『週刊ダイヤモンド7月15日号』の第1特集は「中国に勝つ〜超速・変幻自在モデルに勝つ〜」です。日本のITレベルが20世紀で止まっている間に、中国は進化しまくっていた!キャッシュレス社会が到来し、日本よりもよほど便利な日常生活が送れるようになっていたのだ。中国の産業界での革新も凄まじい。製造業からサービス業へ、模倣モデルからイノベーションモデルへと舵を切り、産業競争力も更に高まっている。日本を超えた中国に勝つにはどうすべきなのか。中国とのつながり方を模索し、日本独自の「勝ちパターン」を提示する時に来ている。

「中国の動きは速いから、1〜2年に1度は取材に来てくれないと」。2008年のオリンピックが開催される直前に北京を訪れたときに、現地駐在員からよく言われたせりふだ。

 3年ぶりに訪れた北京では──。「半年に1度で、ギリギリキャッチアップできるかな」「リアルな中国を知るには2カ月に1度でも足りないと思いますよ」。

 どうも、動きがさらに加速しているようなのである。確かに、街の景色は様変わりした。端的に言えば、スマートフォンがないと身動きが取れない。スマホがないと生きていけなくなった。

 日本上陸が話題になっている自転車シェアリングの「モバイク」。北京・中心地区の歩道には、おびただしい数の自転車が割に整然と並んでいる。シェアリング会社によってカラーが違っていて、オレンジ、黄色、緑、青など色とりどりの自転車が混在している。

 このシェアリングサービスが急速に広まったのは、わずか半年前のこと。にもかかわらず、すでにシェアリング会社の淘汰が始まっている。「2カ月に1度」の動きとはこういうことか!

 30分以内ならばどこでも乗り捨て可能で0・5元(約8円)。キャンペーンを利用すればタダでも乗れる。そんな採算度外視の競争を繰り広げた結果、オレンジの「モバイク」と黄色の「ofo」が最終決戦に臨んでいる。

 乗り方は簡単。路上の自転車にあるQRコードにスマホをかざすだけ。降車後にサドル下にあるレバーを引くと自動的に返却したことになり、スマホ1つで決済が完了する。

 自転車シェアリングの普及で、1980〜90年の自転車大国・中国が復活したかのような、ちょっと懐かしい光景が見られるようになった。とはいえ、北京の交通渋滞は相変わらずだ。流しのタクシーをつかまえることは至難の業。手を挙げて空車のタクシーを止めようにも、乗車拒否して去っていってしまうのだ。

 そこで、皆が利用しているのが配車アプリ。タクシーを呼び、現在位置を知らせて乗車、お会計もスマホ決済で完結してしまう。最もポピュラーなのが、「Didi Chuxing(滴滴出行)」で、昨年には、配車サービス本家のUberチャイナを買収するなど勢力拡大中だ。

20世紀の日本、21世紀の中国
リアル「実力格差」は歴然

 いつの間にか、中国は超キャッシュレス社会へ変貌していた。

 これまでの中国は、日本の高度経済成長期に相当する──。今も、中国を表現するときによく使われる言葉だが、ことITやスマホ環境に関しては、完全に日本が後進国である。日本はとっくに中国に負けていた!

 しかも、電子決済の普及は、中国沿岸の都市部だけの話ではない。中国全土で広範囲に浸透している。自転車シェアリング、タクシー、外食、コンビニエンスストア、映画、自販機──。周囲を見渡せば、街中にQRコードが溢れている。

 1元(16・5円)単位で、送金や決済が可能なので、スマホ処理ができないことがほとんどない。

 例えば、野外に机を並べただけの簡易屋台でも、公共トイレを拝借するときのチップも、街頭の募金でも電子マネーで決済できる。果ては、道端の物乞いさんまでもがQRコードを差し出す始末だ。

 貧しいのに何で高価なスマホを持っているのか?という素朴な疑問が浮かばないこともないが、この国では、それこそスマホがライフラインの役割を果たしているということなのだろう。

 この「マイクロファイナンス」ともいうべき電子決済を支えているのが、テンセントの「微信支付(ウィーチャットペイメント)」と、アリババの「支付宝(アリペイ)」という二大サービスだ。

 かつて中国のITジャイアントの頭文字を取って「BAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)」と呼ばれたこともあったが、時価総額40兆円を競うテンセント、アリババに比べて、バイドゥは約7兆円。大きく水をあけられてしまった背景には、昨年来の不正医療広告スキャンダルが尾を引いていることもあるが、電子決済サービスを手掛ける2社との格差が開いたともいえる。

 実際に、中国の超キャッシュレス社会を体験してみたいと思い、銀行口座を作ることにした。

 現在、外国人が銀行口座を作るハードルが高くなっている。政府が人民元の流出を防ごうとコントロールしているようだ。口座開設の難しさについては事前に分かっていたので、研修目的で現地企業に雇ってもらい労働実績を作ることで口座を開設できた。

 ちなみに、口座開設には中国の携帯電話も必須になる。ただし、スマホを購入すること自体には特段のハードルはなく、すんなりと買うことができた。

 後ろめたいことはないのに、たった1枚のクレジットカードを作るだけで半日も要してしまった。これで全ての準備が完了!

 早速、モバイクに乗ったり、買い物をしたりとスマホ決済にトライしてみた。配車アプリだけは、中国語を使えない人にはハードルが高め。タクシーの運転手が「近くまで来ているよ」「どこにいるの?」と電話で話し掛けてくるので、今回は使いこなせず断念した。

 スマホ決済は財布を持つ煩わしさがなく、ストレスがない。日本では、手数料の高さからクレジットカードが使えない飲食店が少なくない。コンビニでの買い物は小銭で、切符はJR東日本の「スイカ」、飲食店ではクレジットカード決済と現金決済を併用──となると、結局、普段から電子マネーも小銭もお札も持ち歩かなければならない。つくづく、日本のIT後進国ぶりを痛感した。

 もっとも、中国にも影の部分はある。スマホ決済がこれほど急ピッチで浸透した背景には、マイナンバーの普及がある。身分証明のマイナンバー、銀行口座、携帯電話番号の情報がひも付いて政府に管理されているということだ。

 つまり、「中国での豊かで便利な生活を手に入れるには、まず中国人であることが条件」とある現地駐在員は言う。個人情報を差し出すことと引き換えに、生活の便利さ、豊かさを手に入れることができるというわけだ。

 また、電子決済などITに次ぐ中国の強みとして、「イノベーションを創出する力」「開発力」を挙げる人は多い。

 昨年末、アリババ以来、香港市場で最大規模のIPOになったことで有名になった企業がある。美顔アプリを開発しているMeituは、ついに動画でも美顔を維持し続けられるハードウエアまで作ってしまった。

 実は、種を明かせばこのハードウエアは、ソニー製のCMOSカメラと日系メーカーの画像処理技術を融合することで生まれた商品。この「盛りまくる動画ケータイ」の最高機種は10万円近くもするがたちまち人気となり、飛ぶように売れている。

 かつて、“盛る”ことに関しては先駆けだったギャル系雑誌「小悪魔アゲハ」がはやり、ハードウエアを作る力もあった日本でこうした突き抜けたヒット商品が生まれない。

 日本の時が20世紀で止まっている間に、中国はIT・イノベーション大国への階段を駆け上がっていたのである。

中国から目を背けるな
日本独自の「つながり方」を模索するべき

『週刊ダイヤモンド7月15日号』の第1特集は、「中国に勝つ〜超速・変幻自在モデルに乗れ!」です。

 2010年にGDPで日本が中国に追い抜かれてから、ビジネスマン・ビジネスウーマンの皆さんは漠然と気づいていたと思うのです。とっくに日本は中国に負けている──と。

 ただ、それは、「人口規模の大きさ」や「先進国モデルの焼き直し」による“お化粧をした強さ”だと勘違いしていたフシがあります。

 しかし、現実は違います。中国の景色は1〜2カ月ごとに猛スピードで変わります。その代表例がスマートフォンによる電子決済でしょう。

 中国人の暮らしはスマホ決済サービスの二強、「ウィーチャットペイメント」と「アリペイ」がなければ成りたちません。そして、この二大サービスを展開するテンセントとアリババ・グループの勢いはとまりません。

 両社は時価総額40兆円(トヨタ自動車の時価総額20兆円の2倍)を争うラインでデッドヒートを繰り広げています。もはや、「ITジャイアント」から13億人の生活を支える「社会インフラ企業のジャイアント」へと脱皮したと言ってもいいでしょう。

 特に、テンセントについては、持続的に、年間5000億円規模をM&Aに投下していると言われています(昨年は大型案件があり1兆円以上)。

 特集では、テンセントが投資する「70社リスト」を作成しました。ゲーム事業や電子決済の強化という既存事業拡大のための投資のみならず、テスラなどの電気自動車、AIといった「新産業への布石」へ果敢に踏み出していることがよくわかります。IT企業が社会インフラ企業となり、将来的には製造業やAI産業を飲み込んでゆこうかという姿には、空恐ろしくなるほどです。

 旧態依然とした産業の高度化、新規産業の進化、そしてイノベーションの創出。これらの変化が同時多発的に起きる中国には、必ずチャンスがある──。世界中のビジネスマンたちが、この地に熱い視線を注いでいます。

 世界の一線級の人材、巨額の投資資金を集められる中国が、これまでの先進国主体の産業発展を変えていくことは間違いありません。

 もはや、中国から目を背けるわけにはいかないのです!

 簡単でないことは重々承知しています。でも、まずは、中国アレルギーを捨て、隣人のリアルな実力を知っていただきたいと思います。そして、中国とどうつながるのか、中国をどう利用するのか──。日本独自の「勝ちパターン」を提示する時に来ているのではないでしょうか。