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トップ ■ 連載 第四十一回「続・憂国呆談」番外編Webスペシャル
 2006年3月号(最終回)

憂国放談    ............... ■ますます深まる風刺漫画問題における欧州圏とイスラム圏の対立。双方に漂う「不寛容さ」の根源とは何か。さらには、靖国参拝問題、滋賀県の幼稚園児殺害事件、臨界点を超えた地球温暖化問題、各種映画祭の話題等、Web版の最終回も多様なネタを多彩に語り尽くす!
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「不寛容」が蔓延する時代


●風刺漫画問題の裏表
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浅田 彰 前回の本誌版でもちょっと触れたデンマーク紙「ユランズ・ポステン」によるムハンマドの風刺漫画問題だけど、原則と現実を分けて考える必要があるにせよ、原則としては表現の自由が優先するんで風刺はOKだと思うよ。

田中康夫 そりゃそうだよね。

浅田 彰 ヨーロッパは血みどろの宗教戦争のあげく宗教的権威を茶化し合うことで世俗化・近代化に成功した。それは近代化一般の不可欠の条件だから。

田中康夫 ただ、この件に関しては、イスラムのほうもイントレランス(不寛容)だし、ヨーロッパの白人のほうもイントレランスなのが問題なんだな。

浅田 彰 面白いのは、アメリカみたいに宗教右翼が強いところで「表現の自由にも限界がある」って意見がけっこうあること。実際に、キリスト教を侮辱するような風刺はダメだっていうわけだから。でも、やっぱりヨーロッパのほうが原則論としては正しいんで、宗教でも何でも風刺していい、お互い茶化し合い嗤い合うことこそ近代の大前提だってことは、あらためて確認しておかなくちゃ。

田中康夫 ただヨーロッパにおいても、極右とされるジャン=マリ・ルペンとかのほうが、母子家庭やHIV感染者を支援するとか、よほど社民主義的になってきていて、王道だとされるような政治家のほうが不寛容になってきちゃってる。

浅田 彰 ヨーロッパのエリート政治家は、僕がいま言ったような原則を語るだけで、明らかに現実と乖離しちゃってる。貧しい移民たちに将来の現実的可能性がまったくない一方で、移民たちに職を奪われることを恐れる人たちもたくさんいて、そこにル・ペンの国民戦線なんかがつけこむわけだ。

田中康夫 そうだね。

浅田 彰 アメリカはいちおう多文化主義だし、少数者優遇措置(アファーマティヴ・アクション)もやってきた。1960年代にあれだけ公民権運動でもめたことを考えれば、その後のたった40年で黒人女性が国務長官をやるまでになったわけだから、それだけは大したものだよ。白人と同じバスに乗って抵抗運動を始めたローザ・パークスや、公民権運動のリーダーだったマーチン・ルーサー・キング牧師の未亡人が、こないだ相次いで死んだけど、歴代大統領がずらりと葬儀に顔を並べるからね。パークスの葬儀のときのクリントンの演説なんて、黒人ジャズ・シンガーのニーナ・シモンの歌詞を引用したりして、なかなかのものだった。キング未亡人の葬儀のときも原稿なしで熱っぽく語ったしね。他方、ブッシュ・シニアは演壇で「あれ、原稿を一頁なくしちゃったかな」なんて言って、さすがにブッシュ・ジュニアの父だって言われてたけど(笑)。
 他方、フランスでは、いったん国籍をとったら共和国の市民として平等だ、だから少数者優遇措置もやらない、なんて言いつつ、北アフリカからの移民の子どもが高級官僚になるなんて現実的にはありえないからね。


田中康夫 フランス的な建前ってあるよね。

浅田 彰 保守党も社会党もそういう建前ばっかり言ってるから、本音のところはル・ペンなんかのほうが代弁しちゃったりするわけ。ハンガリー移民の息子で内務大臣のニコラ・サルコジは、郊外で暴れた貧しい移民の若者たちを「ごろつき(ラカイユ)」っていう差別用語で呼ぶ反面、アメリカ式の少数者優遇措置を導入することを考えてるみたいだけど、反発は強いね。

田中康夫 だからル・ペンのほうがいい意味でよっぽど価値紊乱なんだよ。本当にジレンマだなぁ。

浅田 彰 その後、フランスでは雇用問題で大ストライキが起こったよね。若年者の失業問題をどうやって解決するか。いまみたいにいったん雇ったら一生面倒を見なきゃいけないんだと、そう簡単には雇えない。解雇しやすくすれば雇用しやすくなる。これが、労働市場のフレキシビリティを上げることによって雇用を拡大するっていう新自由主義的政策なわけ。実はこれはサルコジの政策なんだけど、来年の大統領選挙をサルコジと争うドミニク・ド・ヴィルパン首相が先取り的にその政策を打ち出したわけだ。最初、従業員20人以下の企業に関して導入してみたら、わりとうまくいってるように見えたしね。ところが、26歳以下の若者の初期雇用については2年間の試用期間中ならいつでも解雇できるっていう初期雇用契約(CPE)制度を一般化したとたん、大学生を中心とする若者や労働者の猛烈な反発を食らって、とうとう撤回を余儀なくされた。「フレキシビリテ(英語ではflexibility)」(柔軟性)ってのは「プレカリテ(英語ではprecariousness)」(不安定性)に他ならない、と。しかし、今回は安定した社会民主主義的システムに入る予定の大学生やシステムの中で既得権をもつ労働組合なんかが反発したわけで、前回郊外で暴れたような、システムからも落ちこぼれた層の中には、「とりあえず雇ってくれるなら試用期間が2年間でも何でもいい」っていう人もいる、その辺は複雑だね。ともあれ、労働市場のフレキシビリティを上げる新自由主義的政策がダメだとなると、貧しい若者を雇う企業に政府が補助金を出すっていうような社会民主主義的政策に戻るほかないわけよ。しかし、一国単位ならともかく、グローバル化の中でそれでやっていけるのかどうか。
 ともあれ、これでジャック・シラク大統領と腹心のド・ヴィルパンはかなりの深手を負ったわけで、大統領選挙では保守党のサルコジと社会党のセゴレヌ・ロワイヤルが対決することになるとも言われてるし、今の時点ではセゴレヌ・ロワイヤルのほうが支持率が高い。もし彼女が勝てばフランス初の女性大統領ってことになるわけだけど。


田中康夫 ふーん。

浅田 彰 それにしても、イスラム問題に戻っていえば、イスラム過激派にとってブッシュほどありがたい人はいない。アメリカの侵攻と占領のおかげでイラクはテロリストの供給源になったし、世界中で宗教的対立を煽る絶好の口実ができたわけだからね。イラク戦争さえなければ、こんな風刺漫画ごときで揉めることはなかったと思うよ。


●靖国参拝問題の原則

田中康夫 相変わらずアジア外交の足かせとなってる靖国参拝問題だけど、これに関しちゃ『戦艦大和ノ最期』の著者・吉田満の息子である吉田望が自分のブログで書いてる意見が一番真っ当だよ(http://www.nozomu.net/journal/000150.php)。元電通マンってところは、今の靖国の宮司と同じなんだけど(笑)。
 吉田は、靖国ってのは、国を守るために「戦死」した天皇直属の人々を祀る場所のはずなのに、実際はそうなってないのが変だというわけ。戦後に処刑されたり獄中で死んだA級戦犯は戦死したわけじゃない。たとえば乃木希典や東郷平八郎も戦死じゃないから入ってないし、あるいは戦死であっても国に謀反を起こした西郷隆盛は入ってない。そういうなかで戦後に死んだ人が入っていること自体が、そもそもおかしいんだ、と。東京裁判が正しかったかどうかという議論もマニュアル論なんだよ。大本の根本からして間違っているんだ。


浅田 彰 梅原猛なんかも言ってるように、日本の神道っていうのは、倒した敵を祀ることによって祟らないようにしてきたわけ。なのに靖国は官軍ばっかり祀ってきた。これは神道としてみてヘンだ、と。
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田中康夫 そう、官軍ばっかりになっちゃったのがおかしい。

浅田 彰 しかも、戦死者を祀る場所だったはずが、東條英機みたいに無謀な戦争を主導したあげく自殺しそこねて処刑されたような人まで「昭和殉難者」と称して祀っちゃった。これは完全におかしいわけよ。実際、A級戦犯の合祀のあと、天皇も参拝しなくなったわけだし。

田中康夫 そのとおり。あるいは、生きとし生けるもの、古今東西を問わず、全部、祀るとかね。だって、軍馬は祀られてるんだから。

浅田 彰 われわれはそもそもいま言ったような日本の神道の伝統なるものに批判的だけど、少なくともその伝統からいっても靖国神社はおかしいし、A級戦犯の合祀もおかしい。まして、首相がそんなところを参拝するなんて問題外。安倍晋三が小泉純一郎を継いだ場合、やっぱり参拝するって言ってるけど、それだけで首相の資格はないよ。


●本当は恐い「ご近所の底力」

田中康夫 2月半ばに滋賀県長浜市で起きた幼稚園児殺害事件は痛ましかったね。保護者が交替でグループ登園の付き添いをしていて、その日当番だった母親が犯行に及んだわけだけど。

浅田 彰 加害者は日本人の夫と結婚して中国から来日した女性。幼稚園の保護者グループになじめなかったらしい。

田中康夫 実はジャーナリストの坂本衛が、サイトの日録でこの件に関して鋭いことを書いてる(http://www.aa.alpha-net.ne.jp/mamos/、2月21日分)。親が恒常的に自家用車で送り迎えをしてりゃ、殺害ではなくとも交通事故に遭う恐れがあるわけで、その点について幼稚園と保護者はどう考えていたのか。送迎に携わっていた保護者の運転技術、使っていた車の保険関係などについてしっかり確認を取っていたのか。そうしたことを考えれば、保護者たちが交替で他人の子供まで一緒に送迎するような行為はそもそもあり得ないはずだ、と。その意味で、幼稚園や保護者たちの意識のありようが信じられない。たとえ多少お金がかかろうともスクールバスを幼稚園が用意するよう求めるべきだ、と。

浅田 彰 そのとおりだよね。最近、幼児関連の事件が起きるたびに、地域のコミュニティで子供を守ろうっていう声が必ず出てくる。そりゃ確かに地域コミュニティは大切だよ。だけど、そういうのって反転したら隣組による相互監視みたいなひどいことにもなりかねない。今回の事件だって、コミュニティからはじかれてると感じた外来者が、不安と恨みをつのらせたあげく、子供にそれを振り向けちゃったわけでしょ。

田中康夫 そうなんだよ。コミュニティはより弱き者を追い詰めがちだし、弱き者はギリギリまで追いつめられると最後は反撃にうつってしまう。
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浅田 彰 もちろん、コミュニティに任せるってのは、ある程度は正しいと思う。近所のおじさん・おばさんたちが子どもたちを何気なく見守ってくれてるとか、それはすごくいいことだよ。でも、隣組的な相互監視の中で外来者を排除するようになったら、むしろそこから問題が発生しかねないからね。
 そういや、NHKに「難問解決 ご近所の底力」って最悪の番組があるの(笑)。たとえば、ここのご近所では朝になるとみんなが通学路に立って子供たちを見守ってますとか、そういうのを紹介してるわけ。それを見てたら、燃えてるわけよ、おじさんやおばさんが(笑)。


田中康夫 なんで浅田彰がそんな番組を見てるんだ(笑)。

浅田 彰 まぁ燃えてるおじさんやおばさんはたいへん結構なんだけど、その一方で仕事が忙しかったりしてそれに参加できない人が出てくるじゃない? すると「あの人は朝も出てこない」っていうんで、悪くすると村八分みたいになっちゃう可能性もあるからさ。

田中康夫 わかるわかる。そのあたりでサーモスタットが働かないんだね。やっぱり軍隊の国だからさ、日本は。

浅田 彰 だから、前提としてコミュニティで見守るってことはあっていいんだけど、それを人工的に盛り上げすぎると、何だか戦時中の隣組みたいになっちゃうんだよ。

田中康夫 難しいところだよね。コミュニティが機能すること自体は決して悪いことじゃない。でも、一歩間違うと危ないんだ。僕がいつも言ってるコモンズとかなり近いんだけど、参加する人たちがもっと自律しなきゃね。


●堤清二と田中康夫

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田中康夫 田原総一朗が責任編集をやってる『オフレコ』の第2号に堤清二のインタビューが載ってるんだけど、なかなか面白いんだ。

浅田 彰 「辻井喬が語る『堤清二』『堤義明』そして『西武』」って記事ね。

田中康夫 ここで彼が語ってることって、田中康夫と共通する部分が多いんだよ(笑)。いやいやホントに。たとえば田原が「西武百貨店の人はみんな、堤さんが何を考えているのか必死に探ろうとしたけど結局よくわからないので困っていたようだが?」とインタビューで尋ねる。すると堤は「(社員を)褒めたことはあまりない。いつも違う、違うと言っていた」というわけ。社員のほうは一生懸命考えて、あのとき社長がああ言って、このときはこう言ったから、今度はこれで違うはずがないと持ってくる。ところがまた違うと堤は言うらしい。
 尼崎で大型ショッピングセンター「つかしん」をやったときも、堤は「つかしんは西武、西武と売っちゃいけない。いろいろなお店に入ってもらわなければいけないから」と言ってたんだって。部下はそれを聞いて、ポスターにも「西武」という文字をまったく入れなかった。すると堤が「なぜだ」と訊く。社員は、堤が西武を売り物にしちゃいかんと言うから必死に消したわけ。でも、堤の本意は「町をつくるときの精神は、西武、西武と前面に出ては困る。でも、その町の中に西武の店ができたら、西武を打ち出していかなきゃならない」ということなわけ。その区別が伝わらないもどかしさがあったんだね。この話って長野県でも同じなの。アルゴリズムでしか物事を進められない人たちに、僕が「これこれだよ」と言うと、そのアルゴリズムの範囲内でもっと縮小再生産して返してくるわけ。


浅田 彰 なるほど(笑)。

田中康夫 やはり経営者じゃないんだね、堤清二は。作家の辻井喬なんだよ。そう自分でも認めてるし。ただ、堤清二で活動しているときは文学的なものの考え方をするわけにはいかない。少なくとも社員に理解されやすい存在であることが求められる。ところが、それが難しかった。社員や組織は、彼に弟の堤義明のようなカリスマになることを求めた。体育会的で誰にでも判り易い。ところが、堤は一番なりたくないのがカリスマだと言うわけ。落ちたカリスマぐらい悲惨なものはないから、と。彼が若い頃に見た敗戦時の東條英機ら戦犯や共産党の徳田球一もみな落ちたカリスマ。神であった天皇陛下も人間になった。だから自分は決してそういう存在にはなりたくなかった、と。そういった点でも、あらゆる権威の価値を破壊しようとする僕と共通部分があると思ったな。

浅田 彰 たしかに、そういうところは似てるかもね。

田中康夫 田中康夫が目指すのはフラットな社会。でも、社会はピラミッドのほうがやりやすいんだよ。ピラミッドをいったん壊してしまえば、究極の自主自律・自己責任だからね。だからカリスマを拒んだ堤は孤独だったと思う。そうした孤独は長野県知事・田中康夫には非常によくわかるな(笑)。

浅田 彰 ただ、堤清二を見てると、どうも二重人格的なところもあってさ。そうやって社員には「君たちが自分で考えてやりたまえ」と言いつつ、しかしやっぱり堤家の御曹司の独裁者だからね。

田中康夫 まぁそれはそうなんだよ。実際はカリスマになっちゃう。もちろん義明のほうがずっとわかりやすいんだけど。

浅田 彰 言ってみれば、堤清二は堤義明と田中康夫の間ぐらいで、どっちつかずのところがあるって感じかな。まあ本人はリベラルな面が強いんだろうけど、堤家の御曹司ってことでむしろ周りが奉っちゃったのがいけないのかもしれない。

田中康夫 そうだね。

浅田 彰 いずれにせよ、ほんとうは田中康夫みたいなリーダーだと人や組織がもっとポジティヴに反応していいはずなんだけどね。カリスマになるどころか、「それぞれが自律してくれ」と公言してるわけだから。なのに長野県をみるかぎり、かえって萎縮するか、足を引っ張ろうとするか、とにかくネガティヴな反応が目立つ。いやはや(笑)。


●異常気象に強い町?

田中康夫 2月半ばに放映されたNHKスペシャル「気候大異変」はなかなか凄かった。スーパーコンピューター「地球シミュレータ」による異常気象の未来予測でかなりショッキングだったよ。100年後に東京の気温が今の奄美大島並みになるとかさ。

浅田 彰 たしかにこのところの異常気象を見てると、どうも温暖化って危機的な段階に入ったような気がするね。平均気温が1〜2度上がったくらいどうってことないと言われてたけど、そのあたりがまさに臨界点だったのかもしれない。

田中康夫 ワイン用ブドウなんかも、今や山梨の温度では難しくなってきて長野が産地になってる。で、あと20年たったら北海道がメインになるっていうんだから。

浅田 彰 いやぁ大変なことだよ。
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田中康夫 でしょ。ところがそれを聞いて大変だって思う人と、そんなの聞いたってリアリティを感じられないって人がいる。もうそこで暗黙知の違いが出ちゃう。僕からすればこんなにわかりやすい例はないんだけどね。南極の氷が溶けると言われてもピンとこないけど、ブドウの例はワイン好きでなきゃ判らない、という話じゃないでしょ。ヨーロッパでは、あと数十年でボルドー、ブルゴーニュはダメになって、ブドウの産地はスウェーデンになると言われてる。恐ろしい話だよ。誰もが勘性で危機を感じ取れれば状況は好転しうるんだけど、なかなかそう行かないんだなぁ。

浅田 彰 しかし、温暖化に関するかぎり、長野や北海道はおおむねOKでしょ、標高も高いし気温が低いから(笑)。それに比べると九州なんかは熱帯化して大変だよ。あと臨海部は危ないよね、高潮とか来ちゃうから。

田中康夫 去年アメリカを襲ったハリケーン「カトリーナ」みたいなのが日本に来るって予測もある。直撃されたら東京だって壊滅だよ。大地震より恐ろしいかも。だって地下鉄なんかは地震にはある程度強いけど、洪水で水に浸かっちゃえば全員がアッという間に死んじゃうからね。

浅田 彰 我々は一貫して、すべての自然災害に対応しうるダムや堤防のような建造物はつくれないと言ってきたし、今も一般論としてはそれは正しいと思う。ただ、これだけ気象がおかしくなって巨大台風なんかの来る可能性が高まってくると、臨海部の防潮堤とか、場所によって今以上の備えが必要かもしれないね。

田中康夫 とは言え、施設を造ればダイジョウビ、って話じゃない。ハコモノ万能じゃない、と冷静に捉えなくちゃ。備えあれば憂い無し、と胸を張る小泉的単純さではね(苦笑)。

浅田 彰 いずれにせよ、「カトリーナ」級の巨大台風がしょっちゅう来るようになったら、東京はもちろん、横浜、名古屋、大阪、神戸、福岡、全部ダメでしょ。そういう場合には長野は案外強い(笑)。

田中康夫 ならば軽井沢に遷都ってのはどう?

浅田 彰 いやぁ十分あり得ると思うよ。その前に、赤坂御所でプレッシャーに悩んでいると伝えられるやんごとなき方々を軽井沢に移すっていう案もあるけれど(笑)。


●映画祭と地域の活性化

浅田 彰 田中さん、2月の終わりに「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」にゲストで招かれたんでしょ。どうだった?

田中康夫 『ウォレスとグルミット 野菜畑で大ピンチ!』って作品のプレゼンテーターとして顔を出してきたんだけどね。映画祭そのものはそんなに大きな規模じゃないんだけど、亡くなった前市長が、竹下登政権時のふるさと創成資金で1990年に始めたんだって。もちろん当時は色々と意見があったらしいけど、もう17回もやってるから、それはそれで地元では定着してるみたい。来場客を乗せた列車が到着すると、夕張の駅のところに地元の子供やおばあちゃんが集まってて、太鼓を叩いたり豚汁をふるまったりするの。そこではパーティもあって、上映作品の監督や俳優も全員顔を出すみたいな感じ。なかなか悪くないと思うよ。

浅田 彰 「東京国際映画祭」みたいに大々的にやるわりには大スターも大監督も来ない、社会的にも盛り上がらないってのに比べれば、ドキュメンタリー映画に絞った山形国際映画祭が大成功を収めてきたのについで、ファンタスティック映画に絞ったゆうばり国際映画祭もわりに成功してるんじゃないかな。とにかく、市民みんなで盛り上げようっていうのがいい。ホウ・シャオシェン監督の「ミレニアム・マンボ」っていう映画でも、台湾が舞台なのに、最後にとつぜん夕張に移って雪景色が出てくる、あれは映画祭の楽しい記憶の反映かも。

田中康夫 ただ、予算が減らされるんじゃないかと毎回大変らしいけどね。
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浅田 彰 そういや青森県でも南津軽郡浪岡町ってところで1991年から「なみおか映画祭」ってのをやってた。ところがそれは、浪岡町が青森市に吸収合併されるのに伴って2005年でなくなっちゃったわけ。浪岡町に代わって補助金を出す立場になった青森市が上映作品に口を出したことで揉めたらしい。ちょっとアングラ志向が強すぎる気もしたけれど、フレデリック・ワイズマンの特集とか、けっこう大胆な企画をやってたんだけどね。それが大合併の影響でなくなっちゃうってのは寂しいかぎり。

田中康夫 そういや今年からはフランス映画祭がリニューアルされたね。もともと横浜で開催されてたものが東京・大阪の2箇所で行われることになった。われわれ二人も大阪の中之島で行われた開催記念シンポジウムとセレモニーに参加したんだよね。

浅田 彰 いや、なかなか面白かった。

田中康夫 しかしこれも、たぶん横浜が財政難で金を出すのを渋ったんで東京・大阪開催になったんだろうね。市長の中田宏は知ってたのかな。役人って予算の見直しをやるとき、必ず最初に文化関連を切ろうとする。そんなのたいした額じゃないんだから、もっとソフト・パワーの意味を知るべきだよ。

浅田 彰 そう。ぼくの住んでる京都だってそうだよ。昔の文化遺産の上にあぐらをかいて、ほとんど何もしない。京都映画祭ってのがあって昔のチャンバラ映画をやったりするのは面白いといえば面白いんだけど、それだけじゃあねえ(笑)。ところが、ヴェネツィアなんかは、あれほどの文化遺産をもちながら、世界が注目する映画祭やビエンナーレでつねに新しい情報を発信しつづけてる。それがどれだけのソフト・パワーになってるか。依然としてハコモノづくりに奔走する人たちに、その辺のところをよく考えてもらいたいよ。

(了)