『週刊ダイヤモンド』3月12日号の第1特集は「フィンテックの正体」です。金融(ファイナ ンス)とデジタル技術(テクノロジー)が融合するフィンテックが、昔ながらの銀行や証券会社などのサービスを呑み込むのではないかと、大きな注目を集めて います。やや過熱気味ともいえるフィンテックブームの現場をレポートし、その最先端技術やサービスの真贋を見極めてゆきます。

 今年2月1日、東京・丸の内のオフィス街のど真ん中に、新たにフィンテックの“聖地”が誕生した。その名も「フィノラボ(FINOLAB)」。金 融産業(ファイナンス)とデジタル技術(テクノロジー)を掛け合わせることで、新しいサービスを生み出しているフィンテック分野において、世界に通用する ベンチャー企業を育成するために設立されたオフィスだ。

 120人以上が働くことができる広々としたオフィススペースの窓から外を見渡せば、そこには日本を代表する金融街が広がる。三菱東京UFJ銀行、 三井住友銀行、みずほ銀行の三大メガバンクの本店をはじめとして、外資系企業も含めればあまたの金融関連企業がひしめいている。

「晴れている日は富士山まで見えるので、外国からの来訪者の方はワオ!と喜びますね」(フィノラボ関係者)

 すでに16社もの有望なベンチャー企業が入居を決めている。指紋一つで、ショッピングから現金自動預払機(ATM)、交通機関の利用までできてし まうような、ユニークな技術を開発しているリキッド(Liquid)や、仮想通貨のビットコインを支えているブロックチェーン技術に精通する、日本でも数 少ないエンジニア集団を抱えているカレンシーポートなど、未来の金融サービスをつくり出そうと奮闘する経営者らが心血を注いでいるのだ。

 入居希望者は続々と集まっている。というのも、金融サービスは国が厳しく監督している規制産業だ。例えばインターネット上でお金を募るクラウド ファンディング事業を始めようとしたある経営者は、賃料の高額なオフィスが必要になる難問にぶち当たり、途方に暮れたという。当局から免許を受けるには、 セキュリティの高いオフィスが要件になっていた。

「免許がないと事業が始まらない。でも事業が始まらないと、好条件のオフィスを借りられない。まるで“鶏と卵”のような状況を助けたい」と、フィノ ラボの運営を担当する電通国際情報サービスの伊藤千恵氏は話す。まさに日本発の優良フィンテック企業を育てる、揺り籠を目指しているのだ。

 一方、オフィスを開設したその翌日から、正体不明の訪問者たちがひっきりなしに、このフィノラボを訪れるようになった。

「フィンテックをやっている者ですが、オフィスの中を見せてもらえないでしょうか」

 2月上旬に訪れたこの初老の男性は、アポイントなしでフィノラボの入り口に現れた。対応したオフィス関係者らは、まずはどのような会社なのかを聞 こうと、男性に所属企業について質問したという。ところがいつまでたっても「金融関係のソフトウエア企業」としか説明しない。名刺を差し出してくることも なく、最後は「佐藤です」とだけ名乗って足早に立ち去っていったのだ。

 別の日は、オフィス見学をしたいとNTTデータの社員を名乗る人物が訪ねてきた。確かに同社のロゴ入りの手提げバッグを持っていたのだが、やはり名刺交換を求めると退散していった。

 無論、訪ねてくるのは不審者だけではない。いまやフィンテックは、メガバンクの頭取自身が大号令をかけて推進しようという花形プロジェクトになっているのだ。当然その波は、全国の地方銀行にまで及んでいる。

「あのーフィンテックって、何をやったらよいでしょうか」

 フィノラボには、会社のプロジェクトやリサーチを任された銀行員らの悩みも転がり込んでくる。ある地方銀行の行員は、まだ誰も唾を付けていないフィンテック企業を探すというミッションを課せられ、もん絶する日々を本誌に明かした。

 それもそのはずだ。欧米ではリーマンショック後に、金融産業で働いていた人材たちがIT産業に流入することによって、新しいサービスやビジネスモデルを仕掛ける1000社以上のフィンテック企業を生み出している。

 一方で日本にそのようなダイナミズムはなく、多くの調査機関によれば国内のフィンテック企業の数は100社ほどにとどまる。そこで手軽に掘り出し物を見つけてこい、というのはむちゃな話だ。

 また、ある政府系金融機関でもフィンテックを管轄する専門組織を立ち上げようとしているが、まだ組織がないのに、予算だけが先行して承認されているという。そんな内情に「どう考えても、フィンテック関連の予算はバブルですね」と、あるメガバンク社員は語った。

ビジネスで恥をかかぬよう
フィンテックを一流識者が徹底解説!

『週刊ダイヤモンド』3月12日号の第1特集は、「フィンテックの正体」です。最近、多くのテレビや新聞などのマスメディアを賑わせているフィンテックについて、現場で活躍する人々の本音と 建前をぎゅっと1冊の特集に入れ込みました。3大メガバンクを始めとした伝統的な金融産業で働く人々の実態や、続々と生まれている新興ベンチャー企業によ るサービスなどを、あますところなく紹介します 。

 2008年に起きたリーマンショックと金融危機は、米国では銀行による中小企業への融資の引きはがしや貸し渋りを大量に発生させました。一方で、 各国中央銀行のゼロ金利政策によって、預金に対する利息は下がるばかり。そうした状況を解決しようと、これまで金融産業にあまり縁がなかったIT産業の起 業家らが、こぞってフィンテックを掲げてなだれ込みました。

 そして今やインターネット上で貸してと借りてを仲介する「ソーシャルレンディング」、中小零細企業でも安価にクレジットカードなど電子決済を利用 できる「モバイル決済端末」、そして自分の資産運用ポートフォリオを人工知能が考えてくれる「ロボット・アドバイザー」など、まさにフィンテック企業の サービスは百花繚乱です。

 一方、日本国内は欧米とはちがった発展をみせています。昨年秋に金融庁がフィンテックについて前向きに言及したことで、いよいよ金融産業とデジタ ル技術の融合のスピードが上がりそうです。昨今のフィンテックブームに乗っかる者、踊る者、困る者──。現場の人々の顔を思い浮かべながら、楽しく読んで もらえるように作りました。ぜひご一読ください。