「奥さまのお加減はいかがですか。転居を伴う異動は難しいですよね──」。あるメガバンクの人事部員は、半年に1回、全国の支店を巡っている。これはという行員と直接、顔を合わせてヒアリングを続けているのだ。
彼の脳内メモリには、行内の主要な管理職2000人分の個人情報が整理整頓されて、しまわれている。その個人情報の範囲は多岐にわたる。行員のフルネームはもちろんのこと、銀行で最も重要な入行年次、顔、出身大学──。実はこの程度ならば、人事部中堅クラスならそらんじているという。
転歴、過去の賞罰、直近3年分の評点、簡単な適性、家族構成──。この辺りから、プロの領域に入っていく。冒頭の人事部員もその1人といっていい。
夫人の健康状態や親の介護の有無、子供の受験など家族の情報に始まり、馬が合う上司・部下は誰か、逆に反りの合わない上司・部下は誰かといった職場での関係性など、全国を訪れては、最新情報を常にたたき込んでいるのだ。
信用を重んじる銀行は完全なる減点主義。「仕事だけでなく、普段の生活でも大きなバッテンが付くと、出世レースから確実に外れる。高学歴の連中が多くいる以上、ふるいにかけるしかない」とあるメガバンク行員は肩をすくめる。
「2000人なんてもんじゃない。3000人は入っているよ」──。ある大手製造業のベテラン人事部員はこう豪語する。この部員が、人事を「アートの世界」とうそぶくのもうなずける。
あなたの周囲を見渡せば、他人の出身校や誕生日、血液型がすらすら言える人がいるかもしれない。だが、人事部が違うのは、入手し蓄積した情報が、サラリーマンの人生を左右する異動や昇進、昇給などの判断材料になるという点だ。いくら一つの人事が最善でも、それによって他の多くの部署にしわ寄せが来たら台なしになる。
一人一人のキャリアパスも考えながら、ガラス細工のように繊細な全体像を作り上げていく──。そんな職人芸ができるのは自分たちだけというのが、誇り高き人事部員の美学なのだ。
だが、一般社員がこうした美学を理解してくれるはずもない。人事が発表されるたびに、あちこちでひそひそと会話の輪ができるのは、日本では当たり前の光景だ。「あれは左遷? それとも順当?」
「誰の引きであそこに行ったの?」。社内通の周囲に人が集まり、解説を求める。人事情報をいち早く入手し吹聴する人もいるはずだ。
出世のポストが限られている以上、大多数は不満を持つ。仮に上司や経営陣が評価している組織であっても、判断材料を提供したという点で人事部にも矛先は向かう。
「えたいの知れない伏魔殿」──。こんなレッテルまで貼られることもあるという。
先進企業の事例を紹介
昇進、昇給に差が付く理由
『週刊ダイヤモンド』5月2・9日合併号の第1特集は、「人事部の掟 あなたの異動・昇進・昇給はこう決まる!」です。
戦後の高度経済成長を背景に行われた人事政策で権力が集中し、一般社員から時に敬遠される存在となった人事部を徹底解剖しました。初の試みとなる人事部の上場企業アンケートなどを通してその知られざる実態に迫りました。
その人事部も、時代が変わり、労働市場の流動化やグローバル化の波によって、いつまでも同じままではいられなくなっています。透明性を高めるための新たな人事制度の導入などによって、その権威も薄れつつあるのです。「変わらない人事部」と「変わらなければならない人事部」のジレンマも描き出しています。
また、人事部と言えば異動や昇進、昇給などの先進企業の事例なども交え、どうして昇進や昇給に差が付くのか、紙幅を割いて解説しています。
覆面座談会では、実はつらい立場にいる部員の本音もたっぷりと吐露してもらいました。
人事部の掟を知ってさえいれば怖いものなし――。一般のサラリーマンにとっては、情報武装していて損はありません。
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週刊ダイヤモンド2015年5月2・9日合併号
「人事部の掟 あなたの異動・昇進・昇給はこう決まる!」
◆Prologue 上場212社アンケートで判明!
人事部のベールの裏側
◆Part1 ニッポンの人事部”解体新書”
なぜ理不尽がまかり通るのか
◆Part2 あなたの給料・評価はこうして決まる
年収格差が生まれるメカニズム
◆Part3 新・人事部の掟
旧来型人事をぶち壊せ
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