるわけだ(図版参照)。

 こうした哲学への高い評価は、米国だけではない。フランス・パリ第10大学で哲学を学んだ史上最年少の同国大統領、エマニュエル・マクロンも受験した、フランスの大学入学資格試験「バカロレア」は、文系理系ともに哲学が必須科目。またオックスフォード大学の看板学部PPEは哲学、政治学、経済学の英語の頭文字だ。欧州のエリートにとって、哲学は米国以上に尊ばれているさえいえる。

 だが、なぜ哲学がこれほど重視されるのか。

 その理由は、哲学の修得があらゆる学問の“ベース”をつくると同時に、ビジネスをはじめ答えのない課題に立ち向かう“スキル”を身に付けることができるからだ。

 哲学から得られる武器は二つ。すなわち応用性の高い思考力と、それを補完する2500年の歴史を持つ賢人たちの知恵である。この二つを合わせて初めて、哲学が実学としての武器になる。(一部敬称略)

ビジネスに効く!哲学のスキルと教養を完全習得

 『週刊ダイヤモンド』6月8日号の第1特集は、「使える哲学」です。

 2500年にわたり人類が培ってきた哲人たちの洞察や思考スキルが、ビジネスに役に立たないはずがありません。

 実際、リクルートやライオン、パルコといった企業では今、ヴィジョン構築や課題解決のといった事業への哲学の方法論の導入が始まっています。それは、「デザインシンキング」の次に来るとひそかに注目されている「哲学コンサルティング」です。本特集では、日本唯一の哲学コンサルティング企業、クロス・フィロソフィーズの新メソッド「哲学シンキング」の中身を大公開します。

 また、ビジネスマン必須のコミュニケーション力の向上のため、哲学的思考のベースとなる論理やクリティカルシンキングを基礎の基礎から解説。もちろん、ソクラテスやカント、デカルト、ニーチェなど歴史上の哲人の思想や、マルクス・ガブリエル氏やカンタン・メイヤスー氏らの最新思想も図解入りで速習でき、AIやゲノム編集といった現代の難問への哲学から考えます。

 西洋哲学だけでなく、故ジョブズ氏やセールスフォースのマーク・ベニオフCEOがはまり、グーグルやヤフーなども社内研修に取り入れる「マインドフルネス」瞑想の源流である、日本思想、東洋思想も大解説します。

 さらに本特集で得られる論理や哲学の教養をフルに使って、フランスの大学入学資格試験「バカロレア」の哲学科目の過去問のうち、ビジネスや人生に関係する問題に挑戦するコンテンツも模範解答付きで掲載しました。

 作家・佐藤優氏と哲学者・野矢茂樹氏の特別対談のほか、『いま世界の哲学者が考えていること』の岡本陽一郎氏、NHK・Eテレ「世界の哲学者に人生相談」の指南役である小川仁志氏、『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』の山口周氏、ゲームAI開発の第一人者である三宅陽一郎氏など、執筆陣も豪華です。

 不確実性が高まる現代に求められる、実用としての哲学が学べる一冊です。

(ダイヤモンド編集部 宮原啓彰)