時計の針を巻き戻すこと5年。2013年11月、カルロス・ゴーン・日産自動車会長兼最高経営責任者(CEO。当時)は、2期連続となる業績見通しの下方修正を理由に、制裁人事に踏み切った。
日本人トップの志賀俊之最高執行責任者(COO。当時)を解任。代わりにナンバー2へ昇格したのが西川廣人副社長(当時。現社長兼CEO)である。この幹部人事をきっかけに、ゴーン氏による権力集中はますます進んでゆく。
それから5年。19年3月期中間決算では、営業利益2103億円(前年同期比25・4%減)となり、惨憺たる結果になった。固めに減益で見積もったはずの通期の営業利益見通し5400億円(中間期までの進捗率は38・9%)の達成が危うくなっているのだ。
まるで5年前の再来である。2期連続となる業績見通しの下方修正が現実味を帯びている。減益の元凶には、ここ数年の北米エリアでのインセンティブ(販売奨励策)によるばらまきや、品質問題などが含まれている。くしくも、5年前にも米国事業の不振やリコールが減益要因となっていた。
販売台数を追い利益を顧みない規模拡大路線のひずみや品質問題が、5年を経てまったく解消されていないともいえる。
西川社長は、今後の展開を読むには十分過ぎるほど、ゴーン氏の思考回路を理解していたことだろう。5年前と同じ経過をたどっているのだから、行き着く先はCEOたる自身の責任問題、ありていに言えばクビである。
仏ルノー、日産、三菱自動車の3社のアライアンスCEOとなったゴーン氏の統治範囲は広がった。一方で、現場感覚の衰えも痛感していたことだろう。ゴーン氏は、意思決定を下す自分と現場との乖離を埋める仕組みとして、権力集中システムを築いていった。
驚いたことに、ゴーン氏は日産のCEOでもないのに、「いつの間にか、西川社長以下執行役員53人全員の人事権と報酬決定権を握っていた」(日産幹部)という。
厳密に言えば、別の代表取締役、つまり、ゴーン氏と共に逮捕されたグレッグ・ケリー氏の同意を得られれば、日産役員の進退を自由に決められる仕組みになっていた。
これはもう、暴君の独裁としか言いようがない。
実際におかしな幹部人事がまかり通っている。本来、業績低迷の責任を取るべきは、元凶となった北米担当をしていたホセ・ムニョスCPO(チーフ・パフォーマンス・オフィサー)のはず。にもかかわらず、なぜか4月に、重要ポジションである中国担当へ横滑りしている。そこに、ゴーン氏の差配があったことは想像に難くない。
ゴーン氏に刺されるくらいなら、先に刺そう──。ゴーン氏解任劇の発端は、不正の発覚から始まっているのかもしれない。だが、西川社長の思惑は別のところにあるのではないか。それは、この一大スキャンダルを利用することで、ゴーン氏やその背後にいるルノーから〝当たり前の企業統治〟を取り戻すことである。
そう考えれば、かつての師を極悪人に仕立てるなど、最近の西川社長の執拗な攻撃姿勢も理解できようというものだ。
問題は、ポスト・ゴーン体制がうまく始動できるかどうかだ。
1999年にルノーに救済された経緯から、日産の企業統治は「経営」と「執行」が完全に分離されている。経営を担う取締役会はゴーン氏が全権を握り、その機能は形骸化していた。
一方で、日産の最高意思決定機関であるエグゼクティブ・コミッティ(EC)は強い執行権限を有してきたといっていい。
もっとも、ECメンバーもかつての陣容に比べれば、小粒感は否めない。志賀氏、アンディー・パーマー氏(現アストン・マーティンCEO)がいたころは、ゴーン氏に反論するメンバーもおり、日産経営層の人材枯渇が言われて久しい。だからこそ、ゴーン氏の独裁を許したともいえるわけだ。
新執行体制では、ルノー出身者の入れ替えと、ゴーン氏と近かったムニョス氏の動向がかくらん要因となりそうだ。西川社長は人望が薄いことで知られるが、日本人幹部との関係性は悪くない。
ある日産元幹部は、「一番のリスクは、全ての問題がゴーン氏の長期政権にあり、その悪の根源を断ち切れば日産が良くなると思い込むこと。そんなお気楽な話ではない」と警鐘を鳴らす。
始動したばかりのポスト・ゴーン体制の船出は前途多難だ。
小粒になったECメンバー
再出発は前途多難
『週刊ダイヤモンド12月15日号』の第1特集は、「日産 最悪シナリオ」です。
日産の経営陣が大きな賭けを仕掛けました。
不正発覚を逆手にとり、独裁者を追放し、ルノーを通じて支配権を強める仏政府をけん制し、このドタバタに紛れて業績見通しの下方修正までやりかねない状況です。
ここまで日産を凋落させた責任は、ゴーン氏だけにあるわけではないはずです。日産経営陣の連帯責任でしょう。もちろん、ゴーン氏を排除できれば、それで日産の経営が安泰に向かうなんてこともありません。今回の事件は、日産の「終わりの始まり」かもしれないのです。
そしてもう一つ、今回のゴーン・解任騒動の特徴は、ゴーン氏を是が非でも起訴したい検察当局と、日本の経営陣主導で再出発を図りたい日産の利害が一致し、巧みに情報を発信・統制とで「ゴーン憎し」へ世論を誘導していることです。日々流れる情報の大洪水の中で、問題の本質はどこにあるのか。日本のメディアのクオリティーが問われる事件になりそうです。
そこで、本誌『週刊ダイヤモンド12月15日号』では、目の前のスキャンダルに振り回されるのではなく、独自の試算や分析によって、日産の未来を検証することにしました。
特集では、日産を待ち受ける「4つの最悪シナリオ」を提示しました。
まず、最悪シナリオ①は上記に触れた「統治不全」(ポスト・ゴーン体制の人材枯渇)です。ゴーンを失った後の経営混乱は避けられません。
それに加えて以下の3つのシナリオについて詳しく検証しています。
・最悪シナリオ②「本業不振」
自動車世界一からの脱落
・最悪シナリオ③「提携頓挫」
ルノーとの虚構のシナジー効果を暴く
・最悪シナリオ④「司法地獄」
ゴーン無罪、上場廃止リスクの現実味
日産の再出発に立ちはだかる壁はあまりに高いと言わざるを得ません。
そして、グローバル経営に向けてひた走った19年、ゴーン経営の功罪についても踏み込んで報じています。日本の産業界を揺るがす一大スキャンダルの本質を、本誌で見極めていだたきたいと思います。