『週刊ダイヤモンド』2015年10月17日号(10月10日発売)の第1特集は「読書を極める!」です。特集記事の中から、成毛眞氏の書店での買い物に密着したレポートをお届けします。マイクロソフト日本法人の元社長で、現在は書評サイト「HONZ」の代表も務める、ビジネス界を代表する読書家は普段、どう本を選び、買っているのでしょうか。

 

 ボクはアマゾンでも本を買うが、書店で買うことの方が多い。理由は単純で、書店員というプロが選んだ思いがけない本との出会いを期待できるし、納得がいくまで内容を確かめてから購入を決められるからだ。

なるけ・まこと/1955年北海道生まれ。中央大学商学部卒業。アスキーなどを経て86年に日本マイクロソフトに入社し、36歳で同社社長に就任。2000年に退社し、投資コンサルティング会社インスパイア設立。11年、書評サイト「HONZ」を開設。『本棚にもルールがある』『教養は「事典」で磨け』『ビジネスマンへの歌舞伎案内』など著書多数。
Photo by Kazutoshi Sumitomo

 今回訪ねたのは、丸善丸の内本店。1階の店頭には新刊書や話題の書が平積みになっているが、いきなりそこで足を止めるのは、急いでいるときだけだ。今日のように時間に余裕があるときは、まずはエスカレーターで3階まで行き、そこから興味と重力に従って、フロアを下りながら新刊という名の獲物を物色する。

 靴は履き心地のいいスリップオン、バッグはリュックと、帰りには荷物が重くなることを想定してのいでたちである。

 さあ、まずは3階、芸術書のコーナーだ。芸術書こそ、中身が肝心。デザインや装丁だけでなく、紙や印刷もチェックする。出来上がりに手を抜いた芸術書に良書はないし、ここを頑張った本に悪書はない。早速、写真集『Tamagawa 東京ネイチャー』(つり人社)、企業が作る印刷物を集めた『構成・レイアウトで魅せる 企業案内グラフィックス』(パイインターナショナル)などが面白そうだ。

『ファンタスティック・ シティ』 (スティーブ・マクドナルド)
Illustration by Chica Akai
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 平積みにされている本を見ると、今、世の中で何がはやっているかがよく分かる。春画関連の本が多いのは言わずもがな。そうそう、塗り絵がブームなんですよねと眺めていると「あらー」と思わず声が出てしまった。ひときわ美しい一冊を見つけたからだ。『ファンタスティック・シティ』(クロニクルブックス・ジャパン)がそれ。大判のページに、街を描いた線画が並ぶ。ボクは、大人こそイマジネーションを刺激される絵本を読むべきと思っているのだが、この本は、実にそれにふさわしい塗り絵本である。アマゾンでは魅力が分からなかったであろうこの本、購入決定。

 続いて、演芸のコーナーへ。歌舞伎の棚に自著があるのを確認した直後、『人生に役立つ都々逸読本』が目に飛び込んできた。ボクはちょいと粋で乙な都々逸や川柳が大好きだ。それを人生に役立てようという著者・柳家紫文師匠の心意気に感銘し、ページを開くと「こうしてこうすりゃこうなるものと知りつつこうしてこうなった」と見つけ、うれしくなって購入決定。今、若い人の間でも歌舞伎や落語といった古典芸能への興味が高まっているようなので、次は都々逸やもしれぬ。

『コーランには本当は何が書かれていたか?』 (カーラ・パワー)
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 没後評価が急上昇した三谷一馬による図版が豊富な『新編 江戸見世屋図聚』(中央公論新社)などを歴史のコーナーで一通りチェックし、宗教のコーナーへ。普段はあまりここへは来ないのだが『欧米社会の集団妄想とカルト症候群』(明石書店)に食指が動く。それに、気になっている本があるのだ。それが『コーランには本当は何が書かれていたか?』(文藝春秋)。知的好奇心をそそるタイトルだが、ここだけを見ると、陰謀論に満ちたトンデモ本のようでもある。ただ、出版社が文藝春秋なので信用してもよさそうだ。テーマによってはどの出版社からの本なのかが、購入を大きく左右するポイント。430ページを超えるこの大著を秋の読書の楽しみとしたい。

 続いて、レジ前を通ってサイエンスのコーナーへ。と思ったのだが、通路脇で展開されている白水社のフェアの前で足が止まる。やはり、白水社の本は装丁が美しい。ボクはキンドルでもかなり本を買うが、ここまで美しい本は紙で買って本棚に並べたい。

 白水社の歴史物はアントニー・ビーヴァーの『第二次世界大戦1939-45』(上・中・下)や、『クリミア戦争』(上・下)、『クルスクの戦い1943 独ソ「史上最大の戦車戦」の実相』などたくさん持っているが、それでも、へえ、こんな面白そうな本が出ていたのかという発見がある。

 1冊を手に取り、奥付を見ると2005年の本であった。書店では基本的に、新しい本がいい場所に置かれている。古いけれど面白い本が前面に出てくるのは、フェアのときくらいではないだろうか。だから、そこには思いがけない出会いがある。

 なお、ボクは必ず、手に取った本の奥付を確認することにしている。そこには、本好き同士で会話をするときの基本情報「いつ、どこから出た、誰が書いた本か」がまとめられているからだ。

 ようやく、サイエンスのコーナーへ。ここへ来ると少し緊張する。サイエンス好きを自称し、書評サイト「HONZ」を主宰している身としては、ここに知らない新刊があったら少し恥ずかしい。

『フィラデルフィア染色体』(ジェシカ・ワプナー)
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 ところが、いきなり知らない、しかもめちゃくちゃ面白そうな新刊と出会ってしまった。なんてこったと手にしたのはその名も『フィラデルフィア染色体』(柏書房)。これは一部の白血病の際に見られる異常な染色体のことだ。2000年以降、その染色体が作る酵素の動きを抑える薬、すなわち白血病の特効薬的存在が開発されていて、この分野は実にホット。だから注目していたのだが、この本を見逃していたのは実に不覚……と、これも奥付を確かめると、発行は15年10月1日。今日より5日以上後の日付だ。

 都心の大規模な書店には、発行日より早く新刊が並ぶことがある。ならば知らなくて仕方なかったと胸をなで下ろしながら、これも購入決定。……

反知性主義に陥らないために
知を磨く読書のすすめ

 ……さて、成毛さんの買物はまだまだ続きますが、続きは本誌でお楽しみください。

 今週号の特集は「読書を極める!」です。

 昨今注目されている言葉に「反知性主義」があります。作家の佐藤優さんの定義によれば、反知性主義とは、「実証性や客観性を軽視もしくは無視して、自分が欲するように世界を理解する態度」を指します。結論ありきの情報収集に流れず、常に自分自身に実証性、客観性を保つための一番の方策は、やはり読書でしょう。

 特集では、佐藤優さんをはじめ、野口悠紀雄さん(早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問)、出口治明さん(ライフネット生命保険会長兼CEO)、小宮一慶さん(小宮コンサルタンツ代表)、池内恵さん(東京大学先端科学技術研究センター准教授)、市川真人さん(早稲田大学文学学術院准教授)、齋藤孝さん(明治大学文学部教授)といった、筋金入りの読書人たちに、それぞれの本の選び方や読み方の極意を披露してもらいました。

 また、「本を楽しむ場」として、全国に広がっている図書館の“新潮流”や、出版不況と言われる時代に独自の店作りで闘う個性的な書店もレポートします。

 読書の秋……いえ、そもそも読書に季節など関係ないのですが、秋の夜長の楽しみには本誌も是非、お供にどうぞ。

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10月17日号「読書を極める!」

Part1:知性を磨く読書術

Part2:「新しい図書館]戦争

Part3:出版不況と闘う書店

 

 

 

 

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