平戸島は古代日本の最西端で、世界への窓口だった。古墳時代から志々伎(しじき)湾に大陸からの船が着き、戦国時代はポルトガル人が欧州の産品とキリスト教を伝来。島西端の志々伎神社は日本武尊(やまとたけるのみこと)の御子、十城別王(とおきわけのみこ)を祭り、そのお神酒を造る酒屋だったのが福田酒造だ。代々松浦藩主御用達で、社長の福田詮さんは14代目になる。

この
続きは

デジタルサービス<ウェブで読む>を利用する

ログインすると本サイトのすべての記事がお楽しみいただけます。
定期購読者の方で、デジタルサービスをお申し込みの方はログインしてください。

  • パソコン
  • タブレット
  • スマートフォン

ID・パスワードをお忘れの方

※著作権等の理由により、一部の記事・写真・図版が欠けている場合があります。