これはSFじゃない
火星地球化を支えるすごい素材
米国で今夏、人類の宇宙移住を一歩前進させうるある研究が発表された。火星を地球に近い環境にする「テラフォーミング」(惑星地球化)に、エアロゲルという素材が役立つという内容だ。
発表したのはハーバード大学ポールソン校工学・応用科学部のロビン・ワーズワース助教。火星は人類の移住先として最も有望とされているが、それでも極端に低温であること、紫外線から地上を守るオゾン層がないことは大きなハードルだ。これに対しワーズワース助教は、実験室で火星の地表を再現し、それを断熱効果のあるエアロゲル素材で覆えば表面温度を50度高められることを明らかにした。
また実験で使われた素材は可視光を透過するもののため、紫外線を吸収しながら、光合成に必要な光も確保できるという。米学術誌『ネイチャー・アストロノミー』に掲載され、学術界のみならず、欧米の一般メディアでも多数引用された。
火星移住は、理論物理学者の英スティーブン・ホーキング博士(2018年没)が生前、人類が喫緊で検討すべき選択肢として論じるなど、一部で真剣に検討されてきた。ただそのためのテラフォーミングの方法は、核爆弾を使うなど非常に高コストな方法が多く提案されていた。今回の研究成果は既存のプランに比べ、大幅に低コストで実現可能性が高いことが特徴だ。
実はワーズワース助教が研究に使ったエアロゲル素材、日本のあるベンチャー企業の製品なのである。
地上最強の断熱材
米中もまねできない独自技術
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そのベンチャー企業は、ティエムファクトリ(本社・東京都港区)。京都大学発の技術を使い、独自のシリカエアロゲル「SUFA(スーファ)」を開発・生産している。
エアロゲルは水分をたっぷり含んだゲルを乾燥させたもので、肉眼では見えないナノサイズの穴が全体に空いている。この穴が断熱効果を生む。既存の断熱材より格段に穴が小さいエアロゲルは、「地上最強の断熱材」とも呼ばれている。
エアロゲル自体は1930年代に開発され、素材として存在はしていた。ただ製造には特殊な装置が必要で、非常に高コスト。宇宙・航空産業など、ごく一部でしか使われてこなかったのが実態だ。
これに対しティエムファクトリは京大の中西和樹准教授(開発当時、現在は名古屋大学教授)が開発した、常圧での乾燥製法を採用。製造コストが格段に下がった。
さらに同社は、世界のライバルメーカーが手掛けていない、「ほぼ透明のエアロゲル」や「板状のエアロゲル」を生産できる技術も持っている。前述のような火星のテラフォーミングができるのも、ティエムファクトリの素材がほぼ透明で、光を十分に通すからだ。
ティエムファクトリの素材は、宇宙開発のような先端分野だけでなく、幅広い産業から注目されている。もっとも有望なのは自動車産業での活用。EV(電気自動車)ではエアコンを使うとエネルギー消費が激しく、航続距離が大幅に短縮されてしまう。エアロゲルでボディ全体を覆えば、従来よりも航続距離を延ばせる可能性がある。
このほか建設業界などからもラブコールを受けているティエムファクトリ。山地正洋社長は、「エアロゲルは米国に有力な競合企業があるほか、中国でも政府主導で巨額の産業化投資が進められている。だが今のところ、わが社のSUFAと同じものができる企業は存在しない」と自信を示す。今後3年程度で株式公開を果たし、その調達資金で大規模な量産に踏み切る方針だ。
人工肉、台風OKの風力発電……
投資家要チェックの大化け研究
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『週刊ダイヤモンド』10月26日号ではティエムファクトリ以外にも、これまでの技術では不可能だったことを可能にする、驚きのサイエンス研究とサイエンス型ベンチャー企業を一挙紹介している。
プラントで培養した人工の食用肉、月面で水資源を開発するロボット、ゲノム編集で可食部分が増したマダイ、自己修復する素材、台風に負けない風力発電……。どれもSF小説さながらの驚きに満ちているが、虚構ではない。研究者や技術者が地道に積み重ねてきた成果だ。
多くの事例がこれから5年程度で、何らかの形で具現化し、現実社会に何らかのインパクトを与える可能性を秘めている。事例の中には近い将来の「儲けの種」が相当程度、隠れているのだ。だから読者にはぜひ、未来の投資対象を物色するつもりでページを繰ってもらいたい。
インターネット・ビジネスの競争では、日本企業は残念ながら敗退してしまった。今日本が考えるべきことは、競争の土俵を変え、新しい市場で圧倒的なイニシアチブを握ることだ。そのための種は国内に多数眠っている。カギはそこにどれだけ実業家や投資家がチャンスを見出し、お金を突っ込むかだ。