「銀行の常識は世間の非常識」とはよく言ったものだが、まさにその一つと言わざるを得なかったのが邦銀の人事制度だ。
毎年、大量の新卒を一括採用し、数年ごとに人事部が適材適所に異動させて 〝自行仕様〟に育て上げ、熾烈な出世レースを勝ち抜いた者を役員へと引き上げる──。邦銀の人事部は、「日本的雇用慣行」の超成功モデルの先導者として、こうした〝古き良き〟日本の人事制度を脈々と継承してきた。
しかし、旧態依然とした人事部を有するメガバンクですら、聖域だった人事制度にいよいよメスを入れ始めている。
現行の人事制度を破壊することの副作用より、時代に乗り遅れるリスクの方がよっぽど大きくなっているからだ。
優秀な新卒の確保は、労働人口が減っていくにつれて難しくなることが目に見えている。採用できたとしても、若者世代は「就社」の意識が低く、キャリアアップのためなら転職もいとわない。銀行を取り巻く環境もフィンテックの台頭で異業種が決済事業に参入するなど激変している。新卒の〝純粋培養〟だけでは、もはや成長がおぼつかなくなっている。
激化する競争を勝ち抜かなければならない邦銀にとって、既存の人材の最大活用と、外部の高度人材の受け入れ素地の整備は焦眉の急なのである。
三井住友銀が撤廃した
30歳と37歳の壁
数ある人事制度改革の中でも、「よくここまで踏み込んだな」(銀行関係者)と邦銀界を大いにどよめかせているのが、三井住友銀行が進める抜本改革だ。
2001年の合併以来、最大級だというその改革では、まず、窓口業務や資産運用の応談などを行う一般職を廃止し、総合職に統合する。同時に、定年も60歳から65歳に延長。年齢や性別、立場にかかわらず、能力の高い行員に相応のキャリアパスを用意する。
目玉は、何といっても総合職の制度改定だろう。
入行年次とそれまでの実績、能力に応じて行員を振り分ける階層を三つに半減させるという。
この変更で何が変わるのか。ずばり、最短8年目(30歳)で管理職層(V層)に上がれるようになる。ポストでいえば、リテール専門店の支店長などに就任できる階層だ。旧制度では支店長ポストに就くまで最短でも10年かかっていたから、2年の短縮が可能となる。
2年といえども侮ってはいけない。銀行員の出世には本来、非常に地道な戦いが強いられるものだからだ。
年功序列のレールの上で限られたポストを争うレースでは、コツコツと歩を進めることこそが勝ち残る最大にして唯一の方法で、かつては「一度ついた500円の給与の差は、銀行員人生の中では絶対に埋まらない」(メガバンク関係者)といわれたほどである。
新制度では、最高層であるMg層に上がると、もっと大きく可能性が開かれる。行内での位置付けが高く、これまでは40代半ばまで就くことができなかった法人営業部の部長の座に、制度上なんと37歳で就けるようになるのだ。夢の〝一足飛び〟が現実の目標として立てられるようになるわけである。
目指したのは、できる行員が正当に評価され、適切に登用される仕組みの構築だ。給与額も年功より「どんな仕事をしているか」「どんな成果を挙げたか」に重きを置いて算出するよう変更する。
中には、旧制度比1割増しの賞与を手にする行員も出てくるというが、裏を返せば、職務内容に応じて給与が下がる行員も出てくるということだ。まさに実力主義への軸足変更である。
ただ、邦銀界にとってはド級の改革でも、最先端のテック企業の人事制度と比べると、彼我の差は歴然としている。
三井住友銀行には、抜本改革を経ても残される2種類の〝壁〟がある。一つは役員への壁だ。実は今回の改革では、役員への若手抜てきの仕組みまでは議論されていない。役員人事は指名委員会の意向も絡むが、総合職で若手登用を積極的に行うなら、役員への門戸も広く開かれるべきだろう。
そしてもう一つは階層の壁だ。階層の完全撤廃は新制度の策定時に検討はされたものの、結局は見送りとなった。
振り返れば、旧制度で階層を六つも設けたのも、「同期の数が多く、ポストになかなか就けずジレンマを抱える世代にステップアップ感を持ってもらうためだった」(三木健弘・三井住友銀行人事部副部長)。今回も、階層自体が持つ権限や名称が行員のモチベーションにつながると結論付けた形だ。
邦銀の人事部が最も恐れるのは、いつの時代も「人事部の失策による、大量に抱える行員のやる気喪失」(メガバンク人事関係者)だ。三菱UFJ銀行も三井住友銀行と同様に総合職の人事制度を抜本改革し、今年4月から運用を始めているが、同行もやはり階層の完全撤廃は行っていない。
だが一方で、「外資系の金融機関はGAFAとの人材争奪戦に勝てる施策を取り入れ始めている」(メガバンク幹部)という現実がある。業種を超えたグローバル競争に勝とうとするとき、邦銀の行員への過度な配慮が裏目に出ない保証はない。レガシー人事の権化たる邦銀人事部の悩みは尽きない。
職場を壊す
レガシー人事部の苦悩
『週刊ダイヤモンド5月11日号』は「人事大激変〜あなたの評価・給料が危ない〜」です。
4月から働き方改革関連法の第一陣がスタートしました。労働時間の上限規制の撤廃や、同一労働同一賃金(同じ仕事をしている人には同じ待遇にするという考え方)の導入に向けて、人事制度を抜本改革している企業は少なくありません。企業規模の大小を問わず、どこの企業の人事部員も多忙を極めていることでしょう。
かつての人事部は、給料、評価、昇格といった、社員の生殺与奪を握る社内エリート集団でした。
人事部の領域は幅広いです。採用から育成、評価など社員のキャリアプランに関わるものから、勤怠管理や給与などの労務管理、労組対応までこなしています。
近年の企業が欲しい人材の採用難や働き方改革への対応も加わり、人事部員は激務に。人事部はパンク寸前の状況にあります。
仕事が増えるばかりで、本来の大事な人事業務にエネルギーを避けなくなっているのです。たとえば、経営戦略にマッチした人事戦略を立案する「企画」の仕事、組織のパフォーマンスを上げる「組織活性化」の仕事ができなくなっています。どちらかといえば、法律を順守するための実務や、管理業務に忙殺されてしまっているのです。
人事部が戦略的な仕事ができなくなれば、企業は競争に勝てません。良い人材も集まりません。
結果てきに、人事部の“質の低下”は、社員、働き手であるあなたの給料や評価を脅かすことにもなるのです。
人生100年時代と言われるようになりました。あなたの会社は社員に「魅力的な働き方」を提供できていますか?
人事部や経営者の皆さんの参考書としてだけではなく、学生や転職希望者の皆さんの会社選びの判断材料としても、本特集をご覧いただきたいと思っています。