『週刊ダイヤモンド』1月12日号の第1特集は「変わります! ニッポンの酒」です。人口減少や消費者の嗜好の多様化などによって、日本の酒市場は縮小が続いています。しかしここにきて、この閉塞感を打破する新たな動きが起きています。既存の枠組みにとらわれない挑戦者たちが、ニッポンの酒を変えているのです。

「もし今日が人生最後の日だとしたら、今やろうとしていることは本当に自分のやりたいことだろうか」。個人実業家の山口公大氏は2年前、役職定年を迎えた父のささやかな退職祝いの席上、米アップル創業者の故スティーブ・ジョブズ氏が残した言葉をふと思い浮かべた。

 ディー・エヌ・エーを退社し、転職先の外資系企業でスタートアップの上場や資金調達の仕事に没頭していた。「圧倒的に給料を上げること、ライバルに勝つこと、会社の数字をひたすら上げること。そのときにやっていた全てのことが『本当に自分のやりたいこと』ではなかった」(山口氏)と、父との対話の中で気付かされた。

 言い知れぬ悔しさを抱えたまま、後日、登山家の故栗城史多氏と偶然出会った。

 栗城氏は後にエベレスト下山中の事故で亡くなったが、山口氏は「単独無酸素でエベレスト登頂に何度も挑戦し、人に勇気を与える生き方」に引かれた。その日のうちにアフリカ大陸最高峰のキリマンジャロ行きを手配し、自分の中の揺らぎに対する答えをそこで見いだそうとした。

 登山経験はほぼなかったが、2018年2月に単独登頂に挑戦。標高5000メートル付近の山道で酸素が薄まる中、山頂を仰ぎ見ながら、ただ一歩ずつ歩を進めることに幸せを感じた。

 1週間かけて踏破し、下山口の村でキリマンジャロビールを振る舞われた。うまかった。その瞬間に思ったのが、「この世界をビールで表現したい」ということだった。

 これが、山口氏がクラフトビール「TRYPEAKS(トライピークス)」の開発に込めた〝ストーリー〟だ。

 帰国後すぐに退社を申し出、そのストーリーを具現化するビール造りに着手した。コンセプトの「挑戦」をイメージできるベンチャー企業などの販売先を決め、酒販免許を取得。委託製造先の醸造所を選び、18年7月にクラウドファンディングを実施したところ、2時間半で100万円が集まった。

 山口氏のストーリーに共感した人が商品完成前に購入を約束し、30人を超える支援の輪も広がった。イメージ動画や音楽、デザイン、通販サイトはそうした支援者らが制作する。山口氏が目指すのは「プロダクトではなく、ストーリーを売る」ということだ。

 若者のビール離れが顕著な近年、その若者を中心に人気が高まっているのがクラフトビールだ。小規模な醸造所が造る多種多様で個性的なビールを指し、30歳の山口氏のような新たなビールの造り手が急増している。

日本酒にクラフトジンの発想を持ち込む

 グリーンの地色に、草木を思わせる瀟洒なデザインのボトル。これは、日本酒ベンチャー、WAKAZEのボタニカル酒「FONIA」だ。ハーブやスパイスなどのボタニカル(植物)原料を発酵中にブレンドしている。後述するように、新規参入が難しい日本酒業界において、この酒が突破口となった。

「日本酒を〝世界酒〟にする」と豪語するWAKAZEの稲川琢磨代表は、元は米ボストンコンサルティングのコンサルタントという異色の経歴を持つ。

 酒造りをしたいと考えたのは、社会人になり、初めて日本酒「真澄」の「あらばしり」を飲んだのがきっかけだった。学生時代にフランス・パリに留学していたころ、海外の人が日本の伝統やブランドをよく知らないことが悔しく、日本のものを海外に広めたいという思いをずっと抱いていた。そんなときに真澄を飲んで、そのフルーティーな味わいに衝撃を受けた。「世界に通じるのは日本酒だ」と確信した。

 そこで知り合いのつてで若い杜氏を紹介してもらい、2015年には杜氏の実家の酒蔵で、友人と「チームWAKAZE」として週末起業で酒造りを始めた。翌年には会社を辞め、一人で起業した。

 しかし、ここで初めて日本酒造りのハードルの高さを思い知る。

 まず、清酒の醸造免許はこの数十年下りておらず、新規で免許を取得するのはほぼ不可能だった。自分で造ることができない以上、酒を開発するための委託先を探すしかない。そのために米どころの山形県鶴岡市に単身で移住した。豪雪地帯に住むのは初めてで、苦労の連続だった。委託先を見つけるのに1年かかった。

「1年目は役員報酬ゼロ。銀行口座から貯金が減っていくのを眺める毎日だった」と苦笑する。

 転機が訪れたのは起業2年目のこと。山形県の工業技術センターと共同で開発したボタニカル酒のFONIAが道を切り開いた。

「清酒」の醸造認可を取るのは難しいが、清酒〝以外〟なら比較的醸造免許を取りやすい。その一つが「その他の醸造酒」だ。そこで稲川氏は、日本酒造りの工程の一つを変えることを思い付く。FONIAは、醸造工程の中でハーブやスパイスをブレンドする。そうすると清酒ではなくその他の醸造酒の分類になる。こうしてその他の醸造酒で認可を取得。戦う土俵をずらして、規制の障壁を跳び越えたのだ。

 FONIAを開発するヒントとなったのは、酒造りの勉強のために訪れたロンドンで出合ったクラフトジン(クラフトビールのジン版)。「従来のジンにボタニカルなどを加えたクラフトジンは、創意工夫次第で無限大の掛け合わせが生まれる。そこにクラフトマンシップの発想がある。それを日本酒にも持ち込んだ」(稲川氏)。

 発売してみると、ボタニカル酒は飛ぶように売れた。今でも予約販売はすぐに終了するという。

 最初は山形県内に限られていた販路は徐々に全国へと広がっており、すでに30の都道府県で販売している。うち8割が専門店である。

 念願の海外展開も始まっている。革新的で明確な付加価値が認められ、米ニューヨークでは、プロモーションのために持ち込んだ商品がその場で全て売れてしまったほどで、稲川氏は大きな手応えを感じている。

成熟市場の攻略法は酒に学べ

『週刊ダイヤモンド』1月12日号の第1特集は「変わります! ニッポンの酒」です。新春号らしく「酒」がテーマです。

 酒離れが叫ばれて久しいですが、実際に統計を見てみても、ここ20年間で30〜40代の男性を中心に飲酒習慣率が大幅に低下しています。それなのに、なぜいま「酒」を特集するのか。

 実は私自身、酒は好きですが、酒飲みと呼ばれるほどたくさんは飲みませんし、人に語れるほど酒に詳しいわけでもありません。しかし、取材を進めるうちに、どんどん興味をそそられました。酒市場を取り巻く環境変化や酒業界が直面する課題というのが、実は全ての日本企業に当てはまる課題だということに気付いたからです。

 人口減少や消費者の嗜好の多様化が進む成熟市場で、どうやって生き残ればいいのか。この課題を解決するために、酒業界では新たな動きが続々と出てきています。

 先述したように、クラフトビールやボタニカル酒などの新たな武器を手に、他業種・他業界から新たな酒の造り手が続々と参入して、市場を活性化させています。

 また、老舗の酒蔵も、ワインがテロワール(産地や気候、土壌の個性)を大事にするように、テロワールを重視した日本酒造りに挑戦しています。

 さらに、「獺祭」の旭酒造や岩手の南部美人のように、AIやITと匠の技を融合させ、酒造りのテック化を進める蔵も出てきました。

 酒業界のこうした新たな動きは、全ての日本企業が直面する課題を解決するためのヒントとなることでしょう。

 本特集では、上記のような酒のビジネスの側面に加え、最新データ解析で分かってきた酒と病気リスクの関係についても明らかにしました。

 また、お役立ち情報として「ビジネスパーソンが身に付けるべきワインの教養」や、「贈り物・接待・家飲みに使えるプロおすすめの酒80銘柄」もまとめました。

 酒が好きな人も、それほどでもない人も、飲まない人も、それぞれが楽しめるコンテンツが満載の酒特集を、ぜひじっくりとご覧ください。