高齢化でニーズが増えても葬儀業界は苦戦
高齢化が急速に進む日本において数少ない「成長産業」と目されているのが、葬儀業界だ。厚生労働省の推計によると、2019年の死亡者数は137万人で戦後最多。この数は増加の一途をたどり、40年には年間約168万人が死亡すると予測されている。
となれば葬儀ニーズもうなぎ上りで、さぞ業界が沸いているに違いないと思うが、そうではない。「葬儀会社の淘汰は一層激しくなる」と、ある葬儀業界関係者は嘆息する。いま葬儀業界は激動期にある。
その台風の目は、インターネット系葬儀社に代表される異業種だ。
09年、小売り大手のイオンが「イオンのお葬式」で参入したのを筆頭に、「小さなお葬式」を手掛けるユニクエスト、「よりそうのお葬式」を展開するよりそうといった、ITなどを武器にした新興企業が続々と葬儀サービスを立ち上げてきた。18年にはDMM.comが終活ねっとを買収して葬儀業界に参入するなど、旧来型の葬儀会社のアンチテーゼとして、新興企業が市場や消費者の間で存在感を示している。
なぜネット系葬儀社が話題と人気を集めているのか。
その理由は、明瞭な価格体系と価格の安さにある。
もともと葬儀に対しては、料金が不明瞭という世間のイメージが根強かった。人生でそう何度も支払うものではないし、祭壇一つとってもその質と価格の相場観は素人には分かりづらいもの。いわば「ブラックボックス」だ。
そこに、必要な葬儀サービスをひとまとめにした「明朗で安い」パッケージプランを引っ提げて登場したのが、ネット系葬儀社だ。「小さなお葬式」は累計葬儀件数が15万件を超えるなど、葬儀に対する消費者ニーズの変化も相まって、急成長を遂げてきた。
低価格化のあおりを食う既存葬儀社
ネット系葬儀社に限らず多くの異業種の新規参入が相次いだことで、業界では競争が激化。その結果、葬儀単価の低下が進んだ(図参照)。
もちろん、価格が下がるということは、消費者の利益につながる。だが、その中で苦戦を強いられているのが既存の葬儀業者だ。とりわけ零細な葬儀業者は苦境に立たされている。
そもそも、ネット系葬儀社の基本的なビジネスモデルは、消費者からの受注を提携する葬儀業者へと仲介する際にマージンを得るというものだ。「葬儀社」とはいいながら、自社で葬儀そのものを実施するわけではない。
マージンは「価格の15〜30%ぐらい」(葬儀社幹部)といわれているが、ネット系葬儀社が消費者に提案する定価がもともと低いこともあって、必然的にそのしわ寄せは葬儀業者に来る。「マージンを差し引くと粗利がほとんど残らず、まったくもうからない」(同)というのが実情だ。
こうした零細企業は経営が苦しいところも多く、少しでも売り上げを増やそうとネット系の仕事を引き受け、結果としてネット系企業の「下請け化」が進むという構造になっている。
また、零細な葬儀業者だけでなく、大手の冠婚葬祭互助会(互助会)もあおりを食っている。
もともと、互助会は葬儀費用のベースが高めだ。グレードの高い葬儀品を提案しているだけでなく、会員募集の費用といった、互助会システムを維持するための費用が葬儀価格などに織り込まれている。
さらに、いまやニーズに合わなくなりつつある大型の会館といった資産も固定費としてのしかかっている。「ネット系葬儀社のような価格帯はとてもじゃないが提示できない」(別の葬儀社社長)のだ。
互助会でもネット系葬儀社の葬儀を「下請け」として引き受けている例は多いが、同じ自社会館を使用していながら、料金が大きく違う二つの葬儀を行えば、会員の不満にもつながりかねず、互助会の悩みの種となっている。
ネット系の弱点は?今後はサービスの質で勝負
もちろん、こうしたネット系葬儀社の台頭は消費者ニーズに合わせた変化だ。既存の葬儀業者に経営努力が足りていない部分が多いこともあり、今後もネット系葬儀社はますます成長するだろう。
だが、あらゆる葬儀がネット経由になるかというとそうでもないようだ。 「ネット系葬儀社のシェアは推計で5〜8%程度で、まだそう多くはない。喪主世代がネットを使いこなせていなかったり、必ずしも低価格のニーズだけではなかったりするなど、ネット系葬儀が広がるまでには一定のハードルがある」と、葬儀社などを傘下に持つライフアンドデザイン・グループの村元康社長は分析する。
また、17年以降、イオン、ユニクエスト、よりそうなどネット系葬儀社各社が「追加料金不要」といった表示をしていたにもかかわらず、実際には追加料金が必要なケースがあったとして、消費者庁から措置命令を立て続けに受けるなど、消費者の信頼を損なうような事態もあった。
今後は、価格面だけではなく、満足度をいかに高められるかがネット系葬儀社の戦略の分かれ目となるだろう。
ユニクエストの八田知巳取締役は「提携している事業者に対しては、クレームなどのフィードバックや改善の提案などを行っている。さらに顧客からの評価が高い事業者に優先的に送客をするといったルールを整備することで、今後は顧客満足度を重点的に高めていく」と言う。
単価が下がっているとはいえ、実際のところ生じているのは、安い葬儀がいいという層と、高くても充実した葬儀をしたいという層の二極化だ。今後は、こうした個別の消費者のニーズを捉え、きめ細かに対応できるプレーヤーが生き残るだろう。
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(ダイヤモンド編集部 山本輝)