『週刊ダイヤモンド』6月6日号の特集は「流通最後のカリスマ 鈴木敏文の破壊と創造」。なぜ鈴木敏文氏率いるセブン&アイ・ホールディングスは〝独り勝ち〟できるのか、その秘密に迫りました。

 セブン-イレブンには悩みがあった。日販(1店舗の1日当たりの平均売上高)約66万円と、競合チェーンに10万円以上の差をつけ、コンビニエンスストア業界で独り勝ちのセブン。だが、エリアごとにその数字を追っていくと、他チェーンとの差が10万円を下回る地域があったからだ。

 その地域とは関西。東京を創業の地とするセブンは、特定の地域に集中的に出店する「ドミナント戦略」を進めてきたため、関西では後発組。関西約2000店の平均日販が関東よりも低い理由について、社内では「シェアが低いため」とされてきた。

 とはいえ、関西は関東に次ぐ一大消費地である。その差をこのまま放置しておくわけにはいかなかった。2014年3月、ついに鈴木敏文会長は決断を下す。

「関東と比べて、関西のセブンは顧客に支持されていない。関東のセブンとの差を埋めなさい」

 関西の商品作りを抜本的に立て直す、西日本プロジェクトが発足。石橋誠一郎執行役員がリーダーに抜てきされた。

 石橋氏はプライベートブランド(PB)のカップ麺「セブンゴールド 日清名店仕込みシリーズ」などのヒット商品を開発した、商品本部のエースの1人。鈴木会長は大阪に単身赴任することになる石橋氏にこう指示を出した。

「セブンの商品が、関西という地域に合っていない。市場を知り、打つ手を考え、やりたいことはスピード感を持って進めなさい」

品質を上げるため
20種以上の商品を撤去

 石橋氏はまず、各地の商店街や、老舗で人気の飲食店を回ることから始めた。「関西はどこも商店街が元気。そこにヒントがある」という鈴木会長のアドバイスがあったからだ。地元で愛されている店の商品を食べてみて、「どこもリーズナブルな価格で、おいしいものを提供している」と実感した。

 それと比べ、セブンの商品はどうか。「関西の客は商品を選ぶ〝物差し〟の基準が高い。こだわって商品を作っていたが、関西でセブンは他チェーンとの優位性はない」と石橋氏は痛感した。

 では、関西の商品をどうてこ入れしていくのか。普通は真っ先にオリジナル商品を作りたくなるものだが、石橋氏が選んだのは、地道な基礎の見直しからだった。

 米飯、パン、麺。商品のベースとなる食材の質を上げることに、とことん取り組んだ。

 もちろん、関東とレシピは同じで、関連するメーカーの陣容もほとんど変わらない。にもかかわらず、日々、鈴木会長が試食する緊張感の中で鍛えられた関東の〝セブンクオリティ〟とは、明らかに差があった。

 コメの食感が悪い。麺がぼそぼそしている。石橋氏が試食し、基準に満たない味の商品は、3カ月で20種類以上撤去させた。同時に、メーカーの担当者を関西の工場に呼び、炊飯などあらゆる製造工程を一つ一つ見直していった。

関西限定のざるそばや肉じゃが
伸び率で全国首位に

 地道な努力を続け、3カ月を過ぎたころ、商品の売り上げが伸び始めた。「関西でも、商品の質が上がってきた」と手応えを感じた石橋氏は、ようやく地域に合った商品の開発に取り掛かる。第1弾はざるそば。麺は全国共通だが、つゆを変えた。

キャプション・ざるそばのつゆを変え、肉じゃがは牛肉を使用し、厚焼き玉子はだし巻き玉子へ。関西に合った限定商品が大ヒット

 関東のつゆは味が濃いが、関西は薄い。麺をつゆに軽くつけて食べる関東と、しっかりとつゆにくぐらせる関西では、ざるそばの食べ方そのものが違った。

「セブンのざるそばの理想型はこれだ、という思い込みが社内にあった」と石橋氏。関西でざるそばは売れないことがセブンでは常識とされ、CMさえ打っていなかった。だがそれは大きな間違いで、関東風の商品が地域の嗜好に合っていなかったのだ。

 つゆの味付けを変えてオーナーたちに試食をしてもらったところ、「つゆを変えてほしかったんだ」と喜びを持って迎えられた。6月下旬に販売を開始すると、低迷していた関西地区のざるそばの販売個数が、全国平均を超えた。