『週刊ダイヤモンド』7月11日号の第一特集は「広告戦争 デジタル空間の覇権めぐる人脈と金脈」です。世界17兆円、国内1兆円を突破してなお急成長を続けるデジタル広告産業の舞台裏に迫りました。

 6月下旬、東京・六本木にある米フェイスブックのオフィス。世界14億人のユーザーをつなぐネットワークを支えるIT企業の日本拠点だ。明るく開放的なフロアでは「オープン&コネクテッド」という社是の下で約70人が働いていたが、彼らにはどうしてもオープンにできない秘密があった。

 オキシジェン──。英語で酸素を意味するこの単語は、水面下で交渉中のある重大なプロジェクトに付けられたコードネームなのだ。それは、ずばり日本最大の顧客数を誇る通信キャリア、NTTドコモとの包括的な業務提携だ。

 彼らが狙っているのは、ドコモが抱える約6659万人のユーザー。自動的にフェイスブックユーザーへと〝塗りつぶす〟ための秘策が練られている。新規のスマートフォンにあらかじめアプリを埋め込んでもらえれば、これまで手が届かなかった50代より上のシニア、シルバー層を毎年百万人単位で取り込めるはずだとソロバンをはじく(iPhoneは対象外)。

「フェイスブックはドコモ側への〝手土産〟として、彼らの音楽やアニメコンテンツをフェイスブック上で共有してもらうという新機能をすでに約束しています」(業界関係者)

 それだけではない。実は赤ん坊からお年寄りまであらゆる世代に接点を持つリクルートとも、若年層のフェイスブックユーザーの増加を目的に、就職活動サイト「リクナビ」などとの提携に乗り出しているのだ。

 2004年にマーク・ザッカーバーグが創業したフェイスブックは、競合企業に先んじてスマホという新しいデジタル空間へサービスを移行することに成功した。

 スマホの小さな画面上に流れてくるタイムラインは、いまや多くのグローバル企業たちがこぞって買い求めるデジタル広告の一等地に変貌した。14年通期の売上高は約124億ドル(約1兆4880億円)となり、直近の時価総額は日本円換算で30兆円を超えている。

 一見、順風満帆だが、日本に目を向けると違う姿が浮かび上がる。6兆円を超える世界第2位の広告市場において、思いも寄らぬ三つの誤算に見舞われているのだ。

 一つ目が、国内で2000万人を超えたあたりから、急速に勢いを失っているユーザー数の伸びだ。公式の月間ユーザー(MAU)数は現在2300万人と発表されているが、人口に対する普及率は20%ほどで横ばい状態。

 しかも、昨年秋に放映したテレビCMが惨敗だったことは社内でも共通認識になっている。四半期ごとに20%近い高成長を続けてきた広告売上高も、この4~6月期は約120億円と大幅に目標値を下回ったようだ。「このままのユーザー数なら、今後は一般企業と同じような成長スピードになる」と業界関係者は危惧する。

 二つ目が、組織のきしみだ。13年5月に初めて日本代表の座に就任した岩下充志氏が、今年1月には休暇を取得し、営業担当幹部と共に3月末に会社を去った。

「風通しの良さを重視している会社のカルチャーに合わず、最後は本社から降格を迫られた」(同社関係者)のが原因というが、十分なあいさつ回りもない急な〝更迭〟に、取引先には動揺が走った。

 三つ目が、ナショナルクライアントと呼ばれる大手企業や、そこに寄り添う大手広告代理店との信頼関係の悪化だ。

 過去フェイスブックは、企業側が「いいね!」を多く集めることで、ファンとコミュニケーションが図れると説明してきた。そのため企業側は「いいね!」を集める広告に投資をしてきた。ところが昨年からアルゴリズムの変更によって企業による投稿の表示頻度が激減、時間とカネが水泡に帰した一部企業は不信感を抱いた。

 見誤ってはいけないのは、ありとあらゆる個人データを大量に蓄積しているフェイスブックは、極めて良質なデジタル広告を出稿できる随一のプラットフォームであるという点だ。年齢や性別、興味関心などにより分けてターゲティングをした場合、狙った通りの人物像に広告が届けられる精度は96%超と驚異的な正確性を誇る。

 米シリコンバレーの本社には、世界トップクラスのエンジニア集団がそろっており、アドテクノロジー(広告技術)の分野では誰もが注目する先端企業である。

 ただ、それだけで勝者が決まらないのが広告産業の複雑さだ。国ごとのメディアの特性、国民の趣味嗜好、そして商習慣を無視すれば、最先端のテクノロジーも無用の長物だ。人々のライフスタイルも目まぐるしい速さで変化する。

 当のフェイスブック自身も、3年後には傘下のインスタグラムの国内利用者数が、本家フェイスブックを超えると試算しているのだ。

 デジタル空間の覇権は誰の手に渡るのか。王者すらも酸素(オキシジェン)吸入に頼らざるを得ない今、明日を読めぬ世界が広がっている。

新たな金脈に群がる人脈を徹底解明

『週刊ダイヤモンド』7月11日号の第一特集は「広告戦争 デジタル空間の覇権めぐる人脈と金脈」です。

 日本のインターネット広告費は、2014年に初めて1兆円を超えました(電通調べ)。すでに新聞・雑誌・ラジオの広告費の合計を追い抜き、将来的には約2兆円のテレビ広告を抜くのは必至だとみられています。しかしデジタル広告業界においては新旧プレイヤーを織り交ぜた複雑な商流が絡み合い、その業界構造を把握することすら容易ではありません。

 そこで本誌編集部は、星の数ほどの企業がひしめくデジタル広告の業界地図である「カオスマップ」を片手にして、そこでしたたかに生き抜く経営者や企業関係者らに約2カ月にわたって一つ一つインタビューを重ねていきました。

 そびえ立つ総合広告代理店やネット専業代理店。インターネットインフラの発達によって、0.1秒という信じられないくらい短い時間で、ネット上に現れる広告枠を世界中で売買する仕組みを広げようとするベンチャー企業たち。そして名門企業内部にあって、新しいデジタルの風を吹き込もうと、競合だけではなく社内の組織とも日々戦っているデジタル広告担当マーケターたちの姿。特集はそんな人たちそれぞれの視点を入れこんだ、全5章で構成される「ショートムービー」のような形に仕上がりました。

 ひしめき合う無数のプレイヤーはどんな素顔をしているのか。これまでデジタルの世界を敬遠していたビジネスマンからメディア関係者こそ、ぜひドラマの主人公たちと自分を重ね合わせて、楽しみながら知られざる業界の裏舞台をのぞいていただけたら幸いです。

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7月11日号「広告戦争 デジタル空間の覇権めぐる人脈と金脈」

◆Prologue フェイスブック、日本市場の大誤算
◆Episode1 デジタルマーケター編
◆Episode2 先端テクノロジー編
◆Episode3 クリエーター編
◆Episode4 テレビ視聴率編
◆Episode5 ニュースアプリ編
◆Epilogue 寡占化する世界のデジタル広告市場


 

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