『週刊ダイヤモンド』9月3日号の第1特集は「後悔しない『歯科治療』」です。歯の治療はよく分からないことだらけです。治療費は本当に適正なものなのか、受けている治療は本当にベストなのか、患者が不安になるのは無理もありません。今、歯科矯正の分野で新しい治療が広がっています。不安を突いて「安い」「手軽」をうたう格安マウスピース矯正です。これが将来に禍根を残すことにかねないと、実情を知る歯科医たちが警鐘を鳴らします。(ダイヤモンド編集部 小栗正嗣)

診断なしのマウスピース矯正は
いすれ問題表面化で淘汰される

“良識派”歯科医4人が「これだけは言っておきたい」と訴える覆面座談会。歯科医たちがくれぐれも注意してほしいと警鐘を鳴らしたのは、正しい診断、検査がなされていない格安マウスピース矯正だった。


●覆面座談会の参加者
:SIN先生 地方中核都市開業医
:Hey先生 首都圏にて矯正専門医
:Taka先生 都内複数医院で勤務医
sp::spee先生 地方中核都市開業医
(座談会をコーディネート)

──矯正はコロナ禍でのマスク生活の影響もあって、特に需要が高まっている分野です。実際、予約が取りにくくなっているようですね。その歯科矯正については注意すべき治療は何ですか

 格安マウスピース矯正でしょうね。マウスピース矯正というのは、通常のワイヤーやブラケットではなく、歯型に合わせて作られる透明な矯正器具が使われます。世界ではアライナー矯正と呼ばれるんですが、日本ではマウスピースと言っています。

 代表格のインビザラインの費用は、東京であれば70万円前後から高いところで120万円前後といったところでしょう。

 それに対して、キレイライン矯正から始まってOh my teeth、ヤマト運輸と連携するhanaraviなど新勢力が登場しているんですが、これらはかなり費用が安い。30万~40万円が中心です。

 ところが、こうした格安マウスピース矯正では、実際には追加費用が積み重なって、結局60万~70万円になっているケースもあると聞いています。入り口は安いイメージでも、実際はそうじゃないって場合もあることは理解しておきたい。

 また、こうした格安マウスピース矯正には、ほとんど歯科医を介さないビジネスモデルを志向しているところもあります。ちゃんとした診断をせずに患者さんを治療するというのは、歯科でもどんな医療でもあり得ないと僕は思う。

──何が問題となりそうですか?

通常のワイヤー矯正より「安い、手軽、目立たない」とうたう格安マウスピースには新規参入も続々 Photo:PIXTA

間違いなく問題になってくるのは
ダメなときに修復ができない歯科医の存在

 数年後にいろんな問題が表面化すると考えています。

 そもそも米国のインビザライン社が日本でマウスピース矯正を浸透させたことによって、患者さんの矯正治療に対するハードルはだいぶ下がってきました。一方で、歯科医にとってもハードルは下がった。マウスピース矯正治療をちょっとやってみようという先生が、この数年で激増したんですよね。

 中には、マウスピース矯正については、矯正医よりも上手な一般歯科医もいると思います。問題はマウスピース矯正で治らなかった場合です。ワイヤーを使った経験がない先生は、リカバリーができない。そこは間違いなく問題となってくるでしょう。

 僕らも他院でマウスピース矯正をやったという患者さんを診ることがあるんですけど、「え? これで終わったんですか、まだ途中ですよね」と。

sp ありますね。オープンバイト(開咬、奥歯はかんでも前歯や臼歯がかみ合っていない状態)になってしまっている。

 臼歯部も開いている人がいますね。

 臼歯部のオープンバイトはすごく多くて、マウスピース、アライナー独特の症状です。ワイヤーではほとんど起こらない。

 今、マウスピース矯正はブームが続いていますが、格安マウスピースを含めて、検査や診断を正しくされていないものは、いずれ淘汰されることになるでしょう。

 インビザラインでも、治らなくてもう1回作り直すリファインメント(追加アライナー)の患者数がどんどん増えてたまってしまい、結局、他の患者さんを診られないクリニックもあるようです。治らないので終わらせられないと。今後、問題になってきそうです。

sp それはもめるでしょうね。

 特に東京都で増えているという話を聞きました。

  うちは矯正専門医に来てもらっていて、診断後「これは無理やで」と言われたらやらない。「マウスピースで全然OK」と診断されたら、もちろんやる。患者さんも僕らもマウスピースの方が楽ですから。

 全てをマウスピースで治すって言っている先生もいますけどね。

sp 非抜歯をうたっている先生もいます。

 それは無茶ですね。

 抜歯か非抜歯かは患者さんの骨格、骨の量や筋肉などを見て診断する。本当にケース・バイ・ケースとしかいえません。

 抜歯の場合のメリットとデメリット、歯を抜かないで治療する場合のメリットとデメリットをちゃんと説明してくれる先生がいい。あと自分にできないことは正直にできないと言ってくれる人。私たちがお薦めするいい歯医者は、そういう歯医者なんです。

歯医者のホンネと治療と費用のウラ
賢い患者になるための実用情報を網羅

『週刊ダイヤモンド』9月3日号の第1特集は「後悔しない『歯科治療』」です。

 歯の治療は分からないことだらけです。高い治療費は本当に適正なものなのか、受けている治療は本当にこれでよいのか、患者が不安になるのは無理もありません。そんな不安や疑念が後悔につながっていきます。悔いを残さないために、歯科医の本音と治療と費用の裏側を知って、賢い患者になる必要があります。

 コロナ禍で人気となっているのが歯科矯正です。中でも注目度が高まっているマウスピース矯正について、質が担保されない治療・サービスが跋扈している実情を詳らかにしました。

 歯の治療には、健康保険に加入していればどの歯科医院でも同程度の治療が受けられる保険診療と、保険のルールの制約がなく、歯科医院が自由に治療法、費用を決められる自由診療があります。

 入れ歯、虫歯など通常の治療の多くは保険診療、高額の自由診療は矯正やインプラントなど、ホワイトニングもここに入ります。二つそれぞれが抱えている構造問題を、治療プロセスや原価などと共に明らかにしました。

 歯科治療の市場が頭打ちになる中で、足元が揺らいでいるのが歯科大学・歯学部です。国家試験合格率や財務指標などを基に、独自の「私立歯科部 淘汰危険度」を作成しました。入りやすくて合格率の高い「面倒見の良い歯学部」も合わせて、評価の参考にしてください。慶応義塾大学と東京歯科大学の合併話が振り出しに戻った深層も追いかけています。

 歯の治療をしようというときに、悩ましいのが歯科医院選びです。歯科の主要学会の専門医がいる歯科医院にアンケート調査を実施。全国621の「頼りになる歯科医院」リストを作りました。インプラント、歯科矯正の治療法や費用、滅菌・感染対策など31項目の情報を、歯科医院選びの参考情報としてお役立てください。

 歯の治療でもう後悔しない。「賢い患者」になるために本特集をぜひご活用ください。