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●NHKをリストラせよ!

ライブドアとフジテレビの争いのおかげで、NHK問題がすっかり影を潜めちゃった。関係者は喜んでると思うよ(笑)。取り分け、喜んでるのは、海老ジョンイルと箱島信一こと朝日の箱ブッシュ(笑)。
たしかに朝日との問題も含め、NHK問題はまったく報じられなくなった。
しかし、ラグビーの試合で審判の胸に朝日新聞のロゴが付いてるから急遽生中継をやめるとか、信じられないよね。大層なことを言ってた自称エリートというのは、フジの日枝にしてもNHKにしても、ちょっと突つかれただけでこんな過剰反応になるってこと。ほら、レストランとかで良くいるでしょ。ホンのちょっとしたミスに対して、「君、失敬じゃないか」といきり立つ自称インテリ・ジェントルマンが。そういう感じなんだね。
朝日新聞の主催する夏の高校野球なんて、どうするんだろう。とにかく、本誌の先月号でも言ったとおり、政治家とメディアの問題が、NHKと朝日の問題にすり換えられちゃったことのほうが、重大な問題でしょ。NHKは、予算の説明のついでに、番組について説明しただけだっていうんだけど、そうやって前もって政治家に「ご説明」をしてお伺いを立てること自体が大問題だよ。また、当時官房副長官だった安倍晋三なんかは「公平・中立にやれ」と言っただけだって言うんだけど、田中角栄を起訴した堀田力が言ってたよ、そういう場面で有力政治家から「公平・中立にやれ」と言われたら、それが何を意味するかは明白だ、と。
まさに圧力だよね。それは堀田力の言うとおりだよ。
ところが、その安倍なんかが被害者顔でいきり立って、北朝鮮との緊張が高まってる時期だけに親北朝鮮勢力が自分たちをはめようとしたとまで仄めかす始末。海老沢勝二がNHK会長を辞めそうだってことになって、四年前に圧力を受け入れて妥協した長井暁っていう腰抜けプロデューサーが今さら内部告発をしただけでしょ。とにかく、当時の放送総局長の松尾武が朝日の取材への証言を翻した可能性はあっても、立証は難しいからねえ。
朝日の記者はテープを録ってたけど状態が悪くてほとんど聞けないシロモノだって噂があるけどね。鮮明だったら出すという手もあるんだろうけどさ。結局、政治家も含めて、朝日、NHKのいずれも曖昧に済ませようってことでしょ。
他方でNHKの芸能担当プロデューサーの制作費横領事件も金額が一億円を超えるまでに膨らみ続けてるし、こんなことじゃ受信料支払拒否はとまらないよ。
そうだろうね。払いたくないと思ってる人が潜在的に多いんだからさ。だけど、デジタル化してペイテレビにすると、払っていなきゃテレビのスイッチが入らなくなる。だからNHKはある意味じゃ将来的には安泰。逆に民放のほうがこれからは大変だよ、ビデオ機器なんかもコマーシャルを飛ばして録画できるようになってきたし、そうなるとスポンサーは金を払う価値があるのかってことだから。
そういう意味じゃ、ホリエモンの言うとおり、今までのようなスポンサーつき全国放送というのはもう成り立たないんだな。
そう。
他方、NHKはニュース・チャネルと教養ドキュメンタリー・チャネルだけにして、あとはもう民営化すべきじゃない?

まったく。ドラマやバラエティなんかやらなくていいって。まさに制作費の無駄づかい。チャネル数だって地上波二つにBS二つ、それにBShiもあるから五つでしょ。ラジオも三つある。どう考えても多すぎるよ。
かつてNHK会長だった島桂次が、紅白歌合戦なんかはやめ、CNNに対抗してアジアのニュース・ネットワークをつくろうと言った、あれは正しかったんだけど、女連れの海外出張の件で彼が失脚したんで、旧態依然たる芸能路線に戻っちゃった、それが今まで続いてるわけだ。ニュース・チャネルの他は教養ドキュメンタリー・チャネルだけあればいいんじゃない?
たとえば昨年放送された「映像詩 里山〜命めぐる水辺〜」って番組は、琵琶湖畔で水とともに生きる人々の暮らしを一年かけて丹念に描いて、なかなか秀逸だった。たとえば、「かばた」っていって、町を流れる小川の一部をそれぞれの家の中にいわば流しとして取り込んでるわけ。主婦は床より低いレヴェルで冷たい水を使って洗いものをするわけだから、そりゃ大変だよ。だけど、そこに鯉を飼ってたりして、料理した後の鍋でも放り込んどけば汚れを全部きれいに食べてくれる。そこで冬を越す小魚もいて、その視線から水の上の住民たちの顔を映して見せたりする。「映像詩」っていうタイトルは恥ずかしいものの、たしかに見事なキャメラ・ワークだった。この番組はニューヨーク・フェスティヴァルの自然・環境部門で金賞も獲ったしね。ああいう番組をじっくりつくってればけっこう観る人はいると思うよ。バラエティはフジとホリエモンにまかせときゃいい(笑)。
そう、それで人数を減らすべきだよ。NHKアーカイブの中には、水俣病や四日市で公害と闘った田尻宗昭を活写したものとか、極めてレヴェルの高い社会的な作品が多いんだ。こうした時代に戻るべきだね、NHKは。
●イーストウッドのアカデミー賞
第七七回アカデミー賞は、クリント・イーストウッド監督の『ミリオンダラー・ベイビー』が四冠を獲得したね。
まだこの作品は観てないけど、イーストウッドは去年の『ミスティック・リバー』も名作だったし、その前の『ブラッド・ワーク』も、その前の『スペース・カウボーイ』も、すべていいよ。今度は太平洋戦争で硫黄島にアメリカ国旗を掲げた六人の兵士の物語を撮るらしい。ハリウッドにおける最後の巨人といってもいいんじゃない?
他方で、アメリカの実業家ハワード・ヒューズを描いたマーティン・スコセッシ監督の『アビエイター』は前評判とは違って期待外れだった。
スコセッシはともあれ、レオナルド・ディカプリオみたいなガキがハワード・ヒューズみたいなカリスマを演じられるわけがない。日本のメディアがディカプリオが主演男優賞を取れるかのように報じてたこと自体がおかしいんだ(笑)。主演男優賞は『Ray』でレイ・チャールズを演じたジェイミー・フォックスが取るのがほぼ決まってたんだよ。フォックスって、テレビでレーガン大統領の物真似とかして、それがむちゃくちゃうまかったの(笑)。黒人だから見た目は似てないのに、喋り方は本人そっくり。それが今回、レイ・チャールズになりきって、主演男優賞を取っちゃったわけ。
それから、外国語映画賞は『ミリオンダラー・ベイビー』でも出てくる尊厳死問題に正面から取り組んだスペインのアレハンドロ・アメナーバル監督の『海を飛ぶ夢』が受賞したんだけど、前に『オール・アバウト・マイ・マザー』で受賞したペドロ・アルモドバル監督としては新作の『バッド・エデュケーション』を出して賞を狙いたかっただろうな。スペインの映画芸術科学アカデミーの作品選考基準がおかしいって言って、自らアカデミーを飛び出したくらいだからね。とにかく、新作は、カトリックの全寮制の学校での性的虐待をテーマにしてて、二〇年くらいたった後、その過去がさまざまな角度から虚実おりまぜて回想される。アルモドバルらしくあざといといえばあざとい、しかし、ものすごく巧妙な演出だし、何より、性的虐待が一種のオブセッションになってる最近のアメリカにはもってこいの映画だから。
なるほど。

そうそう、日本映画で言うと、井筒和幸カントクの『パッチギ!』は意外になかなかおもしろかった。良かれ悪しかれ井筒ワールドそのものだけど、『ガキ帝国』や『岸和田少年愚連隊』のラインでかなりの力作に仕上がってる。一九六八年の京都を舞台にした日本人高校生と朝鮮人高校生のケンカと恋の物語で、いわば『ロメオとジュリエット』から『ウェスト・サイド・ストーリー』にいたる恋愛物語の王道のパロディみたいなものなんだけど、そのころ小学校六年で京都の近くに住んでた僕から見てもかなりリアルで、村上龍の原作はいいのに映画としてはダメだった李相日監督の『69 sixty nine』なんかよりずっと同時代の雰囲気をとらえてるんじゃないかな。たまたま京都の新京極の映画館で観たんで、昔のそのあたりでケンカするシーンなんかはやけにリアリティがあってよかった。当時、ザ・フォーク・クルセダーズが「帰ってきたヨッパライ」で大評判になるでしょ。その作詞者の松山猛が、三八度線を北から南に流れるイムジン河を歌った歌を日本語に訳し、それをザ・フォーク・クルセダーズのセカンド・シングルとして一三万枚もプレスしたにもかかわらず、いろいろ問題があって発売中止になったわけ。メディアの「自主規制」で放送もダメ。それが二〇〇二年になってようやく発表され、松山猛も『少年Mのイムジン河』(木楽舎)っていう本でそのいきさつを書いたんだよね。それを踏まえて、鴨川をイムジン河に見立て、その両岸に陣取った日本人と朝鮮人がケンカするとか、必死で川を横切って日本人の男の子が朝鮮人の女の子のもとへ向かうとか、そういう話になってるわけ。主人公の男の子がKBS(近畿放送)のフォークソング・コンテストで「イムジン河」を歌おうとして止められそうになり、プロデューサーが上役に逆らってあえて歌わせてやるところなんかは、あまりにクサイといえばクサイんだけど、今のKBSのトーク番組でこの映画のことを語った連中なんて感動して泣いてたよ(笑)。まあ、そういうクサイところも含めてまさに井筒映画なんだけど、同じ日本人とコリアンの恋の映画としても、行定勲の『GO』みたいに犯罪的にひどい映画よりははるかにましなんじゃないかな。
それにしても、ザ・フォーク・クルセダーズってのは面白いやつが集まってたんだと思う。いまも加藤和彦なんかがミュージシャンとして活躍する一方、北山修は九州大学で精神分析医として活躍してる。前に会って話したとき、「帰ってきたヨッパライ」は日本では珍しく「父の否」を表現してるって自慢してたよ。イマジナリーな天国で「酒はうまいし、ネーチャンはきれいだ」って喜んでたら、シンボリックな「こわい神さま」に怒られて、リアルな現世に送り返されちゃう、と。まあ、そういうとちょっと出来すぎだけどね。
しっかし、浅田さんは何時、何処でそれだけインプットしちゃうわけ。と読者は皆、不思議がっていると思うよ(笑)。
●マイケルの危機

いまアメリカはマイケル・ジャクソン裁判の話題でもちきりだよ(笑)。
そうみたいだね。
笑っちゃうのは、イギリスのスカイテレビで、毎回の公判をすべて再現ドラマにしてるの。記者が公判の様子を見て報告し、直後にマイケルのそっくりさんや検事のそっくりさんや弁護士のそっくりさんが演ずるわけ--あんまり似てないけどね。まったくよくやるよ(笑)。
でも裁判のほうは有罪の可能性も高いんじゃないの。相手が子どもだしさ。
まあ、子どもだから証言に一貫性がない、そこをマイケル側の弁護士が執拗に追及してるから、何とも言えないね。だけど、いろんな状況証拠が重なって、疑惑が高まってることは確か。
以前も「続・憂国呆談」で言ったけど、僕は子どもってのがキーになると思うな。一方で、子どもは天使のような存在だから、それに性的虐待を加えるような人間には人権もくそもない、そういう犯罪者は、刑務所を出たあとも住所をトレースするとか(日本も最近そうなりつつある)、国によってはその住所をインターネット上に公開するとか、極端な話、発信機つきの腕輪や足輪をさせて子どもの集まる場所に近づけないようにするとかね。しかし他方では、子どもは野獣で、とつぜんキレてナイフを振り回したりもするから、金属探知機やなんかでコントロールすべきだってことにもなる。つまり、天使であり野獣でもある子どもをキーにして、今までの人間的主体を前提とした法秩序と違う方向へ、ドゥルーズの言葉で言えば「コントロール(監視/管理)社会」の方向へ行く気がするね。マイケル・ジャクソン裁判も、その流れの上にあるんじゃないかな。
なるほどね。しかしどうなるかな。かつてはあんな大スターだったのにさ。今やこの話題でしか名前を耳にしない。歌とか新しい作品は出してないの?

出してないでしょ。巨額の負債を抱えてるらしいよ。ネヴァーランドと称するディズニーランドみたいな家だから維持するだけでも大変だし、裁判じゃスーパー弁護士をいっぱい雇ってるし。
こうなりゃ、彼が独占的に持ってるビートルズの音源の出版権を手放すしかないかも。
そうだね。しかし、あの異様な整形といい、自ら没落を望むかのような子どもへの虐待疑惑の繰り返しといい、やっぱりただものじゃないなあ、マイケルは。
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