『週刊ダイヤモンド』5月12日号の第1特集は「AI時代を生き抜く プログラミング&リベラルアーツ」です。人工知能(AI)が世の中に普及していく中で、「仕事をAIに奪われるのではないか」という漠然とした不安を感じている人は少なくないと思います。そんな時代を生き抜くために必要となるのが、AIを味方にする教養=プログラミングと、AIで代替できない教養=リベラルアーツです。

 世界的経営コンサルタントであり、大学の学長を務める教育者、さらには自らプログラミングをこなす技術者でもある大前研一氏は、「15年後に今の形のまま残れる産業は、おそらく一つもない」と予測する。そんなAI時代に生き残れる人材の条件を聞いた。

──AI時代を生き抜くために、ビジネスパーソンは何を身に付けるべきですか。

 21世紀の経済は、サイバー社会、ボーダレス社会、マルチプル(倍率)社会、そして現実の社会の四つが一緒になってできている「目に見えない経済大陸」だ、と私は『新・資本論』などの著作で20年前から述べてきました。目に見えないものは、誰も教えることができない。つまり、自分で探りに行くしかない。

 では、どうすればいいのか。これまでのように誰かから教えてもらい、それを覚えるという学びのスタイルでは駄目。自分で学びたいことを選び、自ら学ぶ。そういう姿勢が不可欠です。

 教えられたことをひたすら覚えることが得意だった人たちは、これからAIに仕事を置き換えられてしまうでしょう。

 21世紀は「答えのない世界」です。だから、「教える」という概念もなくなる。デンマークやフィンランドでは、1990年代半ばに「教えない」教育にいち早く切り替えました。

 もともと答えがあるわけではないので、クラスの一人一人が違った意見を持っていて当然です。皆が意見を出し合い議論しながら、最後は一つの意見にまとめていく。その際に必要になるのがリーダーシップ(統率力)です。これは決してAIでは置き換えられない能力であり、世界のどこに行っても通用する能力です。答えは覚えるものではなく、発見し、日増しに改善していくものなのです。

 リーダーシップを発揮するためには、IQはもちろん重要ですが、皆の意見を集約し一つにまとめていく過程で、EQ(心の知能指数)も重要になってくる。つまり、「こいつがここまで言うのなら、一緒にやってみよう」と周りに思わせることができるかどうかです。

 そして、EQを高めるために重要なのが、歴史や哲学、文化、美術といった教養、リベラルアーツです。ここでいう教養とは、知識としての教養ではなく、ソクラテスが弟子たちとの対話を通じて真実を見つけたような実践的な手法のことです。

──一方で、AIを味方にするためにはどんな能力を身に付ける必要がありますか。

 まず言いたいのは、余計なことをやるなということです。日本は、35年の世界では全く役に立たないようなことばかりやっている。

 AIはやり方さえ教えれば、瞬時に答えを導き出します。そんな時代に求められるのは、自分の頭の中にある構想、思い描いた世界を「見える化」すること。そのために、システム的な設計はできるようになる必要があります。

 また、見えている商売のコンセプトを実現するためのプログラミング技術もなるべく若いうちから身に付けた方がいいでしょう。今イスラエルが起業ブームで注目されていますが、文系や理系などの区別なく小学校からプログラミングを教えるからです。

あなたのプログラミング的思考を問題形式でチェック!

 大前氏が指摘した、自分の頭の中にある構想を「見える化」する能力というのは、言い換えればプログラミング的思考のこと。果たしてあなたにはどの程度プログラミング的思考があるのか。次の問題でチェックしてみてほしい。

<問1>
 次のうち、プログラミングが可能なのはどれだろうか?

1. 面白い映画を見ていて笑う
2. 面白い映画を見ていて服を着る
3. 面白い映画を見ていて登場人物が笑ったので笑う
4. 面白い映画を見ていて登場人物が笑ったので服を着る

<答え>
3と4

<解説>
 奇妙に思えるかもしれないが、コンピューターが処理できるという意味での論理性と、処理する内容の合理性は別次元の話だ。

 選択肢を「プログラミングが可能かどうか」と「その内容が合理的かどうか」の二つの面から考えてみよう。なお、面白いときに笑うのは合理的という前提に立つ。

「プログラミングが可能」とは、「AならBを実行する」という命題があるとき、条件Aと処理Bの両方が客観的に明確なことだ。選択肢1と2は、条件Aに当たる「面白い」についての定義がなく、処理B(笑う、服を着る)をいつ実行するのかを判断できない。

 これに対し、選択肢3と4は、「面白い」を「登場人物が笑った」というふうに、客観的に判断できるよう定義している。処理B(笑う、服を着る)を実行するための判断ができるので、プログラミングが可能だとなる。

 選択肢4を見ると、「登場人物が笑う」と「服を着る」には脈絡がなく、処理内容は明らかに不合理だが、実行は可能だ。コンピューターの処理を信じ込むことは、時として危ういことが分かるだろう。

 特集では、このほかに、実務で使えるプログラミングの「基本のき」や、今後5年、あなたの仕事にも入り込む4つのAI技術トレンドなども掲載。AIやプログラミングの初心者でも理解できるようにわかりやすくまとめてあるので、ぜひ参考にしてほしい。

リベラルアーツとは「知識」ではなく「学ぶ姿勢」

「全てを疑いなさい」──。今年4月、東京工業大学の新入生全員が履修する「東工大立志プロジェクト」の初回講義で、同大学客員教授でジャーナリストの池上彰氏はそう呼び掛けた。

 先生の教えが必ずしも正しいとは限らない。そのまま受け止めるのではなく、ちょっと待てよと立ち止まり、そもそもの前提が違うかもしれないという疑いを持つこと。池上氏は「全てを疑え」という言葉の本意をそう説明した。

 池上氏の話は、リベラルアーツの神髄を捉えている。リベラルアーツとは人間を自由にする技のことだ。古代ギリシャ・ローマ時代の「自由七科」に起源を持つ。ポイントは、リベラルアーツが「知識」ではなく「技」だということ。池上氏の「全てを疑え」という言葉は、知識ではなく学びの姿勢、つまり技のことを指しているのだ。

 日本で最も早くからリベラルアーツ教育を行ってきた国際基督教大学の森本あんり学務副学長は、リベラルアーツとは何かという問いに、こう端的に答える。

「リベラルアーツとは、what(何を)ではなくhow(どうやって)。すなわち、物事の本質を批判的に考える力と、それを表現する力のこと」

 つまり、リベラルアーツとは科目の名前ではなく、科目を学ぶことによって身に付ける技のことを指しているのである。

 特集では、リベラルアーツとは何なのかを理解するための特別講義を4本用意した。宗教、哲学、歴史・文化、生物学という科目を通して、現代の時事問題や生き方について新たな視点を得ることができるだろう。

プログラミングとリベラルアーツの交差点に立ってみよう

『週刊ダイヤモンド』5月12日号の第1特集は「AI時代を生き抜く プログラミング&リベラルアーツ」です。プログラミングとリベラルアーツ。一見、全く関係がなさそうな二つの教養を、なぜ今学ぶ必要があるのか。

 アップルのスティーブ・ジョブズ氏は、かつてこう言いました。

「われわれは常に、テクノロジーとリベラルアーツの交差点に立とうとしてきた。技術的に最高のものを作りたい。でもそれは直感的でなければならない。これらの組み合わせがiPadを生み出した」

 AIがひたすら進化を続ける現在、われわれもジョブズ氏と同様の哲学を持つ必要があります。技術一辺倒ではなく、人間性がそこに共存することで、イノベーションが起こり、われわれの未来が切り開けるのです。

 AIによって、確かに人間の一部の仕事は置き換えられていくでしょう。しかしわれわれは、AIを味方につけ、あるいはAIが苦手なことを手助けすることで、AIと「共存」していくことができるはずです。

 プログラミングとリベラルアーツという異色の取り合わせの本特集を読んだ後、あなたにはきっとこれまでとは違う世界が見えていることでしょう。