7月12日、トヨタ自動車の命運を握る男が、福島第1原子力発電所を訪れていた。トヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)のギル・プラット最高経営責任者(CEO)がその人だ。
前職は米国防高等研究計画局(DARPA)のプログラムマネジャーで、そのロボティクス分野への貢献度から〝米国の至宝〟とも呼ばれる人物である。
プラット氏は、DARPA時代に福島原発事故の教訓を生かそうと、災害救助用ロボットの国際競技大会を開いた実績がある。人がまったく近づけないような苛酷な環境下でも、どのようなロボットならば活躍できるのか──。プラット氏は研究テーマの一つとして掲げる、廃炉プロジェクトの視察へやって来たのだ。
昨秋より、トヨタが人工知能(AI)分野へ傾斜している。AIの研究開発拠点として米シリコンバレーにTRIを新設、2020年までに10億㌦(1000億円)を投資すると宣言したのだ。その後も、AI関連の協業・投資の案件が相次いでいる。
トヨタは本気である。投資規模もさることながら、シリコンバレーに集中するAI人材の獲得法にも長けている。現在、AI分野のトップ研究者は、AIに注力する企業の間で争奪戦になっており、AIに〝地の利〟のない新参者が採用をするのは容易ではない。
まず、米大学のAI研究の〝ご三家〟のうち、マサチューセッツ工科大学(MIT)、スタンフォード大学の研究所と提携した。この2大学は、大学の実力の目安となる「(AI関連の)論文の被引用本数」が3000本以上と多い。
さらに、プラット氏の招聘により、彼の〝友人〟であるジェームズ・カフナー氏(グーグルロボティクス部門長)を研究メンバーとして迎えることができた。ちなみに、カフナー氏の夫人は日本人で、彼自身が親日派である。
プラット氏に近い製造業幹部によれば、「ギル(・プラット)さんは生粋の研究者。起業家みたいにギラギラしていない。みんなギルさんとだったら一緒に仕事をしたいと思っている」。
こうして、ドリームチームが結成された。トヨタが、カネも人材も惜しみなくAIに投下するのは、危機感の裏返しに他ならない。ガソリン車の電動化、自動運転技術の進化やライドシェアの普及による販売台数減、ものづくりからサービスへの収益源のシフト──。自動車業界には、大きな荒波が押し寄せている。
さらに、AIという武器を巧みに操るITジャイアントは、自動運転、ライドシェア、保険といった参入しやすいところから自動車領域への侵食を始めている。
トヨタは、既存ビジネスの効率化から、自動運転技術による事故数の削減まで、あらゆる分野・機能でAIを活用する方針だ。
では、プラット氏はトヨタで何を実現しようとしているのか。
事故をなくすための自動運転など自動車分野にももちろん着手するのだが、研究者として試してみたいのは、パーソナルロボット(つながるロボット)だという。
ある経済産業省幹部によれば、プラット氏は「日本では少子高齢化が加速しており、パーソナルロボットの分野は世界に先駆けたチャンスになる。AIの先駆者であるグーグルでもこの分野では勝てないのではないか」と語っていたという。
つまり、早くに高齢化社会が訪れる日本市場を〝壮大な実験台〟にしようとしているのだ。介護支援ができるパーソナルロボットは、自動車以上に、より人間の感情に忠実なリアルデータ──どんな温度で、どんな柔らかさで支援するのが心地いいのか──が集まりやすい。より良質なデータを収集・解析して良いアルゴリズムにしてゆくことに、研究心がかき立てられるのかもしれない。また、プラット氏は、トヨタのハードウエアを巧みに造る技術力にも期待しているようだ。
リクルートの人工知能研究所CEOに招聘されたアロン・ハレヴィ氏はグーグルリサーチの出身。ハレヴィ氏もまた、「グーグルで収集できるデータよりも、リクルートで収集できるデータの方が解析のしがいがある」と言う。
レストラン、人材、不動産、住宅などリクルートには200を超えるサービスがあり、日本市場で得られる情報にやりがいを感じているようだ。
1990年代、まだ国内製造業が強かった時代から四半世紀。長らくシリコンバレーから日本は見放されたといわれてきた。
だが今、良質なデータが収集できる実証実験の場として、本場の研究者たちが日本市場に熱い視線を向けている。
87兆円市場に企業が殺到 「AIバブル」の正体
『週刊ダイヤモンド』8月27日号の第1特集は勝者のAI戦略〜人工知能の嘘ホント〜」です。
日本の産業界が一気にAI分野への投資を加速させています。
EY総合研究所の試算によれば、15年に3・7兆円だった国内AI関連市場が30年に87兆円まで急拡大するそうです。運輸、卸売り・小売り、製造業など対象分野は幅広く、全業界の企業がAIに大きな関心を寄せています。
この87兆円市場を睨み、大企業からベンチャー企業まで、玉石混淆の企業がAIに群がっています。さながらAIバブルの様相を呈しています。
一方で、視野をグローバルに転じると、AI産業は、完全に米国の天下であるともいえます。
「GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)」と呼ばれるITジャイアントを頂点と
して、雨後のタケノコのようにAIベンチャーが生まれています。
そして侮れないのが中国。インターネット検索大手の百度がAI人材の獲得に躍起になるなど、国家をあげてAI産業に立ち向かおうとしています。
グローバルプレイヤーがこぞってAIの覇権争いに名乗りをあげるなか、出遅れた日系企業はどうアプローチをすればいいのか。本特集では「勝つためのAI戦略」をひもときました。
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