『週刊ダイヤモンド』9月5日号の第1特集は「医療の闇 病院の危機」です。コロナ対応や不要不急の受診減により、病院や薬局経営は大きく傾いています。同時に、コロナショックが医療の闇を各所で如実に浮かび上がらせています。病院や診療所、薬局、製薬会社、そこで働く人々の実態を総力取材しました。

困窮する演劇界を食い物に
陰性証明ビジネスの罪

 「抗体検査の実施の結果、陰性であったことと、検温の結果がガイドラインの規定の範囲内であったことから、ご本人とご相談の上、ご出演となりました」

 7月上旬、東京都新宿区の劇場で行われた舞台で新型コロナウイルスのクラスター(集団感染)が発生。その後、舞台の主催者であるライズコミュニケーションは、自社ホームページにて上記のような釈明をした。

 これを見た放射線科医のK医師は「ちまたで、コロナの検査が間違った方法で使われているのではないか」と大きな危機感を抱いた。

 コロナの感染有無を調べる検査で、現在一般に行われているものには3種類ある。一つ目がPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)検査、二つ目が抗原検査、三つ目が抗体検査(下図参照)だ。

 PCR検査と、抗原検査の二つは、精度の差はあれど、検体(検査の際に採取する体の組織)に含まれるウイルスに反応するため、今まさにコロナに感染しているか否かを診断する手段になる。双方とも検査精度が担保されている製品に対しては、公的保険が適用されている。

 対して抗体検査は、ウイルスに感染後、体内でつくられる「抗体」という特定の物質を検出するものだ。この抗体は、感染後1〜2週間以上経過しないと検査に反応しない、つまり「陽性」とはならないことが分かっている(JAMA. 2020;323(22):2249-2251)。

 そして抗体検査での「陰性」は、あくまでも「過去に感染していない」という意味であり、“今コロナに感染していない”とする「陰性証明」にはならない。

 抗体検査の本来の用途は、国民全体の何%に感染歴があるかを調べる疫学調査や、ワクチンができた後にどの程度の割合で抗体ができるのかなどの調査に使用することにある。

 しかも、現在一般で使用されている抗体検査は、中国製やインド製など検査精度の定かではない「簡易キット」タイプのもの。検査の正確性に疑問符が付く“占いレベル”といってもいい代物ばかりで、当然、保険適用となっている製品はない。

 K医師は、エンターテインメント業界関係者を名乗るSNSのアカウントで、抗体検査の陰性結果を興行再開の“免罪符”として解釈していると推測される事例を複数確認した。

 そしてK医師が何よりも驚いたのは、舞台芸術の活動再開に必要な経費を文化庁が助成する「文化芸術活動の継続支援事業」において、抗体検査を含めたコロナの検査費用を助成対象にしていたことだ。国までも、コロナ検査の使い方を間違っていたのである。

 ダイヤモンド編集部では、コロナの検査が助成対象になった経緯を文化庁に問い合わせた。

 支援事業を策定するに当たり演劇や舞台芸術関係者へのヒアリングを行ったところ、業界のガイドラインに定められている、ごく当たり前の感染対策だけでなく「観客の“安心”につながるよう自主的にも対策したいという目的で、コロナの検査を行っており、この費用も助成してほしいという要望が複数あった」(文化庁)。

 PCR検査は自費で数万円かかり、検査結果が出るまでにも時間を要する。大手の劇団ならともかく、演劇業界や舞台芸術かいわいのほとんどは小規模な団体で、その費用を負担するのは難しい。

 PCR検査の簡易版である抗原検査は、販売会社の富士レビオが供給先を絞っており、無症状者が自費で検査を受けられるところは多くない。

 対して抗体検査は費用が数千円で済み、かつ15分程度で結果が出る。しかも広く出回っている。故に、業界は抗体検査で「陰性証明」をしようという行動に走った。

 冒頭の劇場クラスターでは、必要な感染対策をことごとく怠っていた実態が徐々に明らかになってきた。客側に安心してもらおうとする善意が一転、一大クラスターを発生させてしまう──。抗体検査の陰性証明とは、かくも罪作りなものなのである。文化庁はこの劇場クラスターを機に、検査に対する誤解を招きかねないとし、助成対象から外した。

 抗体検査の誤用は、エンタメ業界だけではなく、飲食などの接客業などでも散見される。彼らを「情弱」とやゆするのはたやすいが、エンタメや飲食は、コロナ禍の影響を最も受けた業界だ。検査に手を出したのも、なんとか客に安心してもらいたい、戻ってもらいたいという一心なのだろう。

 現状、抗体検査を含めコロナの検査は原則、医者の下で行われているはずだが、なぜ抗体検査の誤用がこうも多発しているのか。

 この問題を探ると、コロナ禍で困窮した医者が検査による「情弱ビジネス」に手を染めているという現実が浮かび上がってきた。

コロナで困窮し
検査バブルで暴利を得る医者

 東京都内で診療所を営むO医師の元には、ここ数カ月抗体検査キットを営業するメール、そしてチラシが山のように届くという。O医師は「全てゴミ箱行き」と言うが、コロナ検査という金脈に飛び付いてしまう医者もいる。

 「安心を得たい無症状者へのコロナ検査に参入しているのは、テレワークの影響で患者減が著しい都心の診療所ばかり」と検査会社に勤務するA氏は明かす。

 A氏の個人的見解では、都心の開業医はステータス意識が高く、生活も派手で日頃から手元資金がない者が少なくない。そこでコロナ禍での損失を早急に取り戻そうと、検査ビジネスに安易に手を出すのではないかという。

 抗体検査をやっているという、ある診療所のホームページには「検査結果の説明はいたしません。説明書をお渡ししますので、よくお読みください」とあった。要するに、抗体検査の結果が何を意味するかの説明もしないし、検査結果への責任は一切持たない。ただただ検査キットを提供するだけということである。

 「『陰性証明』にはならないことを丁寧に説明してしまうと検査を受けに来る人間はいなくなることが分かっていて、あえてやっていないケースがほとんど」(A氏)。これこそが、抗体検査の誤用が多発した原因だったのだ。

 逆に「このような検査を患者に安易に提供する医師のモラルを測るよい指標にはなる」とA氏。抗体検査に加え、自費のPCR検査も行うある診療所では「防護服などの感染対策をした上で行わなければならない検体の梱包などのフローを、丸腰の検査会社の社員にやらせている」と明かす。

 この診療所はコロナ検査を始めるに当たり、ビルのワンフロアを借り増すなど相当な投資をしており、コスト削減のため感染対策に十分な経費はかけられない。しかも「院内感染が外に漏れたら困るから、症状が出ても絶対にPCRを受けるなよ」と院長が圧力までかけてくる始末だ。

 同診療所での自費のPCR検査費用は4万円。公的保険の保険点数は1800点で医療費1万8000円になる。自費の値段は自由だからといって「4万円はぼったくりに近い」(A氏)。

 もっとも、抗体検査は参入障壁の低さから取り扱う業者が急増し、すでに価格が下がってきて、投げ売りが始まっているというが、「入国者に対してPCRの陰性証明を求める国が増えており、ビジネス渡航が徐々に再開される今後、ますますニーズは高まる。特に高所得者が多く住むエリアでは、価格をつり上げる診療所も出てくるだろう」とA氏は言う。

 多くのまっとうな医者は、コロナによる患者減に必死に対処している。その一方で、一部の医者がコロナ検査バブルとばかりに暴利をむさぼるような構造はなぜ生まれたのか。

 東京都内の大学病院でコロナ検査に携わる病理医のH医師は、「いまだに医師のオーダーした検査が通らないケースがあるなど、感染者数に対して十分なキャパシティーの検査態勢を国が整備できていない状況がますます不安をあおり、安心のためのコロナ検査に人々を駆り立てる遠因になっている」と指摘。

 「ぼったくりにも近い診療所や、医療とは何の関係もない、コロナバブルに乗りたいだけの業者をもうけさせることに、国が一役買ってしまっている」と憤る。

 コロナで食い詰めた医者が、同じくコロナで困窮し不安に駆られる人々を、「陰性証明ビジネス」で食い物にして偽りの安心を与えた揚げ句、感染拡大の片棒まで担いでしまう──。

 コロナは体をむしばむだけでなく、人の心の闇にまで「感染」し、「国民の健康を守る」という医者の良心さえも失わせるような、恐るべき毒性をも持っているのだろうか。

(ダイヤモンド編集部  野村聖子)

全国407病院「コロナ影響度ランキング」
医者、看護師、薬剤師、MRの実態も

 『週刊ダイヤモンド』9月5日号の第1特集は「医療の闇 病院の危機」です。

 特集の目玉は、収益が悪化している病院の「コロナ影響度ランキング」。都道府県別にランキングし、全国470病院を掲載しました。東京女子医科大学病院などを例に、経営によって混乱する現場の姿を克明に綴りました。コロナで稼ぎや働き方が激変している医者、看護師、薬剤師、製薬MR(医薬情報担当者)ら各職種の実態もレポートしています。

 医療ビジネスにおいては、コロナ感染拡大を防ぐために全面解禁されたオンライン診療など活気づくデジタルヘルス業界、コロナで国民のセルフメディケーション意識が高まる中で医療ヒエラルキー下層から反旗を翻した大衆薬業界などの動きもお伝えします。

 加えてコロナ治療薬・ワクチン開発など、コロナ関連の取り組みで何かと話題豊富な国内の医薬品73銘柄を「株価高騰ランキング」を交えて徹底分析しました。世界有数の感染症治療薬メーカーであり、コロナ治療薬・ワクチンを同時開発中の塩野義製薬の手代木功社長への独占インタビューや、コロナ禍の国際保健でますます存在感を増すマイクロソフト創業者ビル・ゲイツ氏の財団が世界に張り巡らせたカネと人脈の独自分析も盛り込みました。

 コロナは医療界にどんな影響を受け、医療界はどう生まれ変わっていくのか。ぜひ、ご一読下さい。

(ダイヤモンド編集部 土本匡孝)