都内に事務所を構える弁護士の男性は9月初旬、ある資料を食い入るように読んでいた。
資料のタイトルは、「民法(債権関係)の改正に関する要綱仮案」。2006年に法務省が、民法の全面的な改正を打ち出して以降、実に8年余りの歳月を経て、ようやく固まった実質的な民法改正の最終案だ。
実はこの弁護士、ある金融機関からセミナーの講師を依頼されていた。その名も「民法改正が与える影響について」。金融機関の取引先を集めて、民法改正の中身を詳細に解説するというものだ。
弁護士の元には、こうしたセミナーの依頼が地方の経済団体や大学などから相次いでおり、その準備に追われていたのだ。
まさに民法セミナーの〝花盛り〟ともいうべき状況がやって来そうな様相だが、それには理由がある。
民法の改正をめぐっては、最終案に至る過程で議論が紆余曲折、昨年3月に公表された「中間試案」からも大きく変わっており、簡単には理解できないからだ。
そのため、冒頭の弁護士も資料と格闘しながら、一言一句、変更点などをチェックしていたというわけだ。
では、どうしてそんなに議論が混乱したのか。
そもそも日本の民法はルールを重視し、それに基づいて契約の有効性を判断する「大陸法」がベースとなっており、ルールがない部分については判例を積み重ねる形で対応してきた。
とはいえ、1896年に定められて以来、120年近くが経過し、経済環境などは大きく変化。そのため改正に当たっては、①判例を明文化する、②用語を分かりやすくする、③現実の経済変化に対応する、④国際的な取引ルールと整合性を図るという、四つのポイントを掲げて議論が進められた。
今回は、主に契約のルールを定め、財産に関する法律のうち、半分程度を占める「債権」の部分のみが対象。それでも、当初、ピックアップされた論点は500点にも達し、議論がまとまらなかったというのだ。
しかし、理由はそれだけではなかった。
新ルール策定でインパクト大!
経済界が猛反発で法曹界とバトル
「立法とは妥協の産物である!」
民法改正を話し合ってきた民法部会の席上では、こんな激しい言葉が飛び交っていた。
部会は毎週のペースで100回近く開催されていたが、毎回、さまざまな異論が噴出。明文化されていないものの、全会一致が暗黙の了解となっているため、議論が集約できなかったからだ。
そうした事態に陥った最大の要因は、プレーヤーの多さ。部会には、幅広い意見を反映させようと法曹界はもちろん、学識経験者や経済界、消費者団体に至るまで、さまざまな分野の代表者たちが委員に名を連ねた。
法曹界は判例に、学識経験者たちは学説との整合性などにこだわった。しかし、ビジネス現場の声が反映されないことに経済界は猛反発し、時に議論は平行線をたどった。
そんな経済界も、「銀行に都合がいい条文になっている」「反対意見が出なかったので認めたとの認識」「銀行に逆らうことはできないから」といった応酬が繰り広げられるなど、決して一枚岩ではなかったという。
裏を返せば、今回の民法改正はそれぐらいインパクトが大きいものだったということだ。ビジネス慣習に反するような、新たなルールまで検討されていたためだ。
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