9月上旬。立っているだけで汗が噴き出る厳しい残暑の中、東京・銀座の歌舞伎座の前には、午後4時の開場前から、あふれんばかりの人が入り口の前に列をつくっていた。
演目を記した看板を指さしながら、目当ての俳優について楽しそうに語る50歳前後の観覧客に交じって、観光ガイドブックを片手に、記念撮影をする外国人観光客の姿も目立つ──。
2013年4月に再開場してから3年余り、歌舞伎座ではそうした光景がもはや日常といっていいほど、盛況が続いている。
こうした状況が続いているのは、伝統芸能としてその芸術性を日々磨き上げてきたことが大きい。だが、それだけでなく、「興行」という収益の変動が大きい事業でありながら、安定的に利益を生み出すビジネスモデルを確立させることに成功したからという側面もある。
かつて存続の危機を迎えながらも、松竹が血のにじむ思いで育て上げた歌舞伎ビジネスについて、ベールに包まれたその舞台裏をのぞいてみよう。
歌舞伎座の興行収入・146億円
再開場した13年4月から、14年3月(13年度)までの1年間で、歌舞伎座がたたき出した興行収入は146億円に上る。
それまでの興行収入を見ると、おおむね80億円前後で推移しており、約3年間のブランクを経て再開場をした効果がいかに大きかったかが分かる。
それを支えてきたのが観客動員数。13年度は132万人、毎月10万人以上が歌舞伎座に足を運んだ計算だ。
13年度は、再開場に伴って公演日数や回数を若干増やしたという特殊要因もあるが、14年度(14年4月~15年3月)も101万人と高水準をキープ。オペラの聖地、米国のメトロポリタン歌劇場が年間80万人前後だから、そのすごさがうかがえる。
歌舞伎座の興行収入の89%は、チケット販売によるもの。こうした抜群の集客力によって、好業績をたたき出しているわけだ。
だが歌舞伎座は、原則、昼夜2部制の月25日間というロング公演を行っている。それだけの期間、座席を埋める集客力もすごいが、それくらいハードな運営を行って「どうにか黒字を出している」(山根成之常務取締役)のが現状。歌舞伎はスタッフが多いことに加えて、衣裳費などのコストも高いからだ。
松竹によると、今年2月には京都の南座が耐震改修のため休館に入っており、他の劇場を含めた全体の動員数はやや減少する見通し。そのため、歌舞伎座の集客が興行全体を下支えするという構図が、しばらくは続きそうだ。
収入に占める協賛金などの割合・11%
歌舞伎座の収支構造をみてみると、収入のうち11%を占めているのが歌舞伎のプログラム販売や、テレビ中継に伴う放映権料、そして大手企業による協賛金だ。
ある関係者によると、協賛金は「年間1000万円単位で支払っている」といい、民間企業からのそうした幅広い支援を得られるのも、歌舞伎座の強みになっている。
さらに、電機メーカーが全国の販売店を招き、歌舞伎座を貸し切って観覧するといったこともあり、収益向上に貢献しているようだ。
企業の支援は、間接的にも行われている。たとえば緞帳は、永谷園、伊藤園、清水建設、LIXIL、川島織物セルコンの5社が、〝提供〟したもの。協賛金という直接的な支援だけでなく、提供というかたちで間接的な支援も受けて、今の歌舞伎座は成り立っているわけだ。
緞帳は1張「数千万円」(関係者)ともいわれ、一見の価値がある。
支出に占める制作費の割合・48%
歌舞伎座の公演に関わる支出の中で、最も大きいのが俳優や三味線など演奏家の出演料、演出家や脚本家に加え髪を結い上げる床山など、裏方の人件費を中心とした「制作費」だ。
特に、俳優の出演料は制作費の半分以上を占めるとされている。詳しくは後述するが、俳優の出演料は、動員数には関係なく一定の額が支払われる。
そのため、俳優側はいたずらに観覧の動向に気を揉むようなこともなく、安心して公演に臨めるものの、興行を担う松竹としてはその〝固定費〟が大きな負担になる。
劇場の関係者によれば、「月によっては黒字でないときもある」といい、チケット販売などで得た収入を、どう制作費などに配分し利益を捻出するかが、松竹として最も神経を使う部分だ。
とはいえ、松竹の演劇事業の営業利益は26億円で、売上高利益率は10%を超える。
もちろん演劇事業には歌舞伎座以外の劇場や、歌舞伎以外の舞台の収入も含まれているため一概にはいえないが、歌舞伎座がその収支の多くを担っているのは間違いない。
つまり、長年のノウハウの蓄積によってコストコントロールに成功し、興行として高い収益力を誇っているといえそうだ。
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