「中国を制するものが、世界を制す」。孫正義社長が最初にそう語ったのは、2000年の元旦のことだった。
アリババ集団創業者のジャック・マー氏と初めて出会ったのはその前年のこと。昨年、アリババが世界最大規模の株式公開を果たしたのだから、まさに15年かけて〝世界制覇〟したといえる。
そして、まさに中国から世界を制したその年に、孫社長はインドに照準を合わせた。インドでの「第2のアリババ探し」を公言する孫社長の新たな視線を理解するには、その15年という〝時間差〟が一番のキーとなる。
「タイムマシン経営」。孫社長が1990年代後半から、繰り返し唱えていた経営手法だ。
「米国で成功したビジネスモデルは、その後必ず日本にもやって来る」。そう直感した孫社長は、米ヤフー、ジフ・デービス、コムデックスなどの米国企業に出資し、それらを情報源にして、最新のビジネスを日本に持ち込んだ。
米国ですでに勃興していた電子商取引(EC)を、中国独自のやり方で成功させたアリババへの出資も、中国版タイムマシン経営のたまものと呼べるかもしれない。中国の EC 市場は今や20兆円規模といわれるまでに成長した。
では、インド進出の背景にはどんな戦略があるのだろうか。
それを読み解く言葉が「オリエンタル・エクスプレス」。数々の小説や映画の舞台となった長距離寝台特急になぞらえた、IT分野における「東洋の特急」だ。
この手法を孫社長に提言したというソフトバンク・ベンチャーズ・コリアのグレッグ・ムーンCEOは「アジア版のタイムマシン経営」だと解説する。
「タイムマシン経営は、日本や中国、韓国で成功した。だが、今や日本の市場は、スマホ普及率などで米国より進んでしまった。だから今からは、中国、韓国を超え、新たな世代が台頭している巨大市場の東南アジア、インドで同じ手法を採用していくのです」
つまり、先進国のモデルを、中国と並ぶ巨大市場のインド(人口12億人)や、インドネシア(同2億人)などアジア各国に一気に持ち込む戦略を描いているのだ。
確かに、14年夏以降、ソフトバンクが買収した企業群を眺めると、オリエンタル・エクスプレスの概要が浮かび上がる。
例えば、アリババのようなECにしても、ソフトバンクは、10兆円市場のインドのスナップディールだけでなく、インドネシアのECであるトコペディアにも昨年10月に出資を決めた。
「孫社長は、巨大市場であるアジアにおけるECの重要性を認識し、アジアの各国で、突出したEC企業を探している」(ムーンCEO)
同様のことが、タクシー配車サービスにもいえる。このカテゴリーでは、インドのANIテクノロジーズに加え、シンガポールを拠点にアジア6カ国でサービスを提供するグラブタクシーにも300億円出資し、筆頭株主になった。
 タクシー配車サービスは、創業5年で4兆円企業に成長した米ウーバーが切り開いた市場だ。だが、ウーバーがインドで当局から営業停止にされたように、アジアでは、米国発のサービスが直輸入されるより、各国の特殊性に通じたサービスが伸びる傾向にある。
ソフトバンクが目を付けるのもこの点だ。まさに米国からタイムトリップするように、先進的な事業を地元に密着した形で手掛けるマー氏のようなローカルヒーローを探しているのだ。
とはいえ、ただアジアの有望企業を買いあさることだけが、ソフトバンクの世界戦略ではない。
というのも、やはり現状でも、革新的なITサービスを発信しているのは専ら米国である。孫社長の新たな右腕となったニケシュ・アローラ氏がトップを務める投資会社SIMIは、アジア諸国のネット企業だけでなく、複数の米国企業にも出資を決めている。
その一つが、270億円を出資した米映画制作会社のレジェンダリー・エンターテインメントだ。米国版「ゴジラ」の制作などで知られる同社への出資を通し、ソフトバンクは、中国やインドに合弁会社を設立する予定だ。
同じく米企業では、昨年10月に韓流ドラマを配信するドラマフィーバーも買収している。
戦略は明確だ。米国や韓国などの人気コンテンツを、アジア市場に向け、ソフトバンクが出資するローカル企業を通して、提供していく狙いが背景にはある。
また、これらのコンテンツはソフトバンクモバイルや米スプリントなどの通信会社の携帯電話販売にも生かされていく。
IT震源地の米国から、天竺の秘宝を探す孫社長の〝西方遠征〟はまだまだ続きそうだ。