今でこそ満席の日もあるが、当初は鳴かず飛ばずだった。プロモーションも担っていたタツオ氏は、できるだけ多くの人を集めようとツイッターやニコニコ生放送など使える手は全て駆使して、着実にファン層を拡大させていった。今では高校生や20代のカップルが足しげく通っている。


 今、落語界を取り巻く環境は激変している。新宿末廣亭、池袋演芸場、浅草演芸ホール、鈴本演芸場といった東京の四つの定席(365日、休まず落語の公演をしている寄席)以外にも、「渋谷らくご」のように初心者向けの落語会や、(落語家の最高位である)真打の一歩手前の「二ツ目」専用の寄席、「らくごカフェ」など、落語を聴ける場所が増えているのだ。


 つい先月も、タワーレコード渋谷店地下のイベントスペースで開催された落語イベント、「渋谷タワレコ亭」が話題となった。タワレコ渋谷店といえば音楽好きの若者が集まる場所である。落語会を行うイメージなど皆無だ。


 企画担当のタワーレコードメディア&ライブ事業部の大幡英俊氏は「会場を埋めるのは難しいと思っていた」と、不安を抱えながらの始動だったと振り返る。


 もっとも、成算がないわけでもなかった。ここ数年の間に開催された“フェス”と呼ばれる音楽ライブイベントで、落語をプログラムの一つとして採用するケースが増えてきた。好きな音楽を聴くように好きな落語を聴く、という行為が徐々に、若年層を中心に浸透してきたという実感があった。


 果たして、心配は杞憂に終わった。開催当日までに、230席余りのチケットは予想以上のスピードで完売してしまった。早くも、「第2回の企画を検討したい」と大幡氏は声を弾ませている。


 旧来型の落語会の開催件数も激増している。日本で唯一の演芸専門誌「東京かわら版」によれば、首都圏での月当たりの落語会の開催件数はこの10年で実に2倍に増加した。2015年秋には、ついに1000件の大台を突破、過去最多件数を達成した。


 いまや、毎日、首都圏近郊のどこかで落語会が開催されていることになる。落語ファンなどの聴き手が、落語に触れる間口は確実に広がった。


 それだけではない。落語の話し手である落語家たちの環境も大きく変わった。
 まず、落語家の数は約800人に激増。江戸時代以降、過去最多の人数である。


 そして、人気の落語家たちは、自身のホームページや、ツイッターなどのSNSを駆使して、自らの落語会の告知や仕事の募集に非常に精力的だ。800人の落語家がいるといっても、本業だけで生計を立てられるのは上位100人程度といわれ、落語という伝統芸能の世界でも競争原理が働くようになったからだ。


 今、玄人も唸る実力で人気急増中の柳家三三(やなぎや・さんざ)師匠(42歳)など、年間の高座件数は700を優に超えるほどの働き者である。


 過去を振り返れば、これまでも、落語ブームは幾度となく訪れ、そして去っていった。そのたびににわか落語ファンは出現するのだが、落語熱が持続せず、一過性のブームで終わってしまう状況が繰り返されてきた。


 直近の落語ブームは04〜07年ごろに発生。落語家が主人公のドラマ「タイガー&ドラゴン」やNHK連続テレビ小説「ちりとてちん」が放映されたことで、久しぶりにお茶の間に落語が広がった。


 さらに、春風亭小朝師匠ら実力派落語家が、流派を超えて「六人の会」を結成。東京・銀座周辺で「大銀座落語祭」と呼ばれる落語会を仕掛け、人々が一気に落語に関心を寄せた。
 多種多様なメディアがこぞって落語特集を企画し、いわゆる「平成の落語ブーム」が巻き起こった。


 しかし、これらのブームもまた長くは続かなかった。実際に、「私ら落語家にとってブームなんて感じませんでしたし、恩恵もなかったですねえ。あれはどこの世界の話なんですかねえ……」と高座で皮肉たっぷりのまくらを振る落語家もいた。


 あれから10年。現在、起きている落語ブームは、かつての一過性のブームとは様相が大きく異なる。


 過去最多の「落語家の数」と「高座件数」――。聴き手は、800人の中から好きなタイプの落語家だけを選んで、自由に落語会に出かけることができるなど、どっぷり落語にハマることができる。聴き手が落語に触れる間口が格段に広がったのだ。


 実際に寄席や落語会に行けば分かるが、落語家と観客との距離は思いの外近い。ファンが、より落語にハマりやすい環境が整いつつあるのだ。
 落語復権──。不遇の時代を経て、落語が、確かなブームになりつつある。

有名落語家12人のインタビューを一挙掲載!

『週刊ダイヤモンド』7月9日号の第1特集は「落語にハマる!」です。
 今、落語にハマる人々が急増しています。


 日本テレビ系列の長寿番組「笑点」は放送開始からちょうど50周年を迎えました。7週連続の平均視聴率20%超えという大記録こそ逃しましたが、今も色あせない人気を維持しています。


 落語人気の原点は、どうも人々の共感にありそうです。
 落語ネタでは、ヒーローやヒロインは主人公にはなれません。むしろ、「ドラえもん」ののび太くんのように、失敗ばかりする等身大の人物が主役としてスポットライトを浴びています。


 落語の世界では誰もが平等で、与太郎や粗忽者(そそっかしい人)、泥棒さんまでもが堂々と主人公になる。失敗したからといって村八分にされることもなく、長屋の連中にゲラゲラ笑いとばされて、「失敗もまあ面白かったから良しとしよう」と収めてしまうのです。


 落語は、人間なんてそもそもそういうものなんだから、と「人間の業」を肯定しています。落語ネタに登場する、どうしようもない主人公たちに聴き手は痛く共感してしまうのそのためです。


 年間1500席近く落語を聴き、落語関連の著書も多い広瀬和生氏も、「落語は人の弱さを肯定する世界で、その世界に浸ることは究極のリラクゼーションになる。人々が癒しを求めて落語会へ足を運んでいるのではないか」と指摘しています。


 ともかく、経済雑誌として初めて、落語特集を企画しました。トライアルです。編集長の気がふれたのかもしれません!
 でも、手にとっていただければ確実に落語にハマります。特集中では、5つのグループ・流派で形成される落語界の勢力図、落語家の懐事情、ビジネスに効く落語活用術、落語通の堀井憲一郎さんが独断で格付けした「好きな落語家ランキングベスト50」など、経済誌ならではのコンテンツを意識して充実させました。


 大御所から新進気鋭まで、12人の落語家インタビューも誌面をたっぷりとって掲載しています。


 毎日あくせくと忙しい毎日を送っている皆さん。落語を聴くと、ホッとしますよ。仕事では使っていない脳が活性化されるような、そんな感じがするのです。
 あなたも落語にハマってみませんか?