勤務時間内に、会社で英会話のレッスンが受けられる──。
昨年4月、東京・豊洲にあるIHIの本社内に英会話教室がオープンした。マンツーマン英会話のGABAが運営する企業内スクールで、いちいち街の教室に出向かなくても、業務の合間に効率よく英会話の学習ができる。 さらに今年4月からは横浜事業所にも同様の教室を開設した。
IHIは近年、北米や東南アジアを中心に事業の海外展開を拡大しており、営業マンやエンジニアが長期赴任したり、海外での企業買収案件では法務担当者や人事担当者が長期出張で対応することもある。現在、海外に駐在する社員は常時200人程度居て、毎年60人の社員が新たに海外赴任に旅立つというが、こうした傾向は今後さらに加速すると目される。
「中期経営計画として一層のグローバル化を進めていく中で、海外企業の買収や提携、あるいは海外市場を獲得するために、職場単位で英語の必要性が高まってきた」と、IHI人事部人材開発グループグローバル・ダイバーシティ担当の熊谷仁志課長代理は説明する。社内に英会話教室を開設してまで、社員の英語力向上を図る理由は、まさにこうした事業環境にある。
社内英会話教室の利用は、部門ごとに人数を定めており、本社では半年で100人、横浜では同じく50人が学んでいる。
一方で、インドの大学で6週間の英語研修を受けるプログラムもあり、こちらは年間30〜40人が参加する。期間中は、日本人同士でも英語で会話するという徹底した英語漬けの日々だという。
また、主力の航空機エンジン部門の工場などでは、独自に英会話レッスンが開かれることもある。というのも、工場には海外の取引先や提携先の視察が多い。案内をするのは営業や設計の担当者だが、実際に説明するのは現場の社員となる。そんなときに英語で話せるかは切実な問題なのだ。
もはや、いかなる業務も英語とは切り離せない──。率先垂範する意味でも、人材開発グループでは毎朝8時30分からの定例ミーティングを、週2回は全て英語で行っているという。
楽天が全社員に課す
2年以内にTOEIC800点
「英会話教室といえば〝女性の趣味〟という趣が強かったのだが、楽天の英語公用語化宣言以降、法人からの引き合いが増えた」と、GABA法人営業課の三好朋子チーフ・アカウント・エグゼクティブは言う。
楽天が社内での英語公用語化に踏み切ったのは2010年の夏。その後、同社は海外企業の買収に乗り出したり、エンジニアを世界中から採用したりと、グローバル企業へとまい進している。現在、楽天が全社員に課している英語力は「2年以内にTOEIC800点(満点は990点)」である。
楽天の社内英語研修にも関わった英会話イーオンの箱田勝良法人部課長も「当社は大企業から中小企業まで3000社と取引実績があるが、これまで主流だったビジネス英会話の研修から、〝楽天以降〟は一気にTOEIC対策の案件が増えた」と話す。
確かに、国内のTOEICの受験者数を見ても、10年に178万人だったのが、11年に227万人に急増している。
「必ずしも楽天だけが原因ではなく、中小企業も含めてグローバル化に目を向け始めたという大きな流れの結果」と、TOEICを実施・運営する国際ビジネスコミュニケーション協会の大村哲明常務理事は分析する。
東洋製罐では、全国各地の工場に配属された新入社員50人を半年間、事業所近くのイーオンの教室に通わせ、週2回のレッスンを受けさせている。
「明確な目標ではないが、半年でTOEICスコアの100点アップを目指そうと言っている。これまで一番伸びた人だと200点だった」と総務人事部の赤峰幸治人材開発課長は満足げだ。
親会社の東洋製罐グループホールディングスが昨年策定した中期経営計画では、22年に海外売上高を現在の2倍の2000億円にするとある。「国内の人口が減り市場が縮小してきているので、海外に出ていける人材をたくさんつくっていく必要がある。そのステップとして若手のうちから土台づくりをするというのが新入社員向けの英語研修の目的」と赤峰課長は説明する。企業体だけでなく人材もグローバル化を図ろうというのが、全社の目標になっているのである。
現在、東洋製罐にはいわゆる〝海外事業部〟のような部署はない。逆にいえば、部門、職種を問わず、年齢も関係なく、誰もが海外に行く可能性があるという。
最近、社内でよく使われる表現に「ちょっと九州の先に行く」というものがある。同社は佐賀県に工場があるが、その先、つまり中国やタイなど海外工場に行くという意味だ。世界との心理的距離は、確実に近くなっている。