大正4年、独立3年目の早川徳次はシャープペンシルの開発に成功。欧米向け輸出を中心に稼ぎ、数年後には社員100人を超えるまで会社を大きくしました。ところが大正12年の関東大震災で2人の子、さらには妻を失い、工場も焼失。早川はほぼ無一文となってしまいます。

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