「そうだ、この配合ならいけるぞ!」。1994年秋の、ある休日。そのアイデアは、街角で前触れもなしにふと山崎裕章の脳裏に降りてきた。携帯電話もない時代のことだ。はやる心を抑え、翌日朝一で出張先の茨城県の下妻工場から上司にそのアイデアをファクスで送った。現在ブランド単体で年間300億円以上の売り上げを誇るカルビーの中核商品「じゃがりこ」が、実質的に産声を上げた瞬間だった。

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