ロボット手術で足りない「人の手」
医者争奪戦が始まっている
この4月に板橋中央総合病院(東京都)へ移り、ロボット手術センター長となった吉岡邦彦医師の元には、引き抜きの誘いが絶えなかった。
大学病院からは「臨床教授としてぜひ。手術だけしてくれれば、あとは何もやらなくていいので」。ロボット支援手術を始めたい市中の病院からも「ぜひに」とアプローチが繰り返されてきた。
ロボット支援手術は、手術支援ロボット「ダヴィンチ」を使って行う手術だ。患者の腹部に小さな穴を開けてカメラや手術器具を挿入する腹腔鏡手術を進化させたもので、より高いレベルの手術ができるため、メスを使った従来の開腹手術などから急速にシフトが進んでいる。前立腺がんの手術では6割以上で選択されるようになり、今では主流となっている。
2018年度には公的医療保険の適用対象が一気に広がった。先んじて保険適用になった前立腺がんや腎がんに、食道がん、直腸がん、胃がん、肺がん、縦隔腫瘍、膀胱がん、子宮体がんなどが加わった。
吉岡医師は06年に東京医科大学病院(東京都)で前立腺がんの患者に対しては国内初となるロボット支援手術を行ったのを皮切りに執刀を重ね、累積手術数は2000例。日本で最も多くロボット支援手術を行っている。その〝腕〟が医療機関の垂ぜんの的となっているのだ。
東京医科大学泌尿器科教授兼ロボット手術支援センター長を経て、14年に東京医科大学からの医者が多く勤務する新百合ヶ丘総合病院(神奈川県)へ、そしてこの4月に板橋中央総合病院へと移籍した。
同病院を選んだ理由は「家から通いやすかったから」と吉岡医師は笑うが、数多くの医療機関を抱えるIMSグループの病院であれば大勢の執刀医を育てられると考えたのだ。手術実績の多い医者をさらにもう一人連れて吉岡医師がやって来た板橋中央総合病院は、4月からロボット支援手術を開始した。
ダヴィンチは国内ではおよそ350台が導入されている。大学病院ともなれば、今や未導入はほんの数施設だ。
導入する医療機関が急速に拡大したが、技術を持つ執刀医が足りない。全国で経験のある医者の争奪戦が始まっている。
そんな中でロボット支援手術を多く手掛けてきた静岡県立静岡がんセンター(静岡県)は、人材輩出機関となった。同センターから東京医科歯科大学医学部病院(東京都)が直腸がんでトップの手術数を誇る絹笠祐介医師を、がん研有明病院(東京都)が山口智弘医師を招いた。
執刀数の多い彼らが移っても、静岡県立静岡がんセンターが崩れることはなかった。全国から患者がやって来るため手術数が多く、スタッフが充実し、次の医者がどんどん育っていたからだ。他の病院へ移った医者たちは互いにつながりを保ち、最新の知見を共有している。
執刀する医者の間に技術格差があるように、手術の舞台となる医療機関にも格差がある。
技術を備えた医者を配し、チームとして手術をこなすスタッフをそろえ、態勢を整えることで評判を呼べば、より多くの患者がやって来る。患者が多ければ医者の手術数が増え、技術レベルが上がる好循環が生まれる。
1台およそ2億円、3億円もするロボットを導入しても執刀医が少なければ、患者を集められずに宝の持ち腐れだ。ダヴィンチを導入する医療機関が急増し、近隣の医療機関が手術数を増やす中、手術数を減らしてしまう医療機関もある。それが続けば負の連鎖が生じる。
だから手術を受ける医療機関を選ぶときは、治療開始以降の全てを合算した累積と最新年度の両方の手術数を照らし合わせるのがいいだろう。
累積の手術数が多いということは、過去から積み上げた経験の蓄積があるといえる。最新年度で多いということは、足元の態勢が整っていることになる。
ダイヤモンド編集部では、ダヴィンチを導入した医療機関にアンケート調査を実施し、18年度の1年間および累積のロボット支援手術数を尋ねた。
18年度手術数総合トップは
順天堂大学順天堂医院
アンケートに回答した219施設において、18年度のロボット支援手術数で総合1位になったのは順天堂大学順天堂医院(東京都)だ。累積の手術数は5位で、近年実績を上げている。
18年度2位の東京女子医科大学病院(東京都)、3位の藤田医科大学病院(愛知県)、4位の静岡県立静岡がんセンター、5位の東京医科大学病院はロボット支援手術に力を入れている施設として名をはせている。
治療開始が05年と早かった東京医科大学病院は累積で1位となった。
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