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トップ ■ 連載 第三十三回「続・憂国呆談」番外編Webスペシャル
 2005年6月号

憂国放談    ............... ■ いよいよ改正方向に動きつつある憲法問題。しかし、いまでもその改正は大きなトピックなのか? 他にもニッポン放送問題の総まとめ、欧米文化の奥深さ、さらには田中康夫のヴェネツィア訪問話など、今月も多彩に語り尽くす!
...............


いまどき憲法改正を論ずるナンセンス


●なぜいま憲法改正なのか?
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浅田 彰 欧州憲法の批准をめぐってヨーロッパ各国で議論が起きてるね。

田中康夫 そうそう。五月終わりにはフランスで国民投票があるんでしょ。

浅田 彰 基本的に国民は「ノン」のほうが多い。福祉国家の中での既得権を守りたいからね。だけどここで拒否したらEUにおけるフランスの立場が弱体化するって話もある。微妙なところだな。

田中康夫 ただ、憲法までつくる必要があるのか、僕は疑問だな。そりゃ経済面に関してはEUで協力するべきだろうし、そうしないと一国御都合平和主義ならぬ介入主義のアメリカに太刀打ちできないだろうけど、法的なことまで共通にしなくてもいいんじゃない? だいたい今の時代に、憲法なんていうお題目はもう要らないって気もする。イデオロギーの時代じゃないわけだからさ。

浅田 彰 そういう意味じゃ、僕は、日本でも憲法改正なんていま議論すべき問題じゃないと思うよ。

田中康夫 そうなんだよ、憲法論議は究極のモラトリアム論議。各地の青年会議所とかが、シンポジムを開いたりするじゃない。「日本の未来を考える」みたいな。タイトルだけ見ると、護憲なんだか改憲なんだか創憲なんだか、よぉ判らん(笑)。本から孫引きしてきたような大言壮語を語るんだけど、地元の市長選で誰を推すか、って話になると、そろそろ変えなきゃいけないけど、オヤジが現職を応援しているから自分は表には出られない、みたいな反応。おいおい、足下の問題でリスクを負えない甘チャンが、どうして天下国家を変えられるよ。早い話が、開明的論陣を自任していた筈の「神戸新聞」や「信濃毎日新聞」が、神戸空港をはじめとする具体的各論になると、田中康夫の言説に猛反発する恥ずかしさと似ている(笑)。だから、このところの動向は面白いよね。アメリカは明らかに、日本に憲法改正させないように軌道修正してきてるわけでしょ。中韓朝台が一触即発に近い状態の中、イニシアティヴはアメリカが握り続けたい。飽く迄も、その下で日本を「貢献」させたい。下手に憲法改正して、日本が勝手に動かれると困る。これが最近のアメリカの認識。だからさ、保守の改憲論者たちはどうするのかってことだよ。連休にワシントン入りした安倍晋三が、国家主義的言説を語らずに、経済問題を主軸に語ったのも、或いは、こうした動きを安倍に御注進した奴が居たんじゃないかな。

浅田 彰 だいたい、アメリカに押しつけられた憲法はいかん、主権者の主体的な選択で選びなおせ、とか言うけど、改正規定のある憲法がこれまで改正されずに来た、それで十分じゃない? そもそも国民共通の主体的な意志の表現としての憲法なんていうのはおかしいんだよ。それは切通理作が前に「朝日新聞」(四月一九日付「こころの風景」欄)に書いてたとおり。「護憲派も改憲派も、どちらも共通して『主体性』を欲している気がする。自分たち国民が選んだ法律として改正するか、あるいは現行のままにせよ自分たちの言葉として取り戻していかねばならないというわけだ。[……]しかし私は『本当にそうなのかな?』と思う。法律とは、みんなのやりたいことを実現するためのものなのだろうか。むしろその逆ではないのか。誰かの、あるいは一部の勢力のエゴだけを通すことで、他の人々が一方的に犠牲になるのを防ぐための『バランス』なのではないか。[……]北朝鮮の『主体思想』のごとく、『主体性』の呪縛の先には結局、滅私奉公させる側にとって都合のいい罠が待ち構えている予感がするのだ」と。その意味では九条問題でも本音と建前の二重構造があっていいんで、そこを無理に一致させる必要はないんだ。

田中康夫 「九条の会」(http://www.9-jo.jp/)ってどうなのかな。呼び掛け人が大江健三郎、加藤周一、梅原猛、鶴見俊輔、三木睦子、小田実、井上ひさし、奥平康弘、澤地久枝の九人。まあ、老人ばかりともいえるが、全国で講演活動もやって、それなりに人も集まってるみたいだ。とは言え、加藤周一らが、このあいだ中国に行って、やはり日本はまずかったと言ったら、それが写真入りで向こうのプロパガンダに使われちゃった(苦笑)。だからその辺は難しい。政治的センスがね。
 でも僕は思うんだけど、これまで九条ってものが存在する中で、日本が他の国とは違うビジネスモデルならぬ貢献モデルを創ってこれなかったところに大きな問題がある。ODAにしても世界貢献にしても、日本モデルを提示できずに後追いだった。護憲とか戦争反対を安全地帯から御題目で述べているだけでは、日本よ強くあれだの、普通の国になれだのの、単純ナショナリズムに負けてしまう。だから読売が憲法改正試案を出すように、朝日こそは日本の行うべき国際貢献試案みたいなものを具体的に出していくべきだった。なのに、「不手際」(笑)でそれがないからやられちゃうんだよ。で、結局、世界と同じ方向に行く凡庸な国になるのが大人だってことになっちゃうわけでしょ。


浅田 彰 だから国連でも安全保障理事会の常任理事国になんかならなくていい。代わりに違うところで貢献するってことで、その貢献のモデルをちゃんと出せればいいんだよね。

田中康夫 寧ろ、新参者の常任理事国になったら、身動きが取れなくなる。

浅田 彰 今や憲法改正なんて大きなトピックじゃない。そう思ってたほうがいいんじゃない?


●ライブドア騒動はただのマネー・ゲーム?

浅田 彰 振り返ってみれば、ニッポン放送買収問題はいろいろ紆余曲折があったね。堀江貴文率いるライブドアが同社の株の過半数を取得して経営権を手中にしたと思ったら、フジサンケイグループ側はニッポン放送が保有するフジテレビ株を北尾吉孝率いるソフトバンク・インベストメント(SBI)に五年間貸し出し、ホリエモンはせっかくニッポン放送を手にしてもフジテレビの経営に介入できなくなった。それで結局、フジがライブドアの保有するニッポン放送株すべてを平均取得価格の6300円(TOB価格の5950円より高い)で買い取って同社を子会社化し、かつ、ライブドアの第三者割当増資を440億円引き受ける、他方、SBIの主導するファンドにも160億円出資するってことで、手打ちになった。ライブドアとしては、所期の目的は果たせなかったものの、最初に転換社債を出しただけで結局1470億円のキャッシュを手にしたわけだから、マネー・ゲームとしては成功したわけだし、SBIも漁夫の利を得た。他方、フジはなんとかグループを防衛したものの、ずいぶん高くついちゃったね。僕がフジの株主だったら今度の株主総会で文句を言いたいところだな(笑)。

田中康夫 もう少し経営者としてのセンスを持ち合わせていないものか、と経団連の奥田碩に慨嘆されてしまったにも拘らず、会長の日枝久は社長の村上光一と並んで続投するらしい。他方、ライブドアも、ホリエモンは最後まで和解じゃなく強硬路線で行こうとしたんだろうが、財務を預かってる連中が名を捨てて儲かる道を選択した。で、結局のところ、彼もメディアミックスの具体的中味を最後まで語れず、白木屋騒動と同列に捉えられてしまったのは勿体ない。

浅田 彰 インターネットとTVの融合とかいうのも、反対意見を突破できるほどのヴィジョンはなかったんじゃない? まあフジテレビ本体までLBOで買収するってのはかなり危険な荒業だし、いまのライブドアの規模じゃ難しかったんだろうな。
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田中康夫 僕は思うんだけど、ホリエモンはフジテレビに手を出すなんて考えず、ニッポン放送だけ取得しとけばよかったんだよ。ニッポン放送は全部の記者クラブに入ってる。だからそこで得た情報のすべてをウェブ上にそのまま載せられる。彼は現在の新聞は、レヴェルの低い記者が発言の片言隻句のみを恣意的に記して、結果として情報操作をしていて意味がないと鋭く見抜いていたわけでしょ。であれば、起承転結、全ての発言をエヴィデンス(証拠)として膨大にアップしていくメディアをやればいい。儲からないと思うけど(笑)。でも、それをやっていければCNN以上の力になるよ。あらゆる会見がすべて全文載っていてネットで簡単に見られるようなメディア。護送船団記者クラブのアホさ加減が露呈する。

浅田 彰 それはいいね。加えて、硬派のコメンテーターが何人か専属でいて、ブログなんかでも連動するようにすれば、下手な新聞やTVより面白くなる。TVなんかにこだわらず、そうやって本当に新しいメディアをつくっていけばいいのに。

田中康夫 そう。フジとの戦いとかそんな小さなレヴェルじゃなく、ニッポン放送を上手く利用して「2ちゃんねる」とは凡そ違う信憑性をもった面白いメディアを創れば良かった。その可能性をホリエモンはわかってなかったんだよね。

浅田 彰 ライブドアはフジと「業務提携推進委員会」ってのをつくったものの、とてもうまくいくとは思えない。とすると、結局マネー・ゲームでしかなかったってことになっちゃうわけだ。本当に新しいメディアをつくろうっていうんなら、田中さんの言うような形でも何でも、もっと他のことを考えたほうがよかったね。
 あるいは宇宙でもいいよ。乗っ取り騒ぎの渦中にアメリカに行ったから何かと思ったら、民間宇宙船計画に一枚噛むためだったってのは笑った。最後にはそれこそハワード・ヒューズみたいに自分で宇宙船でもつくれば面白いかも。



●ネットとエリア紙の時代?

浅田 彰 全国紙や全国放送に代わってインターネットが重要性を増す一方、逆にエリア紙みたいなものも伸びる可能性があるね。

田中康夫 それはいえてる。

浅田 彰 滋賀県って全国で唯一エリア紙がなかった県なんだけど、この五月からようやく『みんなの滋賀新聞』(http://www.shiga-np.jp/)ってのが発行されるようになった。

田中康夫 そうそう。ところが発刊に至るまでみんなが意地悪をして、共同通信や時事通信からニュースを配信して貰えなかったんだよ。滋賀は京都新聞と中日新聞が購読者獲得の戦争をしてたんだけど、京都新聞が大津のほう、中日新聞が米原のほうということで手打ちをした。で、新参を排除してきたんだね。なんかヤクザの抗争みたい(笑)。
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浅田 彰 しかも、滋賀新聞とか琵琶湖新聞とかいう名前は全部商標登録してあるんだね、新しい会社が使えないように。

田中康夫 ひどい話だよ。

浅田 彰 だから『みんなの滋賀新聞』って名前になってて、中身はほとんど地域のニュースしかない。だけど、逆にそれでいいんじゃないかな。

田中康夫 それこそが大事なんだと思う。このあいだも新周南新聞社(http://www.joho-yamaguchi.or.jp/nikkanss/)っていう、山口県で出てる日刊エリア紙の創刊二〇周年記念パーティに呼ばれたの。西日本新聞とか中国新聞が攻めてきてる地域で大変らしいんだけど、それでもライブドアと提携してる西京銀行の頭取が来てて、僕の講演にも一二〇〇人くらい集まった。やっぱりその地域で愛されてるんだよね。そういうエリア紙って。で、その論説も、結構過激。

浅田 彰 そうだろうね。

田中康夫 長野は各地域毎にエリア紙がいっぱいあるから、そういうのを育てないといけないね。松本や安曇野をテリトリーとして読売出身の新保力が編集・発行する「市民タイムス」(http://www.shimintimes.co.jp/)、岡谷、下諏訪、諏訪、茅野、辰野、箕輪と行政区分毎にきめ細かい編集・発行を行う、毎日出身の薩摩正が社長の「信州・市民新聞グループ」(http://www.shimin.co.jp/top.html)。更に「伊那毎日新聞」、飯田・下伊那には「信州日報」「南信州」(http://www.minamishinshu.co.jp/)とそれぞれに日刊新聞として中南信地区ではコモンズの住民に支持されている。

浅田 彰 通信社だって、本当はそういうエリア紙を大事にすべきなんだよね。

田中康夫 そう。本当はね。だけど結局、通信社の株を持っているのが大手新聞社だからダメなわけよ。第四の権力と化しながら、相変わらず、自身への批判を受け入れない大メディアの問題も根深いね。


●史上最高価値のじゃんけん

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浅田 彰 このあいだ美術界でちょっとした騒ぎがあったんだけどさ。マスプロ電工って会社があるじゃない?

田中康夫 アンテナ作ってる会社でしょ。「見えすぎちゃって困るの〜」で有名な(笑)。

浅田 彰 そうそう、あそこって創業社長の趣味で陶磁器とか浮世絵とか美術品をかなり集めてて美術館まであるんだよ(http://www.maspro.co.jp/museum/index.html)。収蔵品にはセザンヌとか印象派の作品もけっこうあったの。ところが陶磁器購入の借金返済のために印象派を中心とする絵画を売ることになった。そこでオークションに出すわけだけど、社長がサザビーズとクリスティーズにじゃんけんで決めろって言ったらしい。

田中康夫 どちらが扱うかってことをね。

浅田 彰 うん。マスプロ電工の社長は、日本ではこういう決め方は珍しくないとか言っちゃって(笑)。サザビーズやクリスティーズの連中はバカにされたと思って内心怒り狂ってただろうけど、手数料を一〇%以上取るからこの規模のオークションになると億を超えるビジネスになる、それで本当にじゃんけんしたわけ。後出しの問題とかあるから、手でやるんじゃなく、紙に「グー」、「チョキ」、「パー」って書いて封筒に入れてね(笑)。面白いのが両社の対応。サザビーズは「勝敗は偶然」として特別に事前準備をしなかった。クリスティーズは、ゲームの心理学を調べたり、「専門家」に相談したり。

田中康夫 専門家って?

浅田 彰 モダン・アート担当ディレクターの小学生の娘。じゃんけんを日頃からやってるから、と(笑)。

田中康夫 なんだそりゃ(笑)。で、どっちが勝ったの?

浅田 彰 努力の甲斐あってクリスティーズが「チョキ」で勝った(笑)。結局、出品された二二点の絵は、セザンヌの「ジャ・ド・ブッファンの大きな樹木」の一三億円を筆頭に、総額二三億円くらいで落札されたらしいから、じゃんけんの価値は三億円近くあったってことだね。

田中康夫 なるほど、史上最高の価値を持つじゃんけんかも。

浅田 彰 セザンヌの絵はなかなかの傑作で、予想されてた価格よりずっと安かったから、本当なら日本の公立美術館が買えばよかったんだけど、いまや運営まで民間委託するってご時世で、作品購入予算なんてほとんどないからねえ。それにしても、セザンヌが生きてて、こんなマネー・ゲームを見たら、怒り狂うと思うよ(笑)。
 ちなみに、じゃんけんってのはちょっと面白くて、『拳の文化史』っていうじゃんけん研究書を書いたセップ・リンハルトって人がこないだ山片蟠桃賞を受賞したし(http://www.pref.osaka.jp/bunka/banto/jusyo/banto.htm)、李御寧も最近『ジャンケン文明論』なんて本を出してる――昔の『「縮み」志向の日本人』と同じくかなり怪しげなアイディア倒れの本ではあるんだけど。実際、二項対立でどっちが勝つかっていう西欧的なパラダイムに対し、三つ巴でどれも絶対的に勝つことがないっていうパラダイムはユニークでしょ。李御寧は、大陸中国の「パー」、島国日本の「グー」、韓半島の「チョキ」の「三国拳」で東アジア共同体を、なんて言ってて、まあそう簡単にはいかないと思うけど、たしかにパラダイムとしては面白いと思うよ。


田中康夫 うーん、ちょっと怪しげな話ではあるけど。

浅田 彰 美術界の話題に戻ってもうひとつ言えば、カタールの首長の従弟で、文化行政を任され、世界中で古美術やなんかを買いまくってたシェイク・サウド・ビン・モハマド・アル=サーニが、さすがに金を使いすぎたせいか、とつぜん解任されたんだよね。美術市場で最も有力な買い手のひとりだったから、業界としては大ショック。I・M・ペイのイスラム美術館や磯崎新の国立図書館(かつての「空中都市」のプランを転用した大胆な建築)はすでに建設が決まってるからいいかもしれないけど、中断される建築計画も多いだろうし、そうでなくとも中国の建築ブームからくる鉄やなんかの価格高騰でいろいろ問題が出てきてるってこともあって、建築家たちも大変だと思う。そういえば、シェイクのヴィラを設計した磯崎新が、いろんなアーティストやデザイナーを巻き込む中で、庭の茶室みたいなのをフィリップ・ジョンソンに依頼したんだけど、死の直前の作品になったアルミニウムのテントみたいな茶室はいまのところアメリカに置かれたまま。実現すれば、全体として面白いプロジェクトだったのにな。まあ、このWeb版の連載第20回(http://dw.diamond.ne.jp/yukoku_hodan/200404/index.html)でも言ったように、意気軒昂だった頃のシェイクも、古代エジプトの神像の獲得競争で、神慈秀明会が信楽にもってるMIHOミュージアムに敗れてる。結局は日本の新興宗教のほうが強いってことだったりして。


●老け込む芸術家たち

浅田 彰 作家の丹羽文雄が亡くなった。一〇〇歳だったんだね。

田中康夫 文壇の最長老だった。「第三の新人」である安岡章太郎や庄野潤三も長生きだけど、それよりさらに一五歳くらい上で、瀬戸内寂聴や吉村昭の師匠だからね。

浅田 彰 丹羽文雄ぐらい長く生きちゃうと、同世代の人がみんな死んじゃってるから、思い出話も聞けない。

田中康夫 でも丹羽の場合、ずいぶん長い間、アルツハイマーで苦労したみたいだね。

浅田 彰 長女で料理研究家の本田桂子が『父・丹羽文雄 介護の日々』って本でそのことを明らかにした、それは勇気のある決断だったと思うな。ただ、その娘のほうが先に亡くなったのは気の毒だった。

田中康夫 そうだね。

浅田 彰 作家と言えば村上龍がまた小説を出したでしょ。北朝鮮が九州に攻めてくるって設定の『半島を出よ』。

田中康夫 あれって受けてるの?

浅田 彰 受けてはいるみたいだよ、村上春樹ほどじゃないけれど。

田中康夫 ふーん。

浅田 彰 ただ、このところ北朝鮮問題が加熱してる、それに便乗した観は否めないな。村上龍の場合、たった数頁でSM嬢の独白とかを書いてるときのほうが世界のリアリティに触れてる感じがある。最近文庫になった『空港にて』みたいな短編集でも、ものすごく鋭いところがある。ところが、『半島を出よ』みたいな大規模なポリティカル・フィクションを構築するとなると、よく言えばちょっと文学的、悪く言えば不器用なトム・クランシーみたいになっちゃうわけ。

田中康夫 やつは政治経済に行き過ぎたのかもね。内容はどうなの? 面白くない?

浅田 彰 いや、そこそこ面白の。だけど「こういうのだったらトム・クランシーでいいじゃん」みたいなところはある(笑)。

田中康夫 悩ましいところだな。

浅田 彰 もう村上龍もSMとかドラッグとかで突っ走る体力がなくなったのかもしれないね。

田中康夫 五〇歳を過ぎて子供も大きくなっただろうし、以前のような危なさはなくなって老け込んだのかね。
 でもそれでいうと、東京都の石原慎太郎が歌舞伎町の浄化運動なんて始めちゃったのも、なんだかなぁ。歌舞伎町だけ浄化しても地下に潜るだけだし、そもそも歌舞伎町はほどほどにいかがわしくなくちゃいかんでしょ。だいたいさ、若いときは障子にペニスを突っ込む小説書いたり、あるいは市川房枝の売春禁止法はおかしいと言ったりしてた人物が、歌舞伎町の浄化運動をやってどうするんだ(笑)。彼の過去の経歴からすりゃ、逆に売春禁止法を廃止しろと言うべきでしょ。現に吉原は管理売春やってるわけだろうって石原は言わなければいかんよ。


浅田 彰 そうそう、むしろカジノ計画とかのほうが向いてるよ。ラス・ヴェガスで五億円すったハマコーあたりと組んでやればいいのに。

田中康夫 ねぇ。石原も老け込んだのかな、『老いてこそ人生』のはずだったのに(笑)。

浅田 彰 そういえば石原は、小澤征爾と組んで「東京のオペラの森」(http://www.tokyo-opera-nomori.com/)ってのを三月にやった、でもガラガラで悲惨だったんだよね(苦笑)。会場が東京文化会館で、すでに決まってたスケジュールを全部空けさせてまで無理やり開催したのに。

田中康夫 東京文化会館の館長だった三善晃は、そのゴリ押しに抗議して辞任しちゃったよね。

浅田 彰 むろん、もともと予定されてたプログラムが素晴らしかったかどうかは別問題だよ。だけど小澤も、サイトウキネンフェスティバルのほか、「音楽塾」ってのもやってて、そこへまたまた「オペラの森」でしょ。明らかにやり過ぎだよ。しかも、寄せ集めのオーケストラだから玉石混淆だしね。それでも小澤という昔のスターの名前だけで人が来ると思ってるのが情けない。

田中康夫 それを石原が先導してやらせたわけだ。

浅田 彰 一方、指揮者と言えば、われわれの共通の友人である大野和士がこの間パリのシャトレ座(http://www.chatelet-theatre.com/index.php)でハンス・ヴェルナー・ヘンツェのオペラ「バッカスの巫女たち」を振って話題を呼んだね。

田中康夫 知ってる知ってる。共演予定だったフランス放送フィルがストライキで演奏できなくなったんだよね。

浅田 彰 それで、長大にして複雑なヘンツェのスコアを大野和士が徹夜で編曲して、三台のピアノを中心とした二一人のアンサンブルで上演したわけ。

田中康夫 シャトレ座の責任者は逃げ回る中、妻でジャーナリストの大野ゆり子も翻訳で大奮闘して、大したもんだよね。

浅田 彰 ある種のケガの功名だけど、それでフランスでも有名になったからよかったんじゃないかな。大野和士はザグレブからブリュッセルに移って着実に実績を積み上げてる。良かれ悪しかれ小澤征爾みたいなケレン味はないんだけど、はるかに知的だし、語学ができて雄弁だし、はたまた今回みたいな急場をしのぐ力もあるし、今後が楽しみだね。
 そうそう、ストっていうと、最近改装されたミラノのスカラ座(http://www.teatroallascala.org/)も、組合との紛争が続き、さらには総裁のカルロ・フォンタナ(およびその後任)と一九八六年から音楽監督を務めてきたリッカルド・ムーティが両方とも辞任するっていう騒ぎになったんだけど、その結果、ステファヌ・リスネルっていう改革派が総裁になったの。リスネルは、パリのシャトレ座のディレクターや、エクサンプロヴァンス音楽祭(http://www.festival-aix.com/)のディレクターなんかを務めて、新しい指揮者や演出家をどんどん登用してきた、なかなかのやり手なんだよね。しかし、就任発表直後に奥さんと京都で食事して話を聞いたら、フランス人でイタリア語のできないリスネルのために、スカラ座がちゃんとイタリア語教師まで用意するってんだから、やっぱりヨーロッパは違うなァ。
 この人事は、長年帝王として君臨してきたヘルベルト・フォン・カラヤンが死んだ後、ザルツブルグ音楽祭(http://www.salzburgfestival.at/)がジェラール・モルティエをディレクターに招いたのと似てるわけ。モルティエは、いま大野和士のいるブリュッセルのモネ劇場(http://www.lamonnaie.be/demunt-1.0/index.jsp)のディレクターだったんだけど、ザルツブルグでもピエール・ブーレーズのような指揮者やピーター・セラーズのような演出家を積極的に招いてそれまでの伝統を一新してみせた。むろん、すべてが成功ってわけじゃないし、反発も強かったけど、カラヤン亡き後にその下手なコピーばっかりやっててもジリ貧になるのは目に見えてたからね。で、今はパリのバスティーユ・オペラ(http://www.opera-de-paris.fr/)のディレクターになって、最近のヴァーグナーの「トリスタンとイゾルデ」なんかでも、ビル・ヴィオラの巨大なヴィデオ映像の前でドラマが展開されるとか、あるいはもうすぐ来日するピナ・バウシュ(http://www1.ocn.ne.jp/~ncc/pina05/highlight.html)がかつてダンスとして振付けたグルックの「オルフェオとエウリディーチェ」を再演するとか、そういう新しい試みをやってる。そんなカラヤン後のモルティエみたいな役割を、ムーティ後のリスネルも期待されてるんじゃないかな。
 付け加えていえば、いまシャトレ座のディレクターをやってて大野和士をサポートしたジャン=ピエール・ブロスマンってのも、ちょっと面白い。リヨンのオペラ座(http://www.opera-lyon.com/)のディレクターとして、指揮者のケント・ナガノなんかを盛り立ててきた。吉田喜重演出・磯崎新装置の「マダム・バタフライ」なんてのは、長崎だから最後に蝶々夫人の家が原爆で吹っ飛んだりして、なかなか迫力があったよ。ただ、武満徹にオペラを委嘱してたのに、途中で死んで実現しなかった、それはそれで仕方がなかったのに、武満徹の音楽作品のコラージュを無理やり舞台化した「武満徹〜マイ・ウェイ・オブ・ライフ」(ケント・ナガノ指揮、ペーター・ムスバッハ演出)ってのをベルリンとの共同制作ででっち上げて、このあいだ東京でもやった、これは悲惨だったなァ。そもそも武満徹の静謐な音楽ってのはオペラみたいな劇的なものには向かないんで、下手なオペラなんか遺さずに世を去ったのは、ある意味でいいことだった。それを、遺された音楽を勝手につぎはぎして舞台化しようなんて、そもそも無茶な話だし、故人に対する冒涜でさえあると思うよ――まあ、遺族がむしろ乗り乗りだからしょうがないんだけど。
 ともあれ、ヨーロッパはさすがにそういうディレクターやプロデューサーやキュレーターの層が厚くて、それが文化を支えてるのは事実だね。日本の文化関係者なんて、その辺の状況がぜんぜん見えてないから、カラヤンやムーティを崇拝しながらその三流のコピーにしがみつくとか、そうでなければ小澤征爾のような永遠の青二才に四半世紀遅れの「改革」の夢を託すとか、せいぜいそのくらいのことしか思いつけない。どうしようもないね。



●ヴェネツィアは再生するか

浅田 彰 田中さん、ゴールデン・ウィーク中はフランスとイタリアに旅行してたんでしょ。

田中康夫 うん、今回は久しぶりにヴェネツィアに行ったんだ。

浅田 彰 ヴェネツィアってたしか地下鉄をつくる計画があるんだよね。

田中康夫 え、そうなの? 知らなかった。
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浅田 彰 一見むちゃだと思うけど、逆に言うと、クルマは駅のあたりまでしか入れないってことで、実は賢明な案なのかもしれない。さすがに水上交通だけだとあまりにも不便だからさ。

田中康夫 船だと時間かかるんだよね。だってサン・マルコ広場からサンタ・ルチア駅に行くまで三〇分くらいかかっちゃう。あの程度の距離なのに。水上タクシー使えばマシなんだけど。

浅田 彰 でも水上タクシーは異常に高くて一回一万円ぐらいする。

田中康夫 そう、高いの。

浅田 彰 もちろん船はピカピカできれいだけどね。ゴンドラもやたらに高いらしいから、それと合わせてるのかな。まあ、普通はヴァポレットっていう乗り合い蒸気船をバス代わりに使うわけだけど、そりゃ不便は不便だと思う。

田中康夫 ヴェネツィアの場合、クルマは本土から橋を渡って着くローマ広場までだからね。そうか、島の下に地下鉄をつくる計画があるんだ。でも大丈夫なのかな。

浅田 彰 深いところなら大丈夫なんでしょ。とにかく、不便は不便でも、風致地区の保存という意味ではヴェネツィアは理想的にやれてるわけだ。クルマがないってことが都市にとっていかに素晴らしいか。ジョン・ケージが言ってたよ、「ヴェネツィアは未来都市だ、なぜならすでにクルマを廃棄してるから」って(笑)。だから、案外、昔ながらの水上交通+ハイテクの地下鉄ってのはいいのかもしれない。

田中康夫 まあ、そうかもしれないね。

浅田 彰 だけど、それ以上に、ヴェネツィアの最大の問題は海の水位が上がって沈みつつあることなんだよね。だから、可動式の巨大な堤防みたいなのを沖につくることになってるんだけど、そうすると水流が変わって、それこそ諫早湾みたいになっちゃう可能性もある。あそこでヘドロなんかが溜まったら、観光都市としては辛いからね。

田中康夫 そういう公共事業をイタリアがどうやっていくか興味深いところだね。ストラスブルグに続いてミラノでも、緑色に塗られた低床式の路面電車(LRT=light rail transit)が増えてきたし。

浅田 彰 まあ、ヴェネツィアもなかなか頑張ってるんだよ。火事にあったオペラ座がフェニーチェ=フェニックスって名前のとおり見事に復活した(http://www.teatrolafenice.it/indexf.jsp)。それから、美術館として注目すべき展覧会をやってきたパラッツォ・グラッシ(http://www.palazzograssi.it/)を持ち主のフィアットが売りに出したところを、フランソワ・ピノーが買ったわけ。他方、セーヌ川に浮かぶスガン島に安藤忠雄が建てるはずだったピノー財団の大美術館は、地元があんまり乗り気じゃないこともあって、キャンセルされちゃった。ともあれ、政治的にも、「オリーヴの木」に近い哲学者のマッシモ・カッチャーリがこないだの選挙でヴェネツィア市長に返り咲いたし、やっぱりこの町からは目が離せないな。
 ちなみに、今回はパリにも滞在したんでしょ。

田中康夫 フォーブル・サントノレ通りのル・ブリストルに泊まったんだ。でもパリってあんなブティックや画廊ばっかりの通りに突然エリゼ宮があって、財務省だの何だのがある。あれは一体どっちが先にできたんだろう。すごい不思議だよね。日本だと永田町や霞が関に高級ブティックがある感じ(笑)。

浅田 彰 エリゼ宮って、ブリストルの向かい、クリスチャン・ラクロワとかの隣って感じじゃない? パリ大学だって、どっかにまとめてキャンパスがあるわけじゃなく、町中のいろんなところに散在してる。ああいう都市に溶け込んだあり方はかえって面白いんじゃないかな。

田中康夫 そうなんだよね。それと新都心のデファンスに行くと道も広いけど、旧市街は道が狭いし、何時もレンタカーで走り回っているミラノ同様に一方通行も多い。僕はあれは街を石でつくったからだとも思ったな。だから簡単に拡張できなかった。実はヨーロッパの街並みが保存されてるってのは、石でできてるから仕方なくってことなのかも(笑)。日本の場合は木の建物だったからすぐ建て直せちゃうし拡張もできちゃった。

浅田 彰 日本は戦争で空襲もあったしね。それですっかり地上げされちゃったから(笑)。その結果である混沌とした都市が欧米人にかえって面白がられてるんだから、皮肉なもんだよ。


(了)
次回更新は6月中旬の予定です!



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