「今までも、そしてこれからも東京-大阪間の大動脈の輸送を守ることが、われわれの最大の使命である」
柘植康英・JR東海社長は、そう力強く宣言する。民営化から30年。この間にグループの中で一番の利益成長を果たし、勝ち組に躍り出たのが、JR東海だろう。
JR東海の運輸収入に占める東海道新幹線の構成比は9割。新幹線一本に経営資源を集中投下し、年間約6000億円もの営業キャッシュフローを生み出す。そして、今度は自前で総工費9兆円に及ぶリニア中央新幹線を建設する。これほどまで機動的な設備投資が実現できるのも、JR東海が完全民営化を果たしたからに他ならない。
発足当初は、引き継いだ資産規模から、長男のJR東日本、次男坊のJR西日本に続く、〝三男坊〟扱いだったが、今や経常利益でJR東日本をしのぐ。売上高営業利益率は約30%と、通常の鉄道会社では卓越した収益力を誇る。JR東海の成功ストーリーは、分割民営化の「光」の部分である。
国鉄からJRへ。経営指標に関わる数字だけを見れば、国鉄の分割民営化は大成功である。
六つの指標、すなわち売上高、単年度損益、負債、国家財政への寄与、余剰人員の削減、労働生産性で比較したところ、全ての経営指標で著しい改善傾向が見られる。
単年度損益では、国鉄末期には経常損失1・8兆円だったが、2015年度JR7社合計では経常黒字1・1兆円と2・9兆円も改善している。同様に、負債金額は37・1兆円から6・5兆円に激減した。
興味深いのは、国家財政への寄与度。かつては毎年約6000億円ずつ補助金をもらっていたが、最近では逆に、約4100億円を納税するまでになった。
ところが、六つの経営指標をJR7社別の内訳で見ると、また違った実態が見えてくる。
端的に言えば、「本州三社(JR東日本、JR東海、JR西日本)」とそれ以外の四社、すなわち「三島会社(JR北海道、JR四国、JR九州)+JR貨物」とで明暗がくっきりと分かれている。
例えば、経常利益1・1兆円のうち、実に96%は本州三社で占められている。
本州三社とそれ以外の四社の明暗を分けた理由には、もちろん30年間の経営力も含まれるのだが、それ以前の前提条件にもあった。
ざっくり言えば、国鉄から譲り受けた「営業基盤」とその後の「金利環境の変化」である。
まずは営業基盤についてだ。JR7社の発足時点の営業係数(100の収入を得るのに幾らコストが掛かるのかという目安)を見ると、本州三社の131に対して、JR北海道437、JR四国、JR九州、JR貨物405だ。本州三社も赤字ではあるが、新幹線と東京・大阪といった巨大マーケットを持っており収益化できそうなレベルだ。一方で、他の4社についてはコストが収入の3倍以上。黒字化を望むのは無理筋だ。
次に、金利環境の変化についてである。
稼ぐ営業基盤が与えられた本州三社は、売上高の4〜5倍に匹敵する借金を背負わされた。例えばJR東日本でいえば、売上高1・6兆円に対して、6・6兆円の負債を背負わされた。
一方、赤字路線ばかりの不利な営業基盤を押し付けられた三島会社には、国からの〝持参金〟として、それぞれ数千億円の経営安定基金が与えられた。その基金の運用益で本業の赤字を補塡するように配慮されたのだ。
ところが、30年前の政府の想定は大きく狂った。分割民営化時の金利は年7〜8%だったが、今や低金利時代である。
巨額の借金を背負わされたはずの本州3社は、どんどん借金を返済することができた。逆に、経営安定基金の運用益に依存する三島会社にとって、低金利は向かい風以外の何物でもなかった。
結果として、本州3社は優良な営業基盤で稼ぎまくり、借金も速やかに返済し、劇的に財務体質が改善した。悲惨なのは、三島会社だ。稼ぐ武器を持たされることもなく、持参金も目減りするばかり。JR貨物は別の財務問題を抱えている。JR7社の体力格差は広がる一方である。
民営化最大の「負の遺産」
JR北海道の窮地
JRグループが発足して30年。ここにきて、分割民営化の「光」よりも「影」の部分が目立つようになってきた。
分割化は、JRグループにおける全体最適と部分最適のバランスを崩した。そして、民営化は、「ユニバーサルサービス(全国で公平かつ安定的に実施されるサービス)の提供」と「企業の利益追求」をどう折り合わせるかのバランスを崩した。
現在、分割民営化の最大のひずみといえるのは、経営難と社会的な信用失墜にあえぐJR北海道だろう。昨年11月に半分の路線の単独維持が難しいと公表した。トラブル続きのJR北海道の経営は褒められたものではないが、路線の存廃問題はJRグループ全社に通じる課題だ。
同じ運輸業界では、人手不足に苦しむヤマト運輸が、収益性が乏しい過疎地域も含めて全国へ宅配便を届けようともがいている。何とかユニバーサルサービスを維持しようとしているのだ。
にもかかわらず、JRグループはどうか。ジリ貧のJR北海道が次々と路線の廃止・縮小を検討している一方で、より高収益のJR東海は、東京-大阪間を東海道新幹線とリニア中央新幹線の「二重系化」しようとしている。まるでJR北海道の問題は人ごとだ。
JRグループは、日本の交通網を支える社会インフラ企業である。その事業の特性上、いつの時代も公益性を持ち続けなければならないはずだ。日本で少子高齢化が加速し、地方の過疎が深刻になる中、JRグループに、公益性維持という重い課題が突き付けられている。
JR発足から30年。その間に、経済環境、社会環境は激変した。30年前に設計された「JRグループモデル」も制度疲労を起こし、老朽化してきている。今こそ、JRモデルの再構築が必要な時に差し掛かっている。
国鉄改革派20人の「連判状」
メンバーの実名を本邦初公開!
『週刊ダイヤモンド3月25日号』の第一特集は「国鉄vsJR〜民営化30年の功罪〜」です。
この4月1日でJRは30歳の誕生日を迎えます。巨額の債務を抱えて国鉄が崩壊し、代わって発足したJR7社は自律的な経営へ転換しました。それから30年、7社の明暗はくっきり分かれ、JR北海道のような負け組企業には存続の危機が迫っています。
JR7社による自律的な経営が競争を促し、利用者に多大なメリットをもたらしたことは事実ですが、その一方で、今、分割民営化の「負」の部分が表面化しています。本特集では、分割民営化30年の功罪を徹底的に分析しました。
加えて、もう一つの本特集の目玉は、国鉄改革を総括したコンテンツです。本誌では、国鉄改革の発端ともなった「まぼろしの連判状」の存在を明らかにしました。
国鉄末期の1985年初夏、国鉄の若手改革派20人が、経営陣に反旗を翻して署名押印した“覚悟の血判状”ともいうべきものです。その連判状メンバー20人の実名を初めて明らかにしました。その連判状メンバーが、後に発足したJRの主要ポストへ就くことになります。
連判状メンバーであり、“改革派三銃士”とも言われた葛西敬之氏(JR東海名誉会長)、松田昌士氏(JR東日本顧問・元社長)のインタビューも必見です。
特集の最後を飾るページは、「JR駅で買うべき駅弁44選」です。新人記者が日本全国の駅弁を試食しまくってつくった力作なのでお見逃しなく。春の鉄道旅のお伴として、駅売店・書店で手にとっていただければ幸いです。