米グーグルが関心を示すIT農業、電機大手の相次ぐ野菜工場ビジネスへの進出、さらに小売り大手のコメ生産への参入――。農業をめぐって今、企業がかつてない動きを見せている。農業再生の最前線を追った。

 ある小売り大手の水面下の動きに、農業関係者がざわついている。10月上旬、埼玉県内でコメ生産に参入することが明らかになったのだ。2015年から栽培を始めるという。

 小売り大手が稲作へ本格参入するのは初めてのことだ。まとめて農地を借り上げる政府の「農地バンク」を活用する形で、150ヘクタールもの農地を借り受けようと申請していた。

 しかし、話はそれだけにとどまらない。千葉県内でさらに200ヘクタール、兵庫県内では1000ヘクタールという広大な農地を借り受けようと動いていることが新たに分かったのだ。この小売り大手こそ、09年に子会社を通じて農業に参入し、全国で直営農場を大展開するイオンである。

 異端の農業経営に乗り出す狙いは何か。実動部隊となるイオンアグリ創造の福永庸明社長は「まだ詳しくは言えない」と語るばかり。彼らの考えを理解するには、企業による農業参入の歴史を少しだけひもとく必要があろう。

 イオンによるコメ参入が明らかになる2カ月余り前──。産業界とJAグループが農業にイノベーションを起こそうと、初めて開いた分科会に出席していた大手銀行関係者は、少し冷めていた。

 「いい取り組みだと思う。企業とJAはもっと連携した方がいいし。でも、どこまで企業が本気なのかがよく見えない」

 大手銀関係者が冷めてしまうのも無理はないのかもしれない。企業の農業への参入の歴史は失敗と撤退の歴史でもあるからだ。

 足元では1500社を超す企業が農業に参入しているが、「入れ替わりも激しく、撤退しないまでも多くが赤字といわれる」(同関係者)。なぜ、企業は農業でなかなか成功できないのか。過去の代表的な撤退ケースが参考になる。

 ユニクロを運営するファーストリテイリングは、製造から小売りまでを一貫して行う「製造小売り」という衣料品での成功体験を、農産物の販売ビジネスに応用しようとした。しかし、天候に左右される農業の場合、同社が得意なはずの需給調整で苦戦したとされ、撤退に追い込まれてしまった。

 また、電気機器大手のオムロンは「農業の工業化」を掲げて、今まさに話題沸騰中の野菜工場の先駆けとして、室内でのトマト生産に参入した。同社は強みの自動制御システムを駆使して、自然をコントロールしようとしたが、予期せぬ病気などに悩まされて生産が安定しなかったという

 そこに本業の不振が追い打ちをかけたとみられる。撤退を決めた01年度、オムロンは26年ぶりの連結赤字に転落している。収益目標を下回っている農業分野に予算を投じる余裕がなくなったわけで、農業が本業でない企業参入の限界を示した撤退ともいえた。

 いずれも、自社の強みを生かして農業ビジネスに乗り出したが、自然に翻弄される農業の不安定要素を読み切れなかった。

 こうした過去の苦い経験から、最近の参入企業は自ら生産するのではなく、むしろ、ノウハウを持った契約農家と緩やかな連携を模索するケースが多い。

 例えば、モスフードサービスは、3000軒の農家と契約を結んでおり、モスバーガーで使用するレタスやトマトといった生野菜を契約農家から調達している。あくまでも生産の主体は農家だ。

 モス側としては、安定的な野菜の供給先を確保できる。一方、契約農家としては、市場に出荷して価格変動リスクにさらされるより、長期的な販路を確保でき、収入も安定するメリットを享受できる。もちろん、契約した生産量は絶対に生産しなければいけないため、作業のハードルは格段に高くなる。それでも双方にメリットのある関係が構築できている。

 さらにモスは全国の契約農家を定期的に集めて「アグリサミット」なるイベントを企画しており、契約農家同士が生産技術などを情報交換する場として機能しているという。

 こうした緩やかな連携をさらに〝進化〟させたのが、コンビニエンスストア大手のローソンだ。

 ローソンは有力農家や農業生産法人と提携して、「ローソンファーム」を運営しており、全国に20あるファームで、キャベツやレタスをはじめ、ジャガイモ、ダイコンなどを栽培している。

 生産の主役はもちろん農家。ローソン農業推進部の下澤洋部長は「ローソンの強みは全ファームの生産主体がノウハウの豊富な農家」と胸を張る。
さらにローソンの戦略が特徴的なのは、ファームへの出資比率を15%と低く抑えている点だ。

 関東のある農業生産法人の社長は、「うまいなと思いますね。少額出資でリスクを抑えつつ、でもしっかりと役員を派遣して、管理・指導を徹底している」と、少し悔しそうに語った。

 各ファームに4半期ごとの決算発表を義務付けており、他の産業に比べて遅れていた農家の経営に、最新の経営モデルを導入し、ビジネス感覚を植え付けているわけだ。

 生産法人の社長はこうした経営スタイルを、ローソンの大株主である三菱商事になぞらえて、「商社型事業投資モデル」と呼んでいる。商社の投資は数年で実績が出なければ、事業売却を迫られる。過去には出資を引き揚げられたローソンファームもあるという。