「完敗ですね」──。財務省高官は何かをのみ込むように言った。
4月1日、新年度入りした東京・霞が関の財務省。自室のテレビ画面は、アジアインフラ投資銀行(AIIB)の創設メンバーになるための申請期限が来て、当初の予想を大幅に上回る約50カ国が参加を表明したこと、そして、日本が当面、参加を見送ることを伝えていた。
AIIBとは、アジア太平洋地域のインフラ整備を支援するために、中国の習近平国家主席が提唱して設立に乗り出した国際金融機関で、世界各国に参加を働き掛けていた。資本金は最終的に1000ドル、中国が最大の出資国となり、初代総裁のポストも中国人が握る。北京に本部を置き、年内の運営開始を見込む。
AIIBと業務が重複するアジア開発銀行(ADB)を主導してきた日本と米国は、AIIBの組織運営の透明性が確保されていないとして、一貫して参加に否定的なスタンスを取ってきた。
ほんの1カ月前、この高官はAIIBについて、「組織のガバナンスの問題が解決しなければ、うまくいかない。このままだと失敗しますよ」と自信ありげに語っていた。自信には裏付けもあった。
当初の参加国は資金を融通してもらいたいアジアの発展途上国が多く、このままでは国際金融機関としての体裁が整わない上、融資の審査能力にも疑問符が付いた。
そこで中国側は「国際金融のノウハウ不足を日本に補ってもらおうと副総裁級ポストを用意して参加を要請してきたが、日本側はこれを断っていた」(中央官庁幹部)。
それなのに、なぜ、日米は中国に敗れたのか──。 最大の理由は、国際社会をリードしてきた主要7カ国(G7)の盟友である英国の裏切りだ。英財務省が3月12日、G7で初めてAIIBへの参加を表明したのだ。これに、ドイツ、フランス、イタリアという欧州の残りのG7国が追随したことで、大勢が決まった。
日本の懐柔工作も
英国の裏切りで骨折り損
実は、日本は水面下で参加するか迷っている国に対して、懐柔工作を行っていた。
その中でも、「比較的経済規模の大きいオーストラリアや韓国に、米国と連携しながら圧力をかけていた」と、財務省関係者は打ち明ける。
ところが、経済規模がはるかに大きいG7の一角で突然、雪崩が起きてしまい、先進国までもがそれにのみ込まれる形で、参加へとかじを切ったのだ。G7の4カ国が名を連ねるのであれば、日本が入るよりはるかに体裁も整う。中国としては願ったりかなったりである。
中国に対して、反AIIBの包囲網を敷くつもりが、逆に日米が親AIIB国に包囲されるという屈辱。当然、米政府は同盟国の裏切りに怒りをあらわにした。米国が激怒するのを分かっていてもなお、欧州のG7国が参加を表明するだけの〝磁力〟がAIIBにはあった。
何よりもまず、AIIBが手掛けることになる、アジアの道路や鉄道などのインフラ需要への足掛かりができるのは大きい。
ADBの試算によれば、2010年から20年までに必要なインフラ整備額は約8兆ドル、実に1000兆円近い空前の規模となる。景気低迷にあえぐ欧州としては、是が非でも取り込みたい巨大需要だった。