社会構造や家族形態の変化から、従来の分類では今の消費者は補捉し切れなくなっている。ありがちな誤解や新たな消費者像について考察するともに、お客のホンネや深層心理を探るための最新の科学やツールなども紹介し、新しいお客のつかまえ方を探る。

スポットが当たり始めた
地方の〝ヤンキー世帯〟

 千葉県の成田空港周辺。空港のために鉄道や道路が整備され、都市部へのアクセスはいい。しかし、ここで生まれ育った江藤友男さん(仮名)は、「地元からは、ほとんど出ることはない」という。

 成田市内の飲食店で働く江藤さんの年収は200万円台だ。しかし、昨年、娘のために購入したひな人形セットは100万円を超えた。もっとも、お金を出したのは妻の実家。普段から家族や親族のつながりは何より大事にしている。相手の実家に結婚のあいさつに行った際にも、親戚一同がずらりと並び、豪勢な料理が振る舞われた。

 友人たちとの絆も、家族同様、何物にも代え難いと考えている。同じような境遇の古くからの仲間とは、今も家族ぐるみの付き合いを続けている。「ショッピングモールもあるし成田を離れる必要がない」と江藤さんは言う。

 決して収入は高くなく、高学歴でもない。家族や仲間を大事にして、何より地元意識が強い。小中学校時代の同級生と今も密接につながり、結婚相手になることもしばしば──。主に地方や大都市郊外に住むこうした人々の存在は、企業、メディア、アカデミズムから無視されてきた感がある。

 その理由を『世界が土曜の夜の夢なら ヤンキーと精神分析』の著者であり医学博士でもある斎藤環・筑波大学教授は「彼らには自らを語るすべがないから」と分析する。「例えばオタクなら、メディアにも学界、論壇にもオタク的な人がいて、自ら情報発信している。そこが大きな違い」(斎藤教授)。

 だが昨今、斎藤教授をはじめ一部の専門家が〝ヤンキー〟としてスポットを当て始めた。ヤンキーといえば不良や暴走族を思い浮かべるだろうが、必ずしもそういう意味ではない。「地方の低学歴・低所得者層」とヤンキーを広く定義する専門家もいる。そう捉えると規模としてはかなり大きい。

 食品メーカーがCMなどで描く家族像といえば、両親と子どもが笑顔で食卓を囲む風景ばかり。だが、すでに日本では「両親と子ども」がそろった〝標準世帯〟の比率は3割を切っていることをご存じだろうか。

 さらに、減少一途の標準世帯も、決して都会的でおしゃれなファミリーばかりではない。全国を見渡せば、むしろヤンキー世帯が、実は大多数を占めていると思われるのである。

〝憧れ〟をてこにした
マーケティングはすでに限界

 前回の消費税アップがあった1997年からの15年で、サラリーマンの平均年収は467万円から408万円と59万円、つまり月給1カ月分以上が消失している。さらに、都市部と地方の所得格差は深刻だ。県民所得で見ると、東京都の431万円に対し、全国平均は288万円。平均を上回る都道府県は8都県にすぎず、都市部と地方の経済格差は思いのほか大きい。都市部の大企業が考える消費実態と、実際の地方の実態にはかなり乖離がある。

 都市部と地方、高年収と低年収の差が開く中、すでに〝憧れ〟をてこにしたブランドマーケティングは、機能しにくくなっている。

 こうした実態について、高学歴・高収入の大手企業の商品開発部門やマーケティング担当者は、気づいていないことが多い。「自分の周囲の常識ばかりにとらわれるあまり、実態に即さない誤った消費者像に基づくマーケティングが横行している」と、博報堂買物研究所の青木雅人所長は指摘する。

 例えばキャリア女性。今、既婚、未婚を問わず、「働く女性」は消費市場では注目を集める存在だ。そのときの文脈は判で押したように「バリバリ働きたいかっこいい女性」である。しかし、「働く女性」は必ずしも「働きたい」わけではない。「収入減の流れの中、『働かざるを得ない女性』のほうがむしろ主流とみたほうがよい」と青木所長は指摘する。20〜34歳の女性はマーケティング用語で「F1層」と呼ばれるが、すべて一緒くたに語れるような存在では決してない。

 その一方で、専業主婦は優雅な職業と捉えられることが多い。だが、労働政策研究・研修機構の調べでは、専業主婦の5人に1人は「今すぐ働きたいのに不本意ながら専業主婦でいる」という(「子育て世帯全国調査2011」)。

 そうした専業主婦世帯は、決して経済的には豊かではない。待機児童問題を抱える都市部では、貧困ながらも子育てのために専業主婦とならざるを得ない事情もある。

 もちろん企業としては、より高いものをより多く売りたいのだが、〝都合よく消費してくれる理想の消費者像〟を、一度、頭の中から消し去って、現実を見つめ直すことも必要だ。