世間が大注目の「アライ」
医師たちの本命は?
大衆薬大手の大正製薬は2月、内臓脂肪減少薬「アライ」(一般名:オルリスタット)について、処方箋がなくても薬局で買える市販薬(OTC医薬品)として製造販売する承認を国から取得した。
この薬は、生活習慣の改善に取り組んでいるものの腹部が太めの大人(腹囲が男性85㎝以上、女性90cm以上)において、内臓脂肪および腹囲の減少に効果があるというもの。ざっくりと言えば、抗肥満薬である。
昨秋に承認が了承されることが明らかになると、テレビの情報番組などでも取り上げられ、世間から非常に大きな注目を浴びた。肥満に悩む人がたくさんいることの表れである。
しかし、である。生活習慣病の治療などで肥満の患者に日々向き合っている医師たちが目下、強い関心を寄せているのはアライではない。
肥満症治療薬として日本で存在するのは、1992年に承認された「サノレックス」(一般名:マジンドール)のみ。この薬は販売をやめている国もあり、かなり古いもの。23年は約30年ぶりに肥満に向けた薬が登場することになる。しかも2剤だ。
「アライ」と同じタイプの薬が
日の目を見ないまま姿を消した
アライはリパーゼ阻害薬というタイプの薬。このタイプは、消化管内で脂肪分解酵素のリパーゼの活性を阻害することにより、食事で取った脂質の体内吸収を抑制するとみられる。
海外では医療用医薬品や市販薬として、昔から広く使われてきた。日本では今回、医療用医薬品での承認を経ないまま市販薬(ダイレクトOTC)になる。
リパーゼ阻害薬に関しては、実は2013年に製薬大手の武田薬品工業が医療用医薬品として肥満症治療薬「オブリーン」(一般名:セチリスタット)の国内承認を取得した。このとき、公的薬価を付けることが見送られた。
公的保険を適用するには体重減少の効果が小さ過ぎたためだ。日本では販売されることなく、日の目を見ないまま姿を消した。
大正製薬がアライをダイレクトOTCにしたのは、こうした過去に学んだというのもあるだろう。市販薬の市場は、医療用医薬品ほど効かない代わりに深刻な副作用が少ない薬にとっての主戦場である。
「ウゴービ」は週1回の注射剤
飲み薬も開発中
アライが承認される少し前の1月末、国の専門組織で肥満症を治療する医療用医薬品として「ウゴービ」(一般名:セマグルチド)の承認が了承された。多くの医師たちにとって、本命はこちら。ウゴービの方がアライよりもはるかに減量効果に優れているからだ。
医師が医療現場での肥満症治療薬として期待するウゴービは、GLP-1受容体作動薬というタイプ。GLP-1受容体作動薬は国内で糖尿病治療薬として使われている。
ウゴービは肥満症治療での有効性と安全性を確認したGLP-1受容体作動薬の第1弾である。第1弾ということは、第2弾、第3弾が続くということ。いずれも糖尿病治療薬が転用されるかたちだ(下表参照)。
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食事をすると人の体内では血糖値が上昇する。肥満や運動不足などによりインスリンの分泌や働きが悪くなって血糖値が高い状態が続くのが糖尿病だ。
高血糖が続くと血管が傷んで網膜症や腎症などさまざまな疾患を引き起こすリスクが高まる。従って糖尿病治療薬の基本は血糖値を下げることにある。
GLP-1受容体作動薬においても、この基本については変わらない。GLP-1は食事をすると小腸から分泌されるホルモンの一つで、インスリンの分泌を促して血糖値を下げる。GLP-1受容体作動薬はGLP-1と同じような作用を持ち、GLP-1作用を強化する。
GLP-1受容体作動薬はこの基本に加えて、胃の運動を抑えたり、脳の食欲中枢に働き掛けたりして食欲を抑える作用があるされ、体重減少が期待できる。
それ故に近年、欧米で肥満症の薬として転用されるようになっていった。
日本で肥満症治療薬としての承認が了承されたウゴービは週1回投与の注射剤であり、同じ成分で飲み薬の「リベルサス」も肥満症治療薬として開発中だ。
さらにはGLP-1と同様に小腸から分泌されるGIPというホルモンによるインスリン分泌促進や食欲抑制の作用が加わったGIP/GLP-1受容体作動薬も開発が進んでいる。
これは糖尿病薬として国内で昨年承認され、今年発売が見込まれるもの。糖尿病治療薬としても肥満症治療薬としても臨床試験のデータで高い効果を示しており、この分野に詳しい医師たちが次の主役になり得るものとしてかなり高い期待を寄せている。
自分の病気や悩みに本当に効く薬は?
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