行政の劣化は、国民が考えているより深刻です。新型コロナウイルス関連の給付金では自治体間の執行力の格差が浮き彫りになりました。他にも、国家戦略に関わる試算などでお粗末な対応が相次いでおり、国益を損ないかねない実態があります。『週刊ダイヤモンド』7月27日号の第1特集『公務員の逆襲』では、国民が知らないところで進行している「行政危機」の真相に迫りました。(ダイヤモンド編集部副編集長 千本木啓文)

TPPを成功させた頭脳集団が
5年で激変していた…

中央省庁では、国家戦略を誤りかねないほど組織の空洞化が進んでいる(写真はイメージです) Photo:PIXTA

 新型コロナウイルス感染拡大への対応を見て、それまで国民が抱いていた「日本の行政はしっかりしている」という神話は崩壊した。感染者を抑制するために開発したコロナ接触確認アプリ「COCOA」の失敗や、感染者の把握にいまだにファクスを使っているアナログぶりに驚いた国民も少なくなかっただろう。

 コロナ対策の特別定額給付金(1人10万円)の支給においては、申請を受け付けるITシステムの構築に手間取った自治体で給付が大幅に遅れるなど、自治体間の執行力の格差が浮き彫りになった。

 こうした失敗の要因には、お役所の前例主義などがあるが、実は、もっと深刻な問題が横たわっている。それは、公務員の劣化である。国家公務員の志願者は10年で3割減り、人材の離職が急増した。

 人材の劣化は、地方自治体でも深刻化している。地方公務員の採用倍率は年々低下。特に技術系職員の不人気ぶりは危機的で、募集人員を大きく下回ったり、採用が0人になったりする自治体もあるほどだ(詳細は特集『公務員970人が明かす“危機”の真相』の#17『【都道府県「職員採用倍率」ランキング】採用力「格差」拡大!佐賀が善戦の一方で奈良は苦戦する理由』参照)。

 行政の能力低下の影響は、コロナ対策のような身近な政策の失敗だけにとどまらない。実は、中央省庁では、国家戦略を誤りかねないほど組織の空洞化が進んでいる。

米中対立の影響試算を拒否した
経済エリート官庁の空洞化危機

 日本がTPP(環太平洋経済連携協定)交渉に参加するかどうかは、国論を二分する大問題だった。

 交渉参加を決断する際、TPPで関税を削減した場合に自動車などの輸出産業などが受けるメリットと、国内の農業が被るデメリットを試算したのが内閣府だった。内閣府の源流の一つである旧経済企画庁の職員は「官庁エコノミスト」と呼ばれ、日本の経済政策の方向性を決める頭脳として霞が関でも別格の存在だった。

 ところが、内閣府のTPP影響試算から6年半後、米トランプ政権が誕生してから経済エリート官庁の没落を象徴する事件が起こる。首相官邸が、トランプ政権が関税率アップを強行した場合の影響試算を依頼したところ、内閣府が断ったのだ。これは政府関係者の間で、驚きを持って受け止められた。

 ある政府関係者は「審議官クラスとして内閣府の屋台骨を担うべき優秀な人材が大学へと流出し、人材が薄くなっていた」と内情を明かす。結局、同試算は中央省庁ではなく、日本銀行が行った。

 その後も、米中対立は激化の一途をたどり、米国は、中国製品に対する関税をもう一段引き上げようとしている。従来のルールが通用しない激動の時代を日本が生き抜くための国家戦略の鍵を握る内閣府が、機能不全を起こしているとすれば憂慮すべき事態だ。

 なお、内閣府は、ダイヤモンド編集部が公務員アンケート(有効回答数約970件)に基づき作成した政策立案能力「低下度」ランキングで、15省庁中4位となっている(詳細は特集『公務員970人が明かす“危機”の真相』の#4『【官僚371人が決める「働きがい&政策力」省庁ランキング】財務省と国税庁、総務省が凋落危機に陥った理由』参照)。

やりがい搾取で人材流出
人手不足が招く負のスパイラル

 このように、霞が関は危機的な状況だが、人材確保に向けた政府の取り組みは極めて遅い。

 人材を集めたり、引き留めたりするには、確かに、組織のパーパスも大事だ。だが、まずは“先立つもの”を用意しなければならないのは論をまたないだろう。

 しかし、公務員の賃上げのペースは民間から大きく遅れている。国家公務員の初任給は2023年度から大卒、高卒共に1万円以上引き上げられたが、この程度の賃上げは焼け石に水だ。大企業では、3万~5万円の初任給の引き上げは珍しくないからだ。

 待遇が大企業より劣後しているのは20代だけではない。国家公務員は40歳前後で管理職になると残業代をもらえなくなり年収がダウンする。その後、昇進すると年収は若干上がるものの、30代後半から40代、場合によっては50歳ぐらいまで、給料はほぼ横ばいが続く「40代管理職の谷」と呼ばれる現象もある(詳細は特集『賃上げの嘘!本当の給料と出世』の#5『国家公務員40代管理職「10年間、年収1000万円のまま」の憂鬱!賃上げ停滞打開へ“スーパー官僚”構想も』参照)。

 とはいえ、人事院が公務員の待遇改善へ重い腰を上げたことは間違いない。だが、人事院や内閣人事局が本気になっただけで、行政の危機を脱することはできない。必要なのは政治のコミットメントだ。ただし、政治家にとって、公務員の待遇改善やパワハラ防止、行政改革は選挙の票になりにくい地味な政策分野だ。いまこそ、目先の選挙ではなく、中長期の公益のために働く政治家のリーダーシップが求められている。

公務員の本音を表す独自ランキングと
官僚機構の立て直しに向けた提言が満載

 『週刊ダイヤモンド』7月27日号の第1特集は『公務員の逆襲』です。かつて人気だった公務員の職業としての魅力はすっかり色あせてしまいました。民間企業の賃上げの波に乗り遅れ、政治家からのパワハラが職員のモチベーションを下げています。

 役所の人材劣化は国民にとって由々しき事態です。ダイヤモンド編集部は、「ブラック霞が関」などといわれ、“不人気職場”のレッテルを貼られてしまった公務員の実態を調べるため、アンケートを実施。

 アンケートの結果と徹底取材によって、パワハラ政治家&政党ランキング、次官になってほしい省庁幹部ランキング、「給与満足度」都道府県ランキングなど独自のコンテンツを作成しました。

 本特集には、官僚機構を立て直すための前向きな提言を多数盛り込みました。逆風にさらされてきた公務員が“反転攻勢”に出るにはいましかありません。