『週刊ダイヤモンド』9月2日号の第1特集は「史上最強 トヨタ」です。トヨタの佐藤社長が就任して5カ月が経過しました。就任直後からEV施策を積極的に打ち出したことで、株価は上がり調子。2024年3月期に日本企業としては初となる営業利益3兆円を突破する見通しです。しかし、我が世の春を謳歌するトヨタには三つの重大課題が迫っています。トヨタは「EVでも世界一」の野望をかなえることができるのでしょうか。(ダイヤモンド編集部編集長 浅島亮子)

日本企業として初の営業利益3兆円突破
佐藤新社長の滑り出しは絶好調

 今年4月に14年ぶりの社長交代が実現したトヨタ自動車が、成長街道をひた走っている。

豊田章男氏(現会長)からバトンを譲り受けた佐藤恒治社長率いる新政権は、上々の滑り出しを見せている Photo:TOYOTA

 2023年上半期(1〜6月)におけるトヨタグループの販売台数は542万台。2位の独フォルクスワーゲングループに100万台以上の大差をつけて、3年連続の世界一を死守した。同時期の生産台数は562万台と過去最高を更新。コロナショック前の低水準から大増産への完全復活を果たし、「史上最強のトヨタ」の名をほしいままにしている。

 販売・生産の底堅さは決算でも明らかだ。24年3月期第1四半期(4〜6月)に積み上げた営業利益は1兆円を軽く突破した。24年3月期通期には営業利益3兆円を達成する見通し。実現すれば、日本企業としては前人未到の偉業を達成することになりそうだ。

 豊田章男氏(現会長)からバトンを譲り受けた佐藤恒治社長率いる新政権は、上々の滑り出しを見せている。

 もっとも、こうしたトヨタの絶頂期が、「半導体不足の影響緩和」と「過去の遺産」によってもたらされていることは火を見るよりも明らかだ。

 トヨタは収益を毀損する電気自動車(EV)で出遅れているからこそ、“ドル箱商材”のハイブリッド車によってもたらされるメリットを最大限に享受できている。逆説的には、トヨタの業績は「今がピーク」ともいえるのだ。

 実際に、他ならぬ佐藤社長が危機感を強めている。

臆することなくテスラ追随
佐藤社長が抱える「三つの課題

 26年にEV150万台を販売、部品点数を大幅に削減できる生産技術「ギガキャスト」の導入、次世代電池の有望株として全固体電池に照準──。佐藤社長は、就任直後から、EVに関わる重要戦略を矢継ぎ早に打ち出している。

 しかも、そのEV戦略の隅々にわたって、宿敵である米テスラの施策が意識されている。トヨタは絶対王者のプライドをかなぐり捨てて、臆することなくテスラにキャッチアップしようとしているのだ。

 佐藤社長には課題が山積している。第一の課題は収益構造の悪化だ。

EVを突破口に始まるモビリティの投資競争は熾烈さを極めることになる。

  次世代モビリティの競争軸は、ハードウエアからソフトウエアへ移行している。ソフトウエアでクルマの性能が決まる「ソフトウエア・デファインド・ビークル(SDV)が主流になりつつあるのだ。駆動が内燃機関からモーターに変わっただけの“ただのEV” では市場から評価されることはない。

 EVに不可欠な車載電池価格が逼迫しているので、トヨタがEVシフトを強めれば、当然のことながら収益構造は大幅に悪化する。また、EVを突破口に始まるSDVのメインストリーム化は、ただでさえ高騰している研究開発費をさらに押し上げる。早晩、トヨタには「厳しい時代」が到来することになるだろう。

 第二はサプライヤー対策だ。SDVの登場は、モビリティ産業の構造転換を迫ることになろう。内燃機関車の時代に隆々としてきた、完成車メーカーを頂点とする「サプライヤーピラミッド」が崩壊するのだ。

 これまでトヨタグループの最大の強みは、約45万社ともいわれる下請けサプライヤーによる原価低減力にあった。だがSDVの登場により、下請け構造は崩れていくことになる。

 最後の第三の課題は、米中対立を発端とする「主要国・地域によるデカップリング(分断)」の対応も迫られる。SDVに搭載される車載半導体や車載電池の争奪戦は熾烈化するばかりだ。特に、トヨタのドル箱市場である米国と、世界最大のマーケットである中国の双方を重要視する「両輪経営」の推進は困難を極める。

 これらの課題を乗り越えて、トヨタは「EVでも世界一」の野望をかなえることができるだろうか。

トヨタと名古屋経済
2つの巨弾特集を掲載!

『週刊ダイヤモンド』9月2号の第1特集は「史上最強 トヨタ」です。

 トヨタの佐藤社長が就任して5カ月が経過しました。就任直後からEV施策を積極的に打ち出したことで、株価は上がり調子。株価純資産倍率(PBR)は、企業の解散価値である1倍を回復しました。

 24年3月期に日本企業としては初となる営業利益3兆円を突破する予定で、まさに我が世の春を謳歌しているような業績ではあります。

 もっとも、レガシー企業の代表格であるトヨタに課題が山積していることはすでに述べた通りです。

 コロナショック後、半導体や部品の不足により満足に自動車を製造できなかったこの3年間で、日系自動車メーカーは抜本的なリストラを進めるべきでなかったのかと思っています。

 この間、販売不調は続いたものの(北米などで)値引きコストが抑制されたために、大手自動車メーカーの「利益率」は実力値を上回る結果になりました。つまり、ゲタを履いた決算になっていたということです。

 こうした表層的な業績に安住し、内燃機関車時代のレガシーを捨て去る大胆なリストラを講じてこられなかったことが、将来的に付けが回ってくることになりはしないかと、危惧しています。

 競合メーカーに比べればトヨタの強さは抜きん出ていますが、さしものトヨタであっても、このモビリティ変革を切り抜けられるかどうかは分かりません。佐藤社長の重責はいかばかりかと推察します。

 実は、佐藤社長に経営のバトンを渡すに当たって、章男氏は「究極のガバナンス」を展開したとの見方があります。

 佐藤社長がEVでテスラを猛追するなど実績を上げることができたならば、「良いバトンタッチだった」という市場評価が付きます。

 でも一方で、佐藤社長がEV戦略でつまずくことがあろうものならば、「佐藤社長がその器ではなかった」という評価になります。そのどちらに転んだとしても、章男氏に傷が付くことはなく、唯一無二の自動車産業レジェンドとして歴史に名を刻めるというものです。

 佐藤社長は、こうした意地悪な見立てを鮮やかに覆すことができるのでしょうか。

 新社長が挑む大変革を、EV戦略、幹部人事、グループ統治、半導体調達戦略など多角的な視点から検証しました。

 また今号では、トヨタ特集と並ぶ巨弾特集として、「天下一!名古屋経済」特集を組みました。愛知・三重・岐阜の東海3県の教育や不動産に特にフォーカスし、地元の皆さんに楽しんでいただけるような特集づくりを心がけました。沸騰する名古屋経済の魅力を感じ取っていただければ幸いです。