「ボートをごらん。ぼくらの冒険号をさ。夜見るボートはすてきだろ。これが新生活をスタートさせるやりかただ」
これは童話、ムーミンシリーズの小説の一つ『ムーミンパパ海へいく』(トーベ・ヤンソン著、小野寺百合子訳)の一節だ。ムーミンパパは冒険を思い立ち、住み慣れたムーミン谷を離れ、家族を連れて離島への移住を決める。ムーミンパパの発言はこう続く。
「マストの先にかがやくカンテラ、世界じゅうがねているあいだに、海岸線が遠ざかって見えなくなる。夜、旅をするのは世界のなによりもすてきなことだよ」
たどりついた離島は、過酷な自然環境で、ムーミン一家は壮絶な体験をするのだが、それはさておき、この一節は北欧を語る上で欠かせない要素を含んでいる。
海と夜に、冒険――。
家具のイケアに、ファストファッションのH&M、玩具のレゴ――。スウェーデン、デンマーク、フィンランド、ノルウェーの4カ国でわずか人口2500万人の北欧から生まれた企業は一つの例外もなく、すぐ海を渡り、製品・サービスを世界に広めてきた。
これは、いわゆる大企業だけでなく、デザイン企業もスタートアップ企業も同じ。インターネット電話のスカイプや音楽配信のスポティファイといったITサービスは今や世界標準となった。
もっといえば、欧米や日本、韓国の音楽はスウェーデンの音楽家たちが提供しているし、冒頭のムーミンはおろか、ノーベル賞まで範囲を広げてみると、北欧のコンテンツ輸出がいかに優れているか論じるまでもないだろう。
そして、その多くの企業が世界で戦うコアに、高い技術やデザインを置いている。
携帯の盟主だったノキア、世界一の通信インフラ企業のエリクソン、続々と登場するIT企業も一番の売りは技術力だ。
キーとなるのは、寒くて長い北欧の冬だ。「冬の長くて寒い夜に技術者たちは家にこもる。そうした厳しい環境から、家の中でも楽しめるゲームや物語、デザインが産まれてきた」。ソフトバンクが買収したことで知られる世界的ゲーム会社、スーパーセルのイルッカ・パーナネンCEOは分析する。
デザインも同じように、無駄を極限にそぎ落として、世界の誰でも楽しめるシンプルなスタイルが厳しい自然環境の下で、編み出されてきたのだ。
福祉だけではない
北欧企業のすごみ
北欧といえば、高い税金と至れり尽くせりの福祉のイメージを持つかもしれない。育児も福祉も男女平等も全てが日本より進んでおり、国民の幸福度でも上位に入る常連だ。
だが、見誤ってはならないのはこと企業が絡む場合、各国の政府は極めて市場原理的に動いていることだ。政府は、日本のように競争力を失った企業を無理やり助けることはせず、むしろ新たな産業を育て上げることに専念する。
つまり、失業対策などの個人への福祉を充実させているため、弱い企業を無理に守るより、労働者を新たな産業に振り向けることを重要視しているのだ。
これが、ノキアなど150年近い歴史を持つ老舗から、スカイプなどの新興系まで、企業と産業が次々生まれるサイクルを生み出している。
今回の特集では、記者たちが現地へ飛び立ち、30社を超える企業に取材を試みた。そこで、世界で成功している北欧企業に共通する「成功の秘訣」をまとめてみた。
ちなみに、よくこうした北欧企業のルーツは、10世紀前後に欧州を席巻したバイキングになぞらえられる。
もともと、農民や漁民だったバイキングは、高い軍事・航海技術を持って海を渡り続けた。それと同時に欧州だけでなく、アジアや中東にも乗り込み、異民族・異人種との交流を深めていった。
略奪のイメージを持たれることもあるが、進出先の文化に溶け込んで、相互信頼の商取引を重んじた。それも強烈なリーダーシップの下ではなく、上下関係のないフラットな組織体制の下で柔軟に方針を決めていったことに特徴がある。
そして、これらの根元にあるのが、未知の分野に乗り出す冒険者精神だ。しかも無謀な冒険ではなく、リスクを緻密に計算し、最大の収穫を得る戦略が取られていた。
これらは、取材した企業たちの戦略と合わせると、確かにぴったりと一致する場合が多い。
だが、これらは、1万キロメートル近く離れた海の向こうの話だからと、無視しておくのはもったいない。
資源の乏しさや、海に囲まれた地理など自然条件だけでなく、優秀な技術や職人、また国家としての成熟度など、他人ごととは思えないほど、日本と共通する点が多いのだ。何よりも現地に訪れると、何十人もの人が「北欧と日本人は似ている」と聞かせてくれた。
北欧4カ国プラス、エストニアを
記者が現地で徹底取材
『週刊ダイヤモンド』3月14日号の第1特集は「北欧に学べ なぜ彼らは世界一が取れるのか」です。
イケア、H&M、レゴなど誰もが知る世界企業はもちろん、元祖携帯電話の王者ノキアや、通信インフラのエリクソンなど100年を超える老舗企業も北欧生まれ。
さらには音楽配信のスポティファイ、ゲーム企業のスーパーセルやロビオ、ダイスなどスマートフォン時代のIT企業まで、世界を席巻する北欧企業が次々と生まれています。人口を足して2500万人とは思えないほどの数です。
ただ、なぜ、これだけ新たな世界企業が次々生まれてくるのか。
それを現地の徹底取材で明らかにしたのが、今回の特集です。
各国とも人口が1000万人に満たないという国内市場の小ささは一つの理由ですが、それだけではありません。各国の政策も、競争力を失った企業を生き永らえさせるより、新たな産業へダイナミックにシフトさせるしたたかな戦略を採っています。
国策でいえば、経済紙・誌でよく注目される福祉についても取り上げました。年金や医療といった施策別の視点だけでなく、実際に国民が「幸せ」を感じているのか根掘り葉掘り聞きました。
このほか、日本の女性たちに大人気の北欧デザインも注目取り上げています。
イケアやH&Mなど大衆に人気の企業はもちろん、イッタラやマリメッコといったフィンランドのデザイン企業は「欧州に次ぐ第2市場が日本」というほど、日本でコアなファン層を作り上げています。ムーミンにいたっては、日本市場が売上比率で世界一だったこともあります。
一体、彼らの何が、日本人をひきつけるのか。現地で、デザイナーたちへの取材を試みました。
特集をご覧になっていただければ、日本から9000キロメートルも離れた北欧が、いかに日本にとって身近で、しかも企業戦略、国策の観点からも参考になるか、お分かりいただけるのではないかと思います。
記者たちが北欧4カ国プラス、エストニアを飛び回って作り上げた新しいスタイルの特集です。身近な日本企業と比べて読んでいただければ幸いです。
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週刊ダイヤモンド2015年3月14日号
「北欧に学べ なぜ彼らは世界一が取れるのか」
◆Prologue 長く寒い冬が鍛えた冒険心
◆Part1 バイキング企業の世界制覇術
◆Part2 大企業でも”救わない”意外な国家政策
◆Part3 高福祉国家の実像
◆Part4 なぜ日本女子は北欧好きなのか
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