『週刊ダイヤモンド』4月10日号の第一特集は「1億総リストラ」です。コロナ禍が直撃した2020年、上場企業約100社が早期・希望退職者募集を打ち出しました。21年に入ってからもすでに約40社。コロナ禍の直撃を受けて赤字が膨らんだ企業だけが実施するのではありません。黒字企業も人員整理を断行し、誰しもが無関係でいられない。「1億総リストラ」時代がやって来ました。

差し迫った懸念は
待遇の悪化

  2月3日の午後、日本製鉄グループの商社である日鉄物産の社員たちに管理部門から通知が届いた。内容は「本日をもって、繊維部門は三井物産アイ・ファッション(MIF)と統合する前提で基本合意した」というもの。同日、会社は2022年1月に統合を予定することを対外的にも発表した。

 三井物産でファッション・繊維事業の中核を担う同社子会社のMIFが統合相手であることに社員たちは驚いた。

 社員の間で統合のうわさはかねてからあり、相手として三菱商事ファッション、住友商事グループのスミテックス・インターナショナル、そしてMIFの名前が挙がっていた。ただ、MIFという説は1年ほど前に立ち消えていたので驚いたのである。

 MIFの名前が出なくなったのは、日鉄物産の繊維部門とMIFは大手アパレルなど顧客が重なっているからだ。また、MIFの収益性が高いわけでもなく、統合メリットはないだろうと見ていた。

 日鉄物産の経営サイドは統合メリットとして、三井物産本体が投資している事業会社の有力アパレルブランド向けにOEM(ブランドの受託製造)を展開できることや、海外市場の拡大などを挙げている。また、MIFの売上高の2割程度を構成するとみられる糸や綿など生地の原料輸出分野も強みであるとした。

 これに対し、実態を知る日鉄物産社員の多くは首を傾げた。ビジネスでのシナジーに疑問を抱きはするが、それよりも日鉄物産の繊維部門の社員にとって差し迫った懸念は待遇の悪化だ。

三井物産子会社の年収は
「日鉄物産の8掛けと耳にした」

 日鉄物産は基本的に年功序列の給与体系で、40代後半のヒラ管理職で年収1000万円。要職の管理職であれば、その100万~200万円上をいく。

 一方で、MIFの年収は「日鉄物産の8掛けと耳にした」と日鉄物産社員。三井物産からの出向者の年収はもっと高いが、プロパー社員の給与水準は日鉄物産より低いのだという。統合後に自分たちの給与水準まで下がるのではないかと繊維部門の社員たちは「まさか年収2割減になるのか」と不安に駆られた。

 日鉄物産の経営層は給与について「当面は変わらない」という言葉の後に、「能力によって給与の差が出ることはある」と続けた。この説明でますます心配になった。

 MIF社員に待遇の詳細などを聞きたくても、「コンタクトをとると独占禁止法に抵触しかねない。会社からも接触するなと言われている」と日鉄物産社員。不安を解消できずにいる。

 繊維部門社員の中には統合しても日鉄物産本体に残ることを望む社員もいるが、基本的には残れないだろうと同社幹部は説明する。というのも、今回の統合方法で有力なのが会社分割。労働組合や労働者と協議は必要でも、法律では労働者本人に必ず同意を得ることまでは求められていない。

 そんな日鉄物産で4月1日、あるチームが新設され、ベテランを中心に数人が配属となった。

リストラ候補者が
送り込まれている?

 この動きに社員たちは戦々恐々。統合を意識した人員削減でリストラ候補者が送り込まれているのではないか、これからもっと大人数が送り込まれるのではないかと恐れおののいている。

 日鉄物産繊維部門の従業員は431人(20年3月末時点)。事情に詳しい社員は「このチーム以外にも数十人規模でリストラ要員が出るのではないか」と見ている。

 新設されたチームでは、まだ具体的な業務内容は明かされていないが、営業の前線ではなくサポート業務になるとうわさされている。「配属された社員はこれまでの仕事から遠ざけられ、辞めたくなるだろう」と社員は遠巻きにうかがう。自ら辞めていくように仕向ければ、会社側は早期・希望退職募集をしないで済む。

 そもそもなぜ合併話が出てきたのかといえば、日本製鉄の意向だろう。日鉄物産は日本製鉄から経営幹部の出向も受けている。

 日鉄物産の20年3月期売上高は2兆4803億円で鉄鋼部門がその85%を稼ぎ、繊維部門は5%。経常利益は鉄鋼が全体の67%、繊維は14%。繊維部門は売上高が小さい割に利益に貢献できているものの、鉄鋼部門と比べて見劣りする。何よりアパレル業界は不況に陥り、先行きに明るさが見えないため、今後もこの規模を維持できるか不透明だ。

 「日本製鉄やうちの鉄鋼畑の人からすれば、わざわざ繊維部門を残したいとは思わないのだろう」と日鉄物産社員は言う。今のところリストラではないかと社員が疑う動きは前述のみ。まだ希望退職者の募集は実施されていない。

(ダイヤモンド編集部 松野友美)

「整理解雇危険企業51社」&
「黒字リストラ36社」独自リスト

『週刊ダイヤモンド』4月10日号の第1特集は「1億総リストラ」です。2020年、上場企業約100社が早期・希望退職者募集を打ち出しました。21年に入ってからもすでに約40社。最大の要因はコロナ禍の直撃です。

 コロナ関連の解雇や雇い止めなどは集計によると9万人超。実態はさらに多いとみられます。ただ、完全失業率は上昇してはいますが、急上昇というほどではありません。政府はコロナ禍で経営が厳しい企業に対し、企業が従業員に支払う休業手当を補助する「雇用調整助成金(雇調金)」を特例措置でばらまきました。これにより失業者の急増が抑えられたのです。

 この特例措置は原則4月末で終了します。一部企業限定で延長されるが、財源は枯渇しており、いつまでもばらまき続けられはしません。

 雇調金で完全失業率を抑えたように、政府や自治体、金融機関の資金繰り支援策は倒産を抑制しました。こちらも楽観はできません。業績が回復しない企業に対する金融機関の融資姿勢が厳しくなれば、倒産数も増加に転じかねません。

 そして今、「雇用保蔵者数」なるものが急増しています。生産に最適な数を超えた雇用数のことで、要は社内で余った人員。20年4〜6月の時点でその数640万人です。過剰な雇用で維持された「失業予備軍」のような存在であり、雇調金で雇用が守られたことによって大幅に増えました。そもそもコロナ前から雇用保蔵者を抱えてきた企業も少なくありません。

 早期・希望退職者の募集を打ち出した企業のうち3割は黒字企業。黒字企業も構造改革の名の下に組織と人員の再構築を図り、「黒字リストラ」を仕掛けています。

 本特集では、「赤字リストラ」「黒字リストラ」の実態をデータで明らかにすると共に、企業のリストラ・人事の内情に迫りました

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▼黒字リストラ36社独自リスト【ホンダ】【JT】…
▼リストラ・人事の内情!【ソニー】【東芝】【リコー】【三越伊勢丹】【武田薬品】【近鉄】【プリンスホテル】【朝日新聞】…
▼働かないおじさんが「働けない」理由

 コロナ禍が直撃した赤字企業も、黒字企業も人員整理を断行。働く者とその家族までを含めると、誰しもが無関係でいられない。「1億総リストラ」時代がやって来ました。

(ダイヤモンド編集部 土本匡孝、臼井真粧美、松野友美、大根田康介)