満州事変後、日本は「五族協和」を旗印に満州に新しい国家を建設したが、中国はもちろん、中国に対して既得権益を有する西洋列強を中心とした国際社会の理解を得ることはできなかった。1932年、国際連盟が満州国調査のため派遣したリットン調査団報告が出され、翌年、日本は国際連盟を脱退し、中国華北部への権益拡大を目指した。

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