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●靖国問題ふたたび

本誌のほうで、小泉首相の靖国神社参拝に反対する立場を改めて表明したわけだけど、ついでに一言二言。
小泉は、中国にこの問題をとやかく言われることはないって文脈で、「罪を憎んで人を憎まず」と言ったのは中国の孔子じゃないかって言った。この言葉は孔子の九代目にあたる孔鮒が孔子の言葉として伝えたもので、正統性に疑問があるんだけど、それはまあいいとして、そもそも「罪を憎んで人を憎まず」ってのは被害者のほうが言う言葉であって、加害者であるこっちが大っぴらに言う言葉じゃないでしょ。
まったくだ。原爆投下が終戦を早め、本土決戦を回避し、結果として日本人の犠牲者を少なく留めたと強弁するアメリカに対して言うなら、まだお人好しのセリフとして成り立つけどね。東南アジアに対しては、たとえ、それが「民主化」を早めたのだと強弁しようと、アメリカのイラク攻撃以上に侵略だからね。
むろん、日本の神道では、罪ではなく穢れが問題になるんで、刑に服して禊がすめばそれでいいってことになるんだろうけど、それを外国に理解してもらうのは簡単じゃない。また、梅原猛なんかに言わせると、靖国神社は明治政府がでっち上げたもので、日本の伝統から見てもおかしいっていうんだね。日本の伝統では、まず、打ち破った敵の霊を祀って鎮魂するわけ。まあそれも、敵の霊が味方に祟らないようにっていう計算なんだけどさ。ところが、靖国神社は天皇のために戦って死んだ者だけを祀ってて、戊辰戦争の幕府方はもちろん、西南戦争の西郷隆盛なんかだって祀ってない。実は、靖国神社のなかにも、敵味方の別なくすべての戦没者の霊を祀る鎮霊社っていう小さな社もあるらしいんだけど、靖国神社全体はそうなってないわけ。田中さんが言うように、生きとし生けるものすべての死を祀る施設にしちゃえばいいんだろうけど、靖国神社はもともとそれには適さないんだよね。まあ当面は千鳥ヶ淵ってことにして、最終的には新しい無宗教の追悼施設をつくるしかないんじゃないかな。
だから、日本の兵隊だけでなく国民も、アジアを始めとする世界中の侵略や戦争や事件で亡くなった人々をも全て、靖国神社に祀ってこそ、クリスマスや結婚式には教会に、葬式には仏閣に、正月や七五三には神社に出掛ける節操なき八百万(やおろず)の神が宿る日出ずる国に相応しい、これぞ常設の世界宗教会議と「報道2001」で述べた訳よ。僕の提言は当然、皮肉を込めた提言な訳で、それに対して靖国至上主義者から礼賛のメールが届いてしまう事自体が、日本の思考や言論の幼稚さを物語っている(苦笑)。
むろん、ユダヤ人の絶滅を計画したナチス・ドイツの犯罪と日本の軍部の犯罪は比べものにならないけど、ドイツでは、ベルリンにダニエル・リベスキンドが設計した素晴らしいユダヤ博物館が建ったし(http://www.juedisches-museum-berlin.de/site/DE/int/homepage.php)、最近、ピーター・アイゼンマンが設計した大規模なホロコースト記念碑も完成した(http://www.holocaust-mahnmal.de/en/)。ブランデンブルグ門の南方、サッカー場二つ分の敷地に、何も書いてない石碑二七〇〇余りが波打つように林立するこの記念碑は、デザインとしてとくにすぐれてるとは思えないものの、新しい統一ドイツの首都の中心にこういうものをつくったこと自体、象徴的な意味があると思うよ。むろん、どちらの計画も難航したのは事実で、ぼくはユダヤ博物館の建設がキャンセルされかかったときジャック・デリダやヴィム・ヴェンダースなんかと異議申し立てのシンポジウムに参加したことがあるし、ホロコースト記念碑のほうも完成までにはいろいろと紆余曲折があったんだけどね。
そういえば、尼崎の脱線事故の後、現場のマンションをJR西日本が買い上げて、まあ社員寮にでもするほかないだろうけど、それこそリベスキンドとかザハ・ハディドとかに頼んで記念碑的な性格をもつ建物として改築すれば、けっこうすごいものになるような気がする。いや、あのマンションの東側にある楔型の倉庫なんて、はじめからハディドあたりがデザインしたような感じだもん。
●暗礁に乗り上げた核軍縮
ニューヨークで開かれてた核拡散防止条約(NPT)再検討会議だけど、保有国と非保有国の思惑違いもあって決裂した。
これはホントは重大なニュースなんだよね。今回の会議は、イランや北朝鮮の核開発疑惑のほかに、核の闇市場の発覚とかもあって、核不拡散への新たな対応が迫られてたからさ。昔は核兵器は国家が持つもので、国家間の条約で規制すりゃよかったんだけど、パキスタンのカーン博士のネットワークとか、国家以外のところに漏れ出してるから、従来の枠組みで規制するのはもう無理なんだろうね。国際原子力機関(IAEA)事務局長の続投が決まったエルバラダイが言ってるように、すべての核物質を国際的にコントロールしないとダメなのかもしれない――それがどこまで可能かは別問題として。
アメリカは核軍縮に消極的だしね。包括的核実験禁止条約もアメリカの拒否でいつまでも発効できない。
そう、そもそもNPT条約で米・露・中・英・仏の五カ国だけが核保有国として認められてるのがおかしいんだけど、別に核の独占を認められたわけじゃなく、核保有国も核軍縮を求められてるんだよ。他方、イスラエル、それにインドとパキスタンは、NPT条約でいう核保有国じゃないにもかかわらず、事実上、核を保有してるわけだ。北朝鮮は、核を持ってなかったからアメリカに容易にやっつけられたってことでイラクを反面教師とする一方、とくにパキスタンのモデルに倣おうとしてるんじゃないかな。パキスタンのムシャラフ政権が核保有を黙認され政権を維持できてるのは、ひとえにアフガニスタン戦争でアメリカに協力したからなんだけど。いずれにせよ、日本は唯一の被爆国だし、安保理の常任理事国になりたいっていうんなら、いまこそ核軍縮にむけてもっとイニシアティヴをとるべきなのに。

まったくだ。
そんななか、ブッシュは国務次官のジョン・ボルトンを国連大使に指名した。
露骨な国連批判を繰り返してきた超タカ派だよね。核疑惑を抱えてる国に対する歯に衣着せぬ暴言でも有名。金正日を「専制的独裁者」と呼んで北朝鮮から「人間のくず」呼ばわりされたらしい(笑)。
イラク戦争のときアメリカは国連に大量破壊兵器を提示すると言ってたけどついに持ってきた、それがジョン・ボルトンだってジョークもあるくらい(笑)。金正日批判に異論はないけど、もっと凄い発言もしてきてるよ。「国際連合なんてものは存在しない。唯一の真の超大国・米国に時として率いられる国際社会があるだけだ」「私が国連安保理を再編するとしたら、一つの常任理事国しかつくらないだろう」「国連ビルの三八階のうち仮に一〇階分が失われても何も変わらない」ってな調子。国務省でコリン・パウエル前長官の足を引っ張り続け、リチャード・アーミテージ前副長官に「オレの許可なしにあいつに公けの場でスピーチをさせるな」とまで言わせた。最終的には上官の命令に従うっていう軍人気質があれほど身に染み付いてるパウエルさえ、例外的に、ボルトンの国連大使就任には反対だって言ってるくらいだからね。さらには、言うことをきかない部下にモノを投げつけるとか、東京都副知事を辞めさせられる浜渦武生も真っ青の暴力野郎らしい(笑)。
でもこの人事、まだアメリカの議会でも承認されてないんでしょ。もちろん民主党も猛反対だし。
まさに異例の展開で、外交委員会はボルトンの人事を承認しないまま本会議に送り、そこで採決することになってるわけ。自民党の総務会が、郵政民営化法案の内容は承認しないがとりあえず国会提出は了承するって言った、あんな感じかな(笑)。まあ、共和党で多少の造反者が出ても多数の力で承認されるとは思うけどね。ブッシュ政権も二期目に入って一応外交重視の姿勢を見せようとしてるところなのに、最悪の選択だと思う。
何とも凄いなぁ。多数決の民主主義というのは一体、何なのか、って話だね。まあ、こんなドタバタというか、始めに否決ありきは長野嫌疑塊じゃなかった県議会では日常茶飯事だ。副知事も教育長も県職員から選ぶべし、と言っておきながら、提案すると否決して、次の議会では、どうして不在の儘だ、と叫く(笑)。認知症かも知れないね。
●沖ノ鳥島に都庁舎を!?
本誌で触れた都知事の石原慎太郎だけど、五月の終わりに領土問題で注目されてる沖ノ鳥島まで五二時間もかけて行ったらしい。TVで見てたら、「沖ノ鳥島 日本国」と書いた石の標識にキスしたり、日の丸を立てたり、周囲を泳いだりして、「あれは島だ。日本の領土だ。文句あるか」って言ってたよ(笑)。「そこに支那の原潜でも浮上してくれたらいいね。あえて一戦もうけるよ。わたしそこで死ぬ気でやるよ」とか言ってやけに盛り上がってるの(苦笑)。
視察団として一〇〇人くらい引き連れていったんだよね。都職員とか国土交通省職員の他に、海外メディアも含めた報道関係者が四〇人くらいいた。沖ノ鳥島は岩だとして周辺を海洋調査してる中国を牽制し、あそこが日本の排他的経済水域(EEZ)だってことを国内外にアピールしよう、と。
石原は海洋温度差発電所をつくるとか言ってたな。「経済活動すれば、明らかに日本の領土だという実証になる」と。
一方、石原は英タイムズ紙のインタビューで「日本は二〇〇八年の北京五輪をボイコットすべきだ」とか、「中国が尖閣諸島を占拠しようとすれば『小規模戦争』も検討すべきだ」とまで言ってる。

中国の覇権主義は目に余るけど、それは別として、少なくとも沖ノ鳥島は岩でしょう。標高一メートルに満たないちっちゃい岩の周りにコンクリートの防波堤をつくってるだけなんだから。防波堤のほうが岩の一〇〇倍ぐらいデカい(笑)。
そういう意味で言うと、発電所をつくるなんて言ってないで、いっそのこと東京都庁を沖ノ鳥島に移しちゃえばいい(笑)。サンダーバードの基地があるトレーシー・アイランドみたいな感じで。石原はずっとそこにいていろいろな司令を出し、都合が悪くなると電波状態が悪いってことで消えちゃう(笑)。大好きな海で過ごせるし、いいんじゃない(笑)。
ああ、それは最高だね。登庁が週に二〜三日だなんてくだらないケチも付けられなくてすむ(笑)。
長野県も知事室分室が塩尻にあるでしょ。美ヶ原の裾野に位置する一三万坪の林業総合センターの既存施設を活用して、週のうち二日か三日はそこで仕事をしてるんだ。で、会議をすると長野市でやる時とみんな発想が違うんだよね。部長とかも生き生きしてるし。中途半端な地方都市で長野市の県庁のような建物にいると、中途半端な威張りになっちゃうからダメなんだ。だったらよっぽど田園とか森の中、海の中に連れてったほうがいい。
教育で林間学校や臨海学校がいいのと一緒だね。
そうそう。だから石原も沖ノ鳥島に是非(笑)。
●談合の三題噺

国土交通省が発注した鋼鉄製橋梁の建設工事をめぐる談合事件が発覚したね。
前から僕は言ってるけど、橋とトンネルとダムって補正予算が膨大についてくるんだよ。道路だったら造り出して金がなくなりゃ途中で止めてもいいわけ。そこまでは使えるから。ところがトンネルだとそうはいかない。途中じゃ使えないし、トンネルにすると地盤が弱いっていう理由でいくらでも補正が組める。橋も橋脚だけ建てても意味ないから同じ。ダムもいったんつくり始めたら最後までやらなきゃ全部ムダになるってことで、当初の三〇〇億円が一〇倍以上の四〇〇〇億円になっちゃったりする。だから、この三つはホントに金食い三題噺なんだよね。
普通、最初の予算が何倍にも膨れ上がるなんてあり得ないのに。
まったく。だって認知症のおばあさんが急に増えたからって、福祉の補正予算を年度途中で立てるなんてあり得ない。でも、公共事業のこの三題噺では立てられちゃうんだよ。
あと公共事業でいうと、いまつくってる九州新幹線の長崎ルートってあるでしょ。あれ実は佐賀の人たちは反対してるんだよ。結局、整備新幹線だから地元の費用負担が三分の一で、しかもでき上がった後は在来線を地元で運行しなきゃいけなくなる。そうすると佐賀としては要らない、普通の電車でいいと思ってるわけ。だからあれは長崎の一部の利権派が言ってるだけで、佐賀は県を挙げて反対してるんだよね。おもしろい状況だなと思って。ってことで、小泉は誇らしげに構造改革とか言っているけど、実態は改革なんかできてないんだ。
だから、基本はやっぱり出口改革なんだよ。入り口で郵政改革によって資金の流れを絞るってのはいいけど、出口がジャブジャブのままじゃどうしようもない。ちなみに、猪瀬直樹チェンチェイが道路関係四公団民営化推進委員会に残って頑張ってると思ったら、週刊誌報道によると、彼だけが「セキュリティ上の理由」で委員会に黒塗りのハイヤーを提供させ、それで六〇〇万円くらい使っちゃってるっていうから、まったく(苦笑)。
そういう人物なんだよ。長野県出身者だけどね。あと、高齢社会で福祉は増やせないなんていうけど、福祉の予算を箱物中心で考えるからダメなんだよ。ソフト事業で考えなきゃ。そこが大きく間違ってるんだよね。特別養護老人ホームには利用者六人に一人のスタッフ、これに対してグループホームは三人に一人の規定だから、六人に二人。これだけで地域雇用は二倍になる。一ベッド当たりの建設費も、特養は一〇〇〇万円から一五〇〇万円に対して、グループホームは三〇〇万円から五〇〇万円で三分の一の費用。ところが、介護報酬は要介護5の場合に、特養は三二万二五三〇円、グループホームは二三万二四七〇円。九万円も低いんだ。でも、この報酬を逆転させれば、農協や建設会社の巨大な利権としての特養ではなく、地域のコモンズ密着型のグループホームへと政策誘導できるんだ。これが正しい補助金の在り方。なのに、小泉のやってる「改革」は利権構造の大本を変えないでシーリングかけて金額だけ絞ってるからみんなが苦しむだけ。
そういや、ソフト事業ってことでいうと、善光寺平を一望する小布施町の外れに雁田山って採石場があってね。例のオリンピック・バブルの時期に競技場や新幹線を建設する為の骨材山だった。で、山肌が削られてて景観上も疑問な、一種の迷惑施設だと地元住民が言ってる場所があったの。で、ここに県も補助して植林するようにしたんだ。地元の二つの採石業者と協力して地元住民にも来てもらう植樹イベントにした。するとなんと五〇〇人も集まったんだよね。で、一緒に植林して業者が焼き肉や焼きソバをつくり、僕もお箸を配ったり紅生姜をのせたり。家族や住民に自分の勇姿を見せる感じで、職人が皆、生き生きしてるんだよ。分業化社会の中で、ガテンな人々すら、子供や妻や両親に、自分の働く姿を見せる機会が無くなってるんだ。こういうお父さんの“事業”参観を、今後、県内各地で催そうと思ってる。それと感じたんだけど、木を植えるってやっぱりすごいことなんだよね。安藤忠雄も淡路島で花博やったとき、建築現場で働いた職人に全員、建物の壁の片隅に名前書かせて一本ずつ木を植えさせたんだって。で、毎年、家族連れで皆が集う。今年は木がどのぐらい伸びたとかいってね。つまり、木ってのはある種の墓なんだと思うな。自分よりも何百年も長生きするんだから。だから、軽井沢あたりでも碓氷峠を越えた駅の手前に希望者を募って桜の木をどんどん植えていこうと。別荘族だと、もしかしたら五万円くらい払っても植えたがるんじゃないかな。軽井沢に自分の木、桜の墓があるってことだからさ。孫が来て、これはじいさんやばあさんが植えた木だっていうのいいでしょ。だから僕は、これからの植樹はバイネームだと思ってるわけ。今後はどんどん各地でやっていこう、と。
いいアイディアだね。くだらない箱モノ公共事業と違ってコストもかからないし、環境改善にもつながるし。
●ガードレールの謎
全国のガードレールに謎の金属片ってのは何なんだろうね。二万七〇〇〇か所以上で見つかってるんでしょ。
そう。これ、気になるんだよね。長野県でも見つかってるんだ。ぶつかった車の一部だって国交省の調査委員会はほぼ結論づけたみたいだけど。だとすれば、事故検証の後に警察が全部取れよって話なんだけど、よくわかんないね。
事故車の一部と思われるものがかなり多い一方、人為的にやったとしか思えないような挟まれ方をしてるものもあるみたい。

まぁそうだろうなあ。普通、事故だったら気づいて外しとくはずだからね。こんなに何十センチも出てたら危ないことは誰だったわかるわけだし。
映画「サイン」を撮ったナイト・シャマランあたりが面白がりそうな話だね。あの映画はミステリー・サークルがテーマで、やっぱり何の意味もないんだけど。とにかく、昔からあったのに気がつかなかったのか、話題になったとたん、全国でこんなに見つかっちゃったわけだ。
だけどこれ、ガードレールが木製だったら起きなかった事件だね。挟んだりできないからさ。やっぱり長野県で進めてる信州型木製ガードレールがいいんだよ(笑)。そういや関東知事会のときに木製ガードレールの話をしたら、資料も何もないのにみんなすごく反応するんだよね。あぁそれはいい、やりたいって。だから県外にも売っていこうってことになったの。
それはいいね。林業の振興にもなるだろうし。
なのにそれを無駄な公共事業だとして予算を半減しちゃったおバカな長野県議会もいるんだけどね(苦笑)。実は国交省でも評判がいいんで、補正予算を付けちゃった。さ、今度はどう評価してくるんだろうね(笑)。些末ないちゃもんを本会議でも言い続けているけど。
●メディアの堕落
本誌でも触れたけど、このところメディアのダメさが目立つ事件が本当に多いね。NHK「プロジェクトX」がやった虚偽というか誇張の問題もひどいと思うよ。
淀川工業高校ってところの合唱部の話でしょ。ひどく荒れた高校だったと放送では言ってたけど大して荒れてなかったんだよね。
合唱コンクールの会場にパトカーがやって来たとか、警察沙汰が絶えなかったような印象を与え、それが全国コンクールで金賞を取るまでになったっていう「美談」に仕立て上げてるわけ。実はそんなに荒れてなかったし、吹奏楽部のほうはもともと有名だったっていうのに。そもそも、「プロジェクトX」ってのは、異様なガンバリズム讃歌にせよ、ガンバッた人たちをスタジオに招き、ヴィデオのあとやけに間を取ってその人たちの涙を見せようとする陋劣な演出にせよ、ついでに言えば醜悪というのも愚かな中島みゆきの主題歌にせよ、およそTV番組として最低のシロモノだと思う。「プロジェクト・ペケ」って感じ。誇張しなきゃネタがなくなったっていうんなら、さっさとやめてほしいよ。
NHKは視聴者の信頼を回復するための「デジタル時代のNHK懇談会」とかいう有識者懇談会の委員に、永井美奈子を選んじゃうくらいだからさ。
えっ、そうなの?
あとは岐阜県知事だった梶原拓とか全日空のスッチー上がりの執行役員とか。毒にも薬にもならないから、会合費用だけでも無駄遣い。だいたい有識者と称するような人物を集めた委員会って、何ら実効性がないってことは、今や一般にも知れ渡っちゃっているわけでさ。それでパブリック・コメントを取るって言うわけでしょ。でもパブコメなんてものを出してくる連中は往々にして投書オタクだったりする。ほんとにパブコメをとるんだったら、視聴者全員に専用携帯電話を与えてイエスかノーか聞かなきゃダメなわけよ。もう手続民主主義の嘘くささというのがバレてるんだから。

そういえば、JR西日本も、安全対策のために外部メンバーからなる諮問会議をつくるとかいって、工学の専門家のほか、こないだまでシンクロナイズド・スイミングの日本チームのコーチをやってたおばさんをメンバーに入れてたな。そんなことなら、組合を通すにせよ通さないにせよ、現場で仕事をしてる連中の声をどんどん吸い上げるほうがはるかに有意義だと思うけど。
そういうこと。
あと、メディアの話に戻れば、レッサーパンダが立ったとかいってすべてのメディアが熱狂してるってのもねぇ(笑)。
これはおかしいよね。若貴問題もそうだよ。ニュース番組が延々と流す問題かい? 日本ってこういうのが時々ある。でも、長野の動物園もうちのパンダも立ちますとか言っちゃってさ。
専門家は「レッサーパンダが立つのは解剖学的に当たり前」なんて言ってるけど、確かに最初に立った風太ってのは骨盤がちゃんと入ってしっかり立ってるよね(笑)。
ほんと着ぐるみが立ったみたいで、あれはなかなかのもの。でも、この風太って今は千葉市動物公園にいるんだけど、繁殖のために静岡の動物園からレンタルされてる助っ人レッサーパンダなんだって。だからCM出演とかグッズ制作もちょっと権利関係が面倒らしい(笑)。
動物園が自然な生態を見せる工夫をしたりして観客を集めてるのはいいことだけど、営利目的で見世物路線に走るのは絶対によくない。民営化された美術館や博物館もそうだけど、そもそも営利目的の施設じゃないんだから。
そのとおり。
ちなみに、動物ってことでいうと、東京湾に迷い込んだコククジラってのもいたね。
そうそうあのコククジラも朝日新聞社のヘリに追い回されたあげく、定置網に引っかかって死んじゃったらしい。ひどい話だよ。それでいえば、あのタマちゃんはどこへいっちゃったんだよ。あれだけマスコミは大騒ぎしたんだから、「あの人は今」シリーズと同じように「あの動物は今」ってのをやれっての(笑)。
いや、そのタマちゃんがどうやら帰ってきてるらしいんだけど、もう昔ほどかわいくないっていう説も(笑)。
そうだったのかぁ。ペットショップで買われていくのを待つ、哀愁を帯びた犬もそうだけど、リンカーン時代から人間の残酷さは変わらないねぇ。
●愛・地球博は面白い?!
五月二五日に愛知万博で「信州・長野県の日」ってのがあったんでしょ?
そう。「都道府県の日」っていう公式催事があって、中部圏の県はマストな訳。EXPOホールっていう会場でイベントをやったんだけど、他県、他国に先駆けて初の満員御礼三回転でさ。
すごいじゃない。何をやったの?
会場にガラス張り知事室を再現して、原産地呼称管理制度や森世紀プロジェクトといった戦略を紹介するってコンセプト。C・W・ニコルとコシノジュンコと田崎真也をゲストに呼んで三部構成で各二時間。それぞれ僕とトークしたり映像を流したりしたんだ(http://www.pref.nagano.jp/keiei/brand/chikyuhaku/chikyu_main.htm)。田崎には信州の特産物について語ってもらい、コシノには伊那谷・飯島町の「いいじま絹」を紹介してもらった。これは塩のカメで漬けた塩蔵と呼ばれる生糸で、色が変色しなくてきれいなんだよ。それから、信濃町に森を購入して、アファンの森として整備しているニコルとは県産の木材を使った家具を紹介しながら豊かな森林をアピールした。お陰様で一七〇〇人くらいの入場希望者の行列ができて、二時間半待ちの大盛況だったよ。
そういう工夫は面白いよね。愛知万博は、愛知県が学校の生徒を全員招待してることなんかもあって、入場者数が意外に伸びてきてるし、何かいろいろ催しはやってるようだけど、結局みんなが同じものしか観に行かないのか、それ以外の情報が伝わってこない。
冷凍マンモスとかトヨタ館とかね。まぁマンモスはたしかに皮と肉がついてるから珍しいんだけど、未来ビークルとか言ってロボット・ショーを見せるトヨタ館はどうなのかな。あれをアイザック・アシモフの「アイ、ロボット」の反逆の悲劇くらいにまで昇華して訴えてりゃ面白いんだけどさ。でも、会場では名古屋っぽい人がトヨタ館目がけてブワーッと行くわけ(笑)。
未来ビークルなんて、自分が乗れなきゃつまらないだろうに。
僕は海外のパビリオンではカタールを見たんだけど、もったいないことに磯崎新のやってる建築とか何も展示してない。あれじゃダメだよ。カタールなんてどんどんビル建ててるんだから、それを環境との絡みで紹介するような展示をしなきゃ。金はあるんだからどんどんCGで見せるべき。
中東でいえば、ヨルダン館には死海を再現して浮けるプールがあるらしいね。
僕は行けなかったけどスペイン館もなかなかいいみたい。だから実際には結構いろいろあるんだよ。
だけど、パブリシティ不足もいいとこだよね。ローリー・アンダーソンのパフォーマンスなんかもあったけど、ガラガラだったらしい。僕もあったことすら知らなかったくらいだから。まあ、彼女に関しては初台のICC(インターコミュニケーション・センター)でもうすぐ回顧展(http://www.ntticc.or.jp/index_j.html)が開かれるからいいとしても、他にもいろいろなことをやってるらしいのに、もったいないよ。
ほんと。
ただ、前から言ってるように、一九七〇年大阪万博なんかと比べると、力の入れ方がぜんぜん違うなあ。大阪万博には今年の「東京の夏」音楽祭で久しぶりに再来日するカールハインツ・シュトックハウゼンのような前衛作曲家までいっぱい参加してたんだから。
そういえば、岡本太郎が万博の「太陽の塔」とほぼ同時にメキシコで制作してた「未来の神話」っていう巨大な壁画が発見され、日本で修復されることになったんだね。メキシコのホテルの依頼で制作してたところ、ホテルが倒産して、作品が行方不明になってたのを、数年前に岡本敏子が探し当てたわけ。岡本敏子はこのあいだ死んだけど、岡本太郎の死後も献身的に尽くしたことになるわけだ。ただ、ぼくはちょっと違和感があってさ。岡本太郎はパリの前衛グループでダンディ気取りが身についてたから、岡本敏子を「養女」ってことにしてた。そういう不自然な関係っていったいどうなのか。現に、岡本太郎が死んでから、岡本敏子がいたるところにしゃしゃり出て、岡本太郎はこういう人だったんだ、こういうことを考えてたんだとか、今までのフラストレーションを爆発させるかのごとく勝手にしゃべりまくるようになったわけよ。ダンディだった岡本太郎にとっては耐え難いことだろうな。むろん、それも岡本太郎が岡本敏子を「養女」扱いしてたことのつけがまわってきたわけなんで、まさに身から出た錆なんだけどね。
まったくだ。まあ、全てを消費される場にさらけ出しても猶、ダンディであり続けるというのは、今のメディア社会に於いても難しいことだけど。
ちなみに、未亡人問題でいうと、バルテュスことバルタザール・クロソフスキー・ド・ローラの未亡人の節子・クロソフスカ・ド・ローラも問題だと思うよ。バルテュスってのは、奇妙に稚拙なロリコン趣味の変態絵画で有名で、モダニズムの抽象の流れが行き詰ったかに見えたとき、その反動的な変態絵画がかえって面白く見えたりもした、まあ、その程度の画家でしょ。で、日本で見初めた女性を、いわば永遠の少女として、あるいは着物の似合う人形として、妻に娶ったわけね。ところが、夫の死後、その未亡人が、バルテュスこそはヨーロッパ美術の伝統を受け継ぐ最後の巨匠の一人だった、そのバルテュスの薫陶を受けた自分や娘も美の孤塁を守っていくんだとか、そういう感じになってるの。むろん、個人の趣味として「美的生活」を楽しむのは結構だけど、それを日本の雑誌やなんかで宣伝するのがすでに「美的」でないってことが、どうしてわかんないのかな。最近出た本なんて、実質、自分の着物自慢なんだもん。僕はバルテュスの変態絵画をあくまで変態絵画として面白がる――比較すると不当に軽視されてる兄のピエール・クロソフスキーの変態文学や変態絵画とあわせて――っていう立場であるだけに、遺族には冷然として沈黙を守ってもらいたいと思うんだけどなァ。
●ブッシュと十字軍
以前この対談で触れた「トロイ」や「アレキサンダー」の流れでいうと、今やってる「キングダム・オブ・ヘブン」っていう十字軍の映画もやっぱりもろにブッシュ批判なんだよ(http://www.foxjapan.com/movies/kingdomofheaven/)。
ああ、リドリー・スコットの新作でしょ。
そうそう。キリスト教徒がエルサレムを支配してたのを、サラディンの率いるイスラム教徒側が取り返す前後の話なんだけどね。キリスト教徒のエルサレム王であるボードワン四世は、今で言うハンセン病にかかって、金属の仮面をかぶってるんだけど、それがかえってエレガントな感じだし、彼の宮廷もマルチカルチュラルな雰囲気を湛えてるし、現にサラディンとも非常にうまくバランスを保ってやってきた、と。しかし、そこへブッシュとその手下たちみたいな乱暴ものがいっぱいやってきて、異教徒は絶対許さんとか、異教徒と妥協するやつも背教者だとかいうことになる。で、ボードワン四世が死ぬと大戦争になって、結局サラディンにまんまとやられちゃう。その負け戦を何とか最小限の犠牲で収めるのがオーランド・ブルーム演ずる主人公で、この主人公の話がつまらないから映画としてはダメなんだけど、十字軍の描き方としては非正統的でちょっと面白い。「キングダム・オブ・ヘブン」、つまり「天の王国」と言われるエルサレムだけど、それがどれほどの暴力や悲劇を生んだか。とくに、仮面をかぶったボードワン四世をエドワード・ノートンが演じてて、すごくいい。あと、サラディンも暴力的であると同時に洗練されてもいて、砂漠の戦闘の後にシャーベットを食べたりするわけよ。
なるほど、面白そうだね。
他方、日本で言うと、いま話題なのは宮藤官九郎関係かな。映画の「真夜中の弥次さん喜多さん」…
それにTVの「タイガー&ドラゴン」(http://www.tbs.co.jp/TandD/)。
まあ両方とも江戸マニエリスムって感じだけどね。
「真夜中の弥次さん喜多さん」は、しりあがり寿の猛烈にシュールレアリスティックな不条理マンガが原作なの(http://www.yajikita.com/)。ゲイの道行きなんだけど、喜多さんがドラッグ中毒で妄想の世界に入ってるわけ。もともとの「東海道中膝栗毛」自体、ゲイの話ではあるんだけど、さすがにドラッグまでは出てこないからさ。
それが映画になったんだ。
弥次さんを演ずるのは「池袋ウェストゲートパーク」に出てた長瀬智也なんだけど、よくジャニーズ事務所がこんなゲイの道行きの映画に長瀬を出したと思うよ(笑)。
言えてるなぁ。あのジャニー喜多川の事務所だからね(笑)。で、喜多さん役は誰だっけ?
タクシー暴行事件の中村七之助(笑)。
映画としてはどうなの?
いや、この二人なんかはすごく頑張ってるんだけど、原作のマンガがあまりにも不条理だから、それをまともに映画化しようとして結局こけたって感じ(笑)。
なるほど。
やっぱり映画だと長すぎて、TVドラマくらい軽いほうがいいんじゃないかな。「タイガー&ドラゴン」も江戸マニエリスムっていうか、悪く言えばマンネリズムだし、「いまむしろ落語が新しい」っていうとんがった姿勢より「昔なつかしい人情噺の世界でなごみたい」っていう後ろ向きの姿勢で受けてるんだと思うけどね。毎回、古典落語が下敷きになってて、その落語が高座で語られ、時代劇として演じられると同時に、その話を現代化したストーリーも同時に演じられるっていう、かなり凝ったことをやってるわけよ。主人公は、両親が自殺してやくざに育てられ、借金の取り立てですごんでみせるだけが能っていう虎児。これがふと落語にはまって落語家に入門し、落語家に授業料を払うかわりに自分は彼から借金を取り立てるって話になってる。他方、落語家の息子の竜二は、落語がうまいのに、反抗して裏原宿で売れないブティックをやってる、と。この虎児と竜二のタイガー&ドラゴンを、「池袋ウエストゲートパーク」の長瀬智也と「木更津キャッツアイ」の岡田准一が演じてて、宮藤官九郎ドラマとしてはいわば黄金コンビなわけね。あと、笑福亭鶴瓶をわざとやくざの親分にして、ほとんど落語をやらせないとか、なかなか洒落たキャスティングなの。ただ、最大の問題は、「木更津キャッツアイ」もそうだったけど、女性の問題がちゃんと扱われないことかな。要するに、男の子たちがわいわい騒いでるのを見て女性の視聴者が楽しむってパターンになってる。その枠内ではたしかにうまいんだけど。
宮藤官九郎ってどこから出てきたの?
松尾スズキの「大人計画」ってとこの役者。いまでもいろんな舞台に出てるよ。TVの出世作「池袋ウエストゲートパーク」は、石田衣良の原作がどうしようもなくダサいにもかかわらず、宮藤の脚色のおかげで見違えるほどセリフの切れがよくなった。それから「木更津キャッツアイ」をへて「タイガー&ドラゴン」と続くわけ。まあ、すでにマンネリズムといえばマンネリズムだろうけど。
なるほど。しっかし、浅田彰の頭の中も覗いてみたいぜ。どうして一見、縁も所縁もなさそうなジャンルにまで博覧強記なのよ(笑)。
他方、話はがらっと変わるけど、最近の日本文学では、絲山秋子と鹿島田真希って二人の女性作家がかなりおもしろいよ。何と言うか、ホントにイッちゃってる人たちなんだけどさ。絲山秋子は僕も選考委員をやってる文學界新人賞でデビューしたんだけど、『逃亡くそたわけ』って新作は、実際、主人公の女が精神病院で知り合った男と二人で脱走してガーッと九州を縦断するというロード・ムーヴィみたいな小説で、けっこう迫力があるし、方言の扱いなんかがうまくて、やけくその笑いに満ちてる。鹿島田真希のほうはこのあいだ「六〇〇〇度の愛」で三島由紀夫賞をとったんだけど、前作の「白バラ四姉妹殺人事件」も悪くなかった――っていうか、前作の徹底して表層的な言語感覚のほうが面白くて、長崎を舞台とするマルグリット・デュラスのパロディみたいな「六〇〇〇度の愛」は、デュラスっぽいところが見え透いてるというか、それにしては登場人物の男の造型なんかが浅すぎるというか。しかしまあ、ガキが何も考えずに書きなぐったような小説が横行するなか、一応ヌーヴォー・ロマンなんかを踏まえて書こうとする姿勢は貴重だし、どちらもなかなかの力作には違いない。やっぱり女性でちょっとイッちゃってるぐらいでないと、もはやクリエイティヴィティはないのかも(笑)。
草間彌生のようにね。その草間も最近はビジネスに走りすぎてるんだけど。
と言ってたら、倉橋由美子が死んだね。一九六〇年代は、大江健三郎のサルトルに倣った熱いアンガージュマンに、倉橋由美子のヌーヴォー・ロマンに倣った冷たい言語遊戯が対峙してた感じで、中学・高校時代はどうしてもひねた見方をしがちだから、僕なんかも、大江健三郎はすごいってことを内心では認めつつ、あえて倉橋由美子を読むって感じだった。ミシェル・ビュトールに倣って「あなた」を主人公にした『暗い旅』っていう初期の小説があって、それに出てくるシァンクレールっていう京都のジャズ喫茶も僕の大学時代までやってたからね。もうすぐ出るサン=テグジュペリの『星の王子様』の新訳も含め、いろいろと翻訳もしてたし、数年前に死んだ多田智満子なんかと通ずるところもあった。良かれ悪しかれ品のいいああいう知的な女性たちが去って行って、後にはイッちゃったやつばっかりが残るって感じだなァ。 ついでにいうと、倉橋由美子の少し前に、塚本邦雄も死んだ。いわゆる前衛短歌の担い手のうち、寺山修司と塚本邦雄が死んで、岡井隆だけが残ったわけだ。ただ、耽美主義者だった塚本邦雄がその耽美主義ゆえに反社会的ポーズを貫いたのに対し、岡井隆は平気で歌会始の選者になっちゃうんだね。そんな岡井隆がかつての前衛短歌の同志を悼むみたいな感じで塚本邦雄の追悼文をいたるところに書きまくってるのは、なんかイヤな感じ。そういえば、前衛短歌のプロデューサー役としても有名な中井英夫の『中井英夫戦中日記 彼方より<完全版>』(河出書房新社)が出たけれど、市ヶ谷の参謀本部に情報教育係として勤務しながら、母の死をめぐる慟哭と同性愛をめぐる葛藤の中で昭和一九年にこう書いてるんだからね。「『世に天皇のしろしめし給ふところ』の軍隊は単に一個の軍閥とよんで何等差し支えはないのだ。ましてそれが臭気ふんぷんたる、資本主義と手を結び、南部に帝国主義的な進駐を開始するに到った昭和十六年某日よりの行動は、革命の日もつとも指弾し全面的に責任を問ふべき醜悪なる事実である。」そういう怒りから出発しつつ、しかも革命はついに来ないっていう絶望を転換点として展開されたのが前衛短歌なんだから、およそ歌会始なんかと両立するわけがないっての。ともあれ、塚本邦雄の次の世代で、ホモエロティックな美学で知られる春日井健も、塚本邦雄より先に死んじゃったし、俵万智からケータイ短歌へっていうような表層化の流れは、もう押しとどめようもないのかもしれないな。
芸術の世界でも、悪い奴ほどよく眠る訳だ(苦笑)。もっとも、最近の若い世代は、流れに竿さすの意味が逆になってしまったように、悪い奴は早死にするという意味に捉えかねないね。小泉純一郎に代表されるように、要領の上手い奴が良い奴だと、言われかねない御時世だから、無理もないとも言えるんだけどさ(苦笑)。
●マイケル・ジャクソンと陪審制度
マイケル・ジャクソンが少年への性的虐待で起訴された裁判は、やっぱり全面無罪になったね。前に言ったように、被害者の少年たちの証言が揺れ動いたし、とくに被害者の母親が相当あやしい人物だってことを、辣腕弁護士がうまく印象付けたのが大きかった。刑事裁判では「合理的な疑いの余地のない(beyond reasonable doubt)」証拠を要求されるから、「疑わしきは被告人の利益に」ってことになったのも仕方ないね。
しかし、陪審員制度ってのはやっぱり問題だと思うよ。最初、白人の、しかも女性が多いってことで、マイケルに不利と思われてたけど、あえてその陪審員を忌避しなかったのは、マイケル側の戦略だったって説があるの。白人の主婦たちは、マイケルのことも怪しいと思うだろうけど、そもそも子どもをマイケルと一緒に泊まらせた母親、しかも後になってその件でマイケルを強請ろうと狙ってたかに見える母親のほうに、いっそう反感をもつだろう、と。判決後の陪審員の会見を見ても、その狙いは完全に当たった。まあ、O・J・シンプソン裁判ほどひどくはないにせよ、ちょっと問題のある裁判ではあったよね。
こういうことからしても、日本で裁判員制度を導入するってのは、もう手遅れかもしれないけれど、やっぱり考え直したほうがいいな。アメリカの場合、陪審員だけで合議して全員一致で有罪か無罪かを決め、裁判官が量刑を決める。他方、日本の場合は、裁判官三人と民間の裁判員が合議して多数決で決めるんだから、大体は裁判官の意見に従うことになるだろうし、量刑まで決めるとなると、ますます素人には判断できないよ。これだけは、法律のプロが専門知識に基づいてクールに判断するのがいいと思うけどな。
確かにね。社会性のない裁判官も困ったもんだけど、裁判員制度は、キリストの死刑を群衆が望んだのと同じ制度になりかねないからね。総統ピラトも自分の身を投げ打ってでもキリストを救う程の覚悟はなく、最後は群衆の声に従って磔刑を命じてしまう。屈しない・逃げない裁判官が、どれほど居るのか、はなはだ疑問だけど、バイネームで仕事をするという意味ではまだしも、裁判員制度より少しだけベターかもね。
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