トヨタ、NECが難題解決で頼った
イノベーションを生む数学
6月18日、仙台市の東北大学材料科学高等研究所。日米から選ばれた10人の学生・大学院生たちに、二つの課題が提示された。
「次世代エネルギーとモビリティプラットフォームのデザイン」
「産業用IoT(モノのインターネット)向けの信頼性の高い無線ネットワークシステムの構築」
まるで未来の社会の姿を占うようなテーマで、どう手を付けていいのかさえ悩む難問だろう。この難題を解決してもらおうと、数学を扱う若き才能に頼ったのはトヨタ自動車とNECである。
この日始まったのは、学生が数学を使って企業が出した課題に取り組む教育プログラム「GRIPS-仙台」だ。参加者たちは二つのグループに分かれ、今後約2ヵ月間にわたって集中的に課題に向き合う。学生側の負担は時間だけ。企業は課題を解いてもらう代わりに、滞在費などを支援する。
GRIPSの元となったRIPSは、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校の純粋応用数学研究所(IPAM)が17年前に始めたプログラムだ。
米国でこれまで参加したスポンサーは、グーグルやIBM、ツイッター、ウォルト・ディズニー・カンパニーといった大企業や、ロスアラモス研究所、米空軍研究所、ロサンゼルス市警察など一流ぞろい。過去には人工衛星の最適な配置や、警察官と職務質問した相手との会話が激しさを増すタイミングを探る問題が出たという。
米国で数学を学ぶ学生にとって、RIPSの修了証は就職活動の“勝ち組”を約束するプラチナチケット。昨夏は30人の定員に対して約800人が応募した、超人気プログラムなのだ。
このRIPSが今回、日本に初上陸した。そして、スポンサー企業として名乗りを上げたのが、トヨタとNECなのである。
「数学のリテラシーはグローバルなイノベーションを生むための共通言語。未来の社会実装というゴールに向けて、優秀な学生の数学的な発想に期待している」と、トヨタの髙原勇BR-未来社会工学室長は力を込める。
システム障害の被害規模を計算
メルカリ数学部の活躍
19日に東証マザーズに新規上場を果たしたフリーマーケットアプリ運営大手のメルカリ。日本でも有数のITベンチャーへと躍進したメルカリには、数学好きの社員が集う数学部がある。
活動は週に1度。終業後に集まり、機械学習の基礎となる線形代数やアルゴリズムの数学などをゼミ形式で学ぶそうだ。創部したエンジニアの千葉竜介さんは、「完全に趣味の世界」と語るが、ビジネスで貢献する場面も出始めた。
昨年秋、システム障害が発生したときのことだ。数学部のチャットに、こんなSOSが届いた。
「システム障害でどれだけのユーザーに影響が出たか、被害規模を調べたい。誰か計算できないか」
すると、チャットに数学部の部員たちが集結。難解な計算をたちどころにやってのけたという。
経済界きっての数学好きで知られるカドカワの川上量生社長は、ドワンゴのAI(人工知能)チームや東京工業大学の加藤文元教授を交えた、ディープラーニングを数学で解釈する論文の勉強会を今年から始めた。
「AIには正しい設計があるはずで、その理論を見つけるためには数学の素養が必要」(川上社長)
新たなイノベーションの源泉は数学にあり。未来を先取りしようとする企業たちが、積極的に数学の力を取り込もうとしている。
「これだけ知っておけば大丈夫」
文系ビジネスパーソンにもオススメ
『週刊ダイヤモンド』6月30日号の第一特集は「必修 使える!数学」です。学生時代の勉強の記憶から、数学は「役に立たない」と感じている人は多いかもしれません。ですが、AIやデータ活用の動きがますます加速する今、さまざまなビジネスの現場に関わってくる数学は、現代のビジネスパーソンの強い味方になってくれます。
特集では、数学が苦手な文系のビジネスパーソンのために、「これだけ知っておけば大丈夫」という重要ポイントを、現役のデータサイエンティストに解説してもらいました。ビジネスでの活用事例を交えながら、データ分析に欠かせない「関数」「対数」「確率」「微分」「行列」の5分野の勘所をやさしくつかむことができます。
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一方、小難しい教科書で学ぶのはちょっと面倒だと感じる人のために、東京大学の数学者にオススメ漫画を4冊、紹介してもらいました。
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